第47話 敵の名は
アラタの正義の味方表明からしばらく沈黙が続いていた。
アラタは自分の子供じみた考えにスヴェンが引いていると思い、一方スヴェンは自分も同じ思いを抱いているものの、どのように話を切り出したものかと考えていたのである。
そうした中、突然「あっ!」という声が響く。
どうしたのかと全員が身構えると、その声の主――アンジェが何かに気が付いたようであった。
「そう言えば、先程倒したベヒーモスなのですが、魔石を回収し忘れていました。あれだけの魔物ですから、かなり良質の物が取れるはずです。いかがいたしますか?」
敵の襲撃ではないと分かると、途端に緊張感が緩むがコーデリアはベヒーモスの魔石に興味を抱いていた。
「ベヒーモスの魔石ともなれば、少なくとも1000万カストの価値があるでしょうね。それに武器の核としても非常に優秀でしょうし、このまま放っておけば確実に誰かに回収されてしまうでしょうね」
1000万という破格の金額を聞くと目の色が変わる魔王軍一同。彼らの
しかし、戦闘で半数以上がまともに戦えない現状では、あの戦場に戻ることは現実的ではなかった。
結局、諦めるしかないという結論になり魔王軍の士気は最低レベルにまで下降していた。
そのような中、突然遠くから地響きが聞こえてきたのであった。
どうやら、それは平原の方から聞こえてくるようだ。
次第に、その音は近くなっており、まっすぐにアラタ達の方に向かって進んでくるようだ。嫌な予感が彼らの中に広がっていく。
そして、それはついに姿を現した。全身が焼けただれており、頭部に至っては、眼球は焼け落ち、口部からは鋭い牙が露出している。
先程倒したはずのベヒーモスが、息を吹き返したのである。
しかし、その魔物からは生命力を感じられなかった。まるで、巨大な人形が勝手に動いているような、無機質な感じが漂っていた。
「あっ! どうやら向こうから来てくれたみたいですね。戻って魔石を回収する手間が省けましたね、アラタ様」
すっとんきょうな事を言うメイドにキレる魔王。混乱する現場。状況は最悪であった。
「なに馬鹿な事言ってんだよ、アンジェ! ベヒーモスがなぜかは分からんけど、復活して追ってきてるんだよ! 非常にまずい状況だぞ!」
「ですが魔石回収のチャンスです。ここは私が出ますので、アラタ様は1000万カストが手に入ったら何が欲しいか考えておいてください」
そう言うや否や、アンジェはベヒーモスに向かって飛び出していた。今や彼女の頭の中は魔石を売りさばいて手に入る1000万という報酬の事で一杯のようであった。
意外とお金に執着するメイドの姿に驚くアラタではあったが、思い起こしてみれば魔王軍の懐事情を管理しているのは主にアンジェであり、彼女に金銭面で苦労をかけていたのだと思い直す魔王であった。
「アンジェーーーー! 1000万手に入ったら、とりあえずアンジェが欲しいもの買っていいからーーーー! 頑張れーーーー!!」
アラタからの声援を胸にやる気をみなぎらせるメイド。
彼女の眼前には焼けただれた状態でなぜか復活したベヒーモスとその足元に群れをなすビエナの集団がいた。
そのビエナもよく見てみると、四肢の一部が欠損していたり、頭の半分がなかったりするのは当たり前で、内臓が外部に露出している者も珍しくなかった。
本来、生物はそのような状態で活動できるはずがないのだが。
彼らを追ってきたベヒーモスやビエナの状態を見て、エルダーはぽつりとつぶやいていた。
「……間違いない。あれはネクロマンサーの仕業だな。おそらくゾンビ共を復活させた奴の仕事だろう……しかし、ベヒーモスまでをも復活させるとは只者ではない。十中八九、破神教の十司祭の手によるものだろうな」
〝破神教〟と〝十司祭〟。初めて聞く言葉に反応する魔王軍一同。
コーデリアは、表情を曇らせ、エルダーを制しようとするが、彼は気にせずに続けた。
「コーデリアの姫様。魔王軍は少なくとも破壊神とやり合うつもりだ。ならば、彼らにはちゃんと知っておいてもらった方がいいとワシは思うんだがね」
深く被ったマントから鋭い眼光を一瞬だけ見せるエルダーに、一国の姫も押し黙ってしまう。それだけの迫力を彼は持っていた。
「破神教とは文字通り、破壊神を信奉する連中が作った教団だ。つまり、破壊神打倒を目指すお前さん達にとっての、何より優先すべき〝敵〟だ……そして、十司祭というのは破神教内部で絶対的な権力と能力をもつ10人の司祭のことだ。奴らは破壊神からそれぞれ、特殊な力を授かり圧倒的な力を持っているという話だ。そのうちの1人がベヒーモス達をよみがえらせた可能性が高い」
エルダーが説明を終えた後に、コーデリアは渋い表情を見せていた。
それにより、今エルダーが話した内容は、アストライア王国にとってトップシークレットであったとアラタ達は知ったのである。
「いいのですか? そのような重要な情報を私達に与えてしまって。後で『知ったからには消えてもらう』というのはなしですよ」
セスが心配そうにエルダーに問うが、彼は全く気にしていない様子だ。
「ワシ達は、先程お前さん達から、それなりの情報をもらったからね。まぁ、ギブアンドテイクってやつだ。とりあえず、敵の明確な情報は知っておいて損はないだろう」
そこまで話すと、エルダーはベヒーモスに向かって歩き始めた。どうやら、彼も参戦するようだ。
「さて、ワシも行こうか。あのメイドのお嬢ちゃんだけに戦わせるわけにはいかないからな」
エルダーが参戦の意思を見せると同時に、他の勇者パーティーのメンバーも動きを見せていた。
荷馬車を引いていたジャックは、自分の代わりをロックに任せてベヒーモスに向かって行った。
ジャックとロックは、互いに格闘家という共通点からか、いつの間にか意気投合していたらしく、互いの筋肉を称賛する程の仲になっていた。
そのため、ロックの筋力を見込んで荷馬車のけん引役を引き継いでもらったようだ。
コーデリアとシャーリーもジャックに続いて戦場へと赴く。そして、スヴェンも今、正に出撃をしようとしていた。
だが、その前にアラタに意を決したような面持ちで対峙している。
「魔王、お前はさっき正義の味方になりたいと言っていたな。……けどな、正義の味方ってやつは強くなければいけないんだよ。少なくとも俺にとってはそうだ。もし、負けてしまえばどんな理想事を言っていたとしても意味なんてないんだからな。だから、俺は強くなって見せる! 誰よりも強く! ……だから、お前もとっとと封印なんて解き放って、早く強くなってみせろ。自分の理想を貫くためにもな」
それだけ言うと、勇者は仲間と合流すべく復活した魔物の群れに身を投じるのであった。
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