第46話 魔王と勇者の語らい

 コーデリア自らのお姫様発言により、すっかり互いの毒気が抜かれてしまった魔王軍と勇者一行は、とりあえず行商人家族とギルドロシナンテのメンバーをマリクに送り届けてから、続きを話そうという事になり、現在マリクに向かって進んでいた。

 半壊した荷馬車の中には疲弊しきっていた行商人の家族とロシナンテのメンバーが横たわっている。

 荷馬車を引いていた馬は既に魔物の手にかかっていたため、現在勇者一行のジャックが代わりに引いていた。

 その荷馬車を囲むように魔王軍と勇者一行が配置されている。魔王と勇者はその先頭で横に並びながら歩いていた。


「しっかし、驚いたな~。まさかコーディさんがお姫様だったなんて。俺、お姫様なんて生まれて初めて見たよ」


 隣を歩くスヴェンは、緊張感のないアラタに対し軽くため息をつきながら睨んでいた。


「本当に緊張感のない奴だな、お前。自分がどういう状況かちゃんと理解してんのか?」


 スヴェンからの突然の会話のキャッチボール開始に驚くアラタ。


「そもそも、お前は魔力が使えるようになったらどうするつもりなんだよ。本気で破壊神と戦うつもりなのか? 本来ならお前には何の関係もないだろ」


 スヴェンからの問いは、今まで自分自身何度も自問してきたことであり、今もなお続いている。

 そして、答えはまだ出ていない。

 それに、これに関しては、あくまで自分自身の問題であり、魔王軍の誰かに相談するべきではないとアラタは考えていた。

 しかし、自身の〝魔王〟という立場と相反する存在である〝勇者〟であるスヴェンに意見を聞きたいという気持ちが湧き上がってきたのであった。


「今はまだ答えは出せていない。それを見つけるための旅だしさ。でも精霊との契約が完了したなら結論を出さなきゃいけないってことも分かってる。元の世界に帰るのか、この世界に魔王として留まるか――。スヴェンは勇者としてどう思う? 破壊神と戦うなら魔王には、いてもらった方が楽なんじゃないの?」


 今度はスヴェンにボールを投げ返す。

 それはゆっくり放物線を描きながら、スヴェンのグローブに収まる。しばらく、そのボールを眺めてから再びアラタにボールを投げ返す。


「……破壊神の存在や、魔王グランの真実についてはコーディから聞いていた。だから、俺にとってグランは他の魔王とは違う特別な存在なんだ。だから、破壊神を復活させようとする奴らがいるのなら、俺が倒さなければと考えている。魔王グランがそうしたようにな。まぁ、お前が本当にグランの生まれ代わりでその強さを継承しているんなら戦力にはなるだろうな」


 意外な返答に驚きの表情を見せる現魔王。スヴェンから放たれたのは中々のストレートの速球であったらしい。


「意外だなぁ。魔王を見習う勇者ってどうなのよ?」


 すぐにボールを投げ返す魔王。相手からの次のボールが待ち遠しい様子だ。


「俺が魔王グランを尊敬しているのを知っているのはコーディだけだ。いいか! 他の誰にも言うなよ? 知られたら色々と面倒だからな!」


 スヴェンが放つボールは常にストレートで心地よくグローブに収まるとアラタは感じていた。

 同時に彼が内に秘める秘密を教えてくれた事を少し嬉しくも感じていたのである。


「俺も魔王グランの話を聞いた時、胸が熱くなる感じがしたよ。だって、あの人は魔王とか勇者とか、そんなしがらみに関係なく皆の為に戦ったんだ。そんな奴、普通いないよな。それをやるからには、色々と覚悟しないといけない事が沢山あったはずなんだ。正しい事をやるって事は、きっと沢山の敵を作ることにもなりかねないだろうし」


 隣でアラタの話を聞くスヴェンの表情は真剣そのものだ。

 途中で冷やかしたりする事なく、ただ黙って聞く事に専念している。

 そして、ここまで話をするとアラタは自身の中でくすぶっていた思いに、ふと気が付いたのである。それは青天の霹靂へきれきのようであった。


(ああ……そうか、結論なんてもう出ていたんだ。足りなかったのは、俺の中にある覚悟だけ。俺が目指しているものは――)


 そこまで考えると、突然笑いがこみ上げてくる。

 自分があまりにも単純である事に半ば呆れつつも、何だか晴れ晴れとした気持ちが自身の中で広がっていくのを感じたからであった。

 一方、隣でアラタの様子を窺っていたスヴェンは、突然笑い出した魔王に驚きを隠せないでいた。


「おい、大丈夫か? とうとうおかしくなったのか?」


 怪訝けげんな表情で見つめる勇者をよそに、魔王は腹を抱えながら「大丈夫」とだけ言って少しずつ平静を取り戻していく。

 そして、落ち着いた時には、どことなくスッキリとした表情を見せていた。

 先程までの深刻そうな表情から一変して、迷いが吹っ切れた魔王の顔を見て、その変化に若干戸惑う勇者。

 それに気づいた魔王は自身の思いを告げる。


「今分かったよ。俺がどうしたいのか。ちゃんとした結論を出すのはまだ先の事だけど…………俺は正義の味方になりたいんだよ。かつて、魔王グランがそうであったように……だから、俺は魔力を使えるようになったなら正義の味方を目指す! 今決めた!」


 魔王の口から出てきた〝正義の味方になりたい〟という魔王らしからぬ言動に目を丸くする勇者。

 しかし、彼を馬鹿にするような考えはスヴェンの中にはなかった。なぜなら、彼も全く同じ考えであったからである。

 かつて、コーデリアから魔王グランの真の功績について教えてもらった時、彼の中で熱い思いが込み上がってくるのが分かった。

 勇者と言われたところで結局は、アストライア王国に所属する一人の騎士に過ぎない。

 命令により動く歯車のようなものだ。その事実に心の火が消えかかっていた時に、その話を聞いて、彼は自身の中で目指すものが明確になったのだ。

 それが〝正義の味方〟だったのである。

 子供じみた事かもしれない。現実から目を背けて、理想に逃げているだけだと思われるかもしれない。

 しかし、理想を捨てて現実の状況に甘んじることが正しい事とも思えない。

 こうして、人知れずスヴェンは〝正義の味方〟を志す事にしたのであった。おそらく、自分を理解してくれようとする者は少ないであろうと思いながら。

 しかし、今目の前に自分と同じように〝正義の味方〟を目指す人間がいる。

 その事実に、あの時感じた熱い思いがよみがえってくるのを、この勇者は感じていたのである。


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