第44話 魔王身バレする

 魔王軍一行と勇者パーティー間の雰囲気が少し良くなると、アンジェが頃合いを見計らって口を開いた。


「あの、そろそろ行商人のご家族と護衛に当たっていたギルドの方々をマリクにお連れしないといけないのではないでしょうか? これ以上時間が経つとマリクにいる行商人のご主人が心配しますし、彼らの疲労は甚大です。早くマリクに行って休ませてあげたほうがいいと思うのですが」


 この場にいる全員が「確かに」といった面持ちで頷くと、行商人の家族が待機している所に向かって歩き出した。

 アラタは、親指を立ててアンジェのファインプレーをたたえると、スカートのすそを少し持ち上げて「痛み入ります」と軽く会釈で返す空気の読めるメイドであった。

 あまり、顔に出さないようにはしていたが魔王軍側の面々には安堵の色が窺える。

 だからなのか〝事〟はそれから程なくして起こったのである。


「それにしても無事に終わって良かったですね。一時はベヒーモスの猛攻にどうなるかと思いましたが、行商人一行も無事でしたし、完全勝利ですね

 その瞬間、その場の空気が凍り付いた。

 和やかになりつつあった空気は今や氷点下そのものだ。

 〝魔王様〟という一言を発したセスに勇者パーティ全員の視線が集中する。

 そして、以外にも勇者パーティの奥手少女シャーリーがおそるおそる尋ねてきたのであった。


「あ、あの~。今、〝魔王様〟って言いませんでした?」


 この発言によりセスも自身の失態に気が付いたのか、両手で自らの口を塞ぐ行為を見せてしまう。

 このあからさまと言える行為が逆に怪しさを際立たせてしまっていた。

 ますます疑惑の目を向ける勇者一行。

 その時すかさず口を開いたのは、疑惑の張本人たるアラタであった。


「…………違うよ。魔王じゃなくて〝マーオ〟って言ったんだよ。俺の名前はムトウ・マーオ・アラタと言ってね、皆からマーオって呼ばれているんだよ。さっきはそのマーオって言ったんだよ」


 やや白々しい口調で言った後に、おそるおそる勇者パーティーの顔を見るアラタではあったが、案の定、彼らは冷ややかな視線をアラタに送っていた。

 さらには味方であるはずの魔王軍のメンバーもやや痛い子を見るような視線を向けている。


(……分かってるよ。こんなのが苦しい言い訳だなんてことは言った張本人である俺自身が一番よく分かってるっつうの……てゆうか、皆までそんな冷たい視線をむけなくても良くない?)


 アラタが心にダメージを負っていると更なる追い打ちが彼を襲うのであった。


「そんなの初耳ですよ。どうして今まで黙っていたんですか? 魔王様!」


 セスの再びの魔王発言に反応する勇者関係者、呆れる魔王軍メンバー、そしてアラタは――。


「お前は馬鹿かーーーーー? 俺が何とかしようとしてる時に、それ言っちゃう? 台無しでしょうが! 二回目だぞ? お前絶対わざとだろ、セス! もうね、頼むからあっち行ってろ! そして、俺がいいと言うまで口を開くな! 分かったな!」


 アラタがピシャリと言い放つと、セスは隅っこで両手で顔を覆いながら声を噛み殺して泣き始め、トリーシャとドラグが「よしよし」と慰めるのであった。

 そこにはもう、ベヒーモスを討ち取った勇敢な知将の雄姿は跡形もなくなっていた。

 セスのそのような姿を視界に入れないようにして、再びあれこれと思索するアラタではあったが、さすがにこのような状況では自分達が魔王関係者ではないと誤魔化す口上が思いつかなかった。

 そんな時にしばらく沈黙を守っていたスヴェンが真剣な表情でアラタに尋ねたのである。


「アラタ………………お前が、魔王なのか?」


 先程までは、自分が魔王だという事実を何とかして誤魔化そうとしていたアラタであったが、スヴェンの今まで見せたことがない真っすぐな目を見た後に口から出てきたのはこれまでとは真逆の返答であった。

 それは、真剣に答えを求める者に対するアラタなりのケジメだったのかもしれない。


「スヴェン………………そうだよ。俺が魔王だよ、一応な」


 互いの目を見つめる魔王と勇者。その時間は、実際それ程永くはなかったが、当人達にとってはとても永い時間であった。


「……なんで、お前みたいな奴が魔王なんだよ。おかしいだろうが! だってお前は!」


 そこから先を言いよどむ勇者。その顔は苦悶の表情に満ちており、この現実を受け入れがたいと訴えている。

 アラタは、そんなスヴェンの表情を見ると確かな口調で話し始める。


「悪かったな、スヴェン。出来れば面倒事にはしたくなかったから、俺が魔王だって事は伏せておいたんだよ……でも俺が魔王としてここにいるのは事実なんだよ」


 アラタの真剣な表情から、虚偽の発言をしているわけではないと理解したスヴェンは、軽く呼吸を整えると再び、目の前にいる魔王を見据えて話し出す。


「…………それなら分かっているな。俺は勇者だ。魔王を討伐するのが俺の任務だ……だから俺はお前を殺さなければならない。……覚悟しろ〝魔王〟」


 スヴェンの口からアラタに対して向けられた〝魔王〟という一言にアラタはチクリと胸が痛んだ。


(異世界に来て、魔王軍の皆以外で初めて友達が出来たと思ったんだけどな……残念だな)


 そんな本音を飲み込み、アラタは自分なりの意見を目の前にいる勇者に叩き付ける。


「どうして俺がお前に殺されなきゃならないんだ?」


 その意外な一言に、まるで一時停止ボタンを押したように固まる一同。続けざまにアラタは言葉による追撃を行っていく。


「まさか俺が魔王だからっつう理由だけで殺る気じゃないだろうな。俺は人様に迷惑をかけた覚えはないぞ。それに言っておくけど俺は弱い! なんてったって魔力が使えないんだからな!」


 内容に対して堂々とした態度で言い放つ魔王にたじろぐ勇者一行。

 確かにここにいる魔王が世間的に何かをしたという報告はまだ無かった。

 それに信じられない事だが、本人が言うように魔力が感知出来ない事から、彼には一般的な魔闘士としての戦闘力すら備わっていないと考えられるのだ。

 つまり現段階で魔王に有害性は認められないのである。

 そんな一般人と変わらない人間を手にかけるのはいかがなものか、誰も口には出さなかったが勇者一行は皆そういう結論に至っていた。

 しかし、それでも相手は魔王である。

 このまま黙って食い下がる事も出来ない。

 そこでコーディがアラタに問いかける。それは目の前にいる魔王がどういう人物なのかを探る事であった。

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