第43話 俺、汚れちゃった

「お前は昨日の……確かアラタだったな。それにメイドのアンジェさんも……どうしてお前たちがここにいる? まさかそいつらの関係者なのか?」


 スヴェンのアラタへの言動が気に入らなかったのか、険しい表情を見せながらスヴェンに向かって歩きだすセス。

 しかし、すぐにアラタが制止に入り小声で彼に指示を出す。


「落ち着け、セス。向こうはアストライア騎士団だ。俺達が魔王軍だとばれるのはまずすぎる。俺が何とか誤魔化すから、話を合わせてくれ」


 この現状で戦いになれば、余力のない自分達は間違いなく負ける。

 アラタが仲介に入ったことで少し冷静さを取り戻したセスは、そう判断し彼の提案に頷きで応えた。

 セスの意思を確認したアラタは、スヴェン一行の方に向き直り自分達の素性を話し始める。

 もちろん自分達が魔王軍であるという事を隠して。


「俺達は新参の傭兵ギルドだ。といってもまだ正式に協会に登録していないけどね。これから、大きな町に行って登録しようと思って旅をしている最中なんだよ。そしたら、マリクで行商人の家族が魔物に襲われている話を聞いて助けに来たんだよ。ほら! ここで活躍すれば俺たちのギルドにもはくがつくと思ってさ」


 もっともらしい話を展開する魔王に、感心する魔王軍一同。

 なにより一番感心したのは本人であったりするのだが。


(よくもまあ、こんな出まかせを即興で言えたもんだよ。もしかして、魔王なんかより詐欺師の才能があるんじゃないだろうか? でも……なんかこの世界に来て汚れちゃったなぁ、俺)


 アラタが少し寂しそうな表情を見せた事は疑問ではあったが、彼の話は概ね筋が通っていた。

 スヴェン達は、セス達の強さから魔王軍の関係者なのではないかと疑いを持っていたが、良く考えてみれば、魔王軍が逃げ遅れた人々のために動くなどという事は現実的ではない。

 世間一般に語り継がれる魔王関係者は残虐非道と相場が決まっているのだから。

 改めてスヴェンはアラタ達一行を見やると、どの人物もいい目をしていることに気付く。

 幼い頃から過酷な環境で生き抜いてきた彼には、他者がどういう人間なのか目を見ればおおむね判別がつくという特技が身についていた。


(大概、悪いことを考えている奴らは視線をずらすか目が濁っている連中ばかりだ。だが、こいつらはどいつも澄んだいい目をしてやがる。アラタは何だか悲しそうな目をしているが、まあどうでもいいか……にしても、アンジェさんは綺麗な目をしてるなぁ。なんだか吸い込まれそうな瞳だ)


 真剣な表情から、若干緩んだにやけ顔になったスヴェンを見て、コーディは途端に不機嫌になる。

 軽く彼の脇腹を肘で小突くと小声で彼に確認を取るのであった。


「それじゃいいわよね。私も彼らには特に邪悪な感じはしないわ。問題ないと思う」


 それから、パーティーの他の3人にも確認を取るとコーディは穏やかな表情に戻ってアラタ達に自分達の素性を話し始めた。


「不快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。先程アラタさんが仰ったように私達はアストライア王国の人間です。もっとも騎士団ではなく、〝勇者〟である彼を中心とした独立部隊なのですが」


 スヴェンが勇者であるという事を暴露するコーディ。その事実が明るみになった瞬間、魔王軍一同に衝撃が走る。


「えっ? 今〝勇者〟って言った? ……ホントに?」


 思ったことをつい口走ってしまったトリーシャではあるが、単にスヴェンが勇者であることに驚いただけの内容であったのでセーフ。

 思いがけず、魔王である自分と勇者が相まみえた事に緊張感が頂点に達するアラタ。

 もし、身バレしてしまえば魔王である自分は勇者である彼に討伐されてしまうであろう。  

 そんな状況を妄想していたアラタではあったが、昨日の自分達を思い出し情けない気分にもなってきていた。


(知らなかったとはいえ、魔王と勇者でハッスル本を購入し、あまつさえ2人で読みこむなんて……おまけに、その一部始終をメイドに見られていたなんて……こんな情けない魔王と勇者の出会いなんて他にあるかね? ……ないよなぁ)


 再び寂しそうな表情を見せるアラタを見て「情緒不安定なのか」と心配そうにするスヴェンであったが、この魔王を心配する勇者の図という奇妙な光景にどんな表情をしたらいいのか分からない魔王軍一同であった。

 アラタ達が少し混乱状態に陥っていることを確認しながらコーディは話を再開した。


「私達は再び魔王が現れたという情報の下、現魔王の確認と可能であれば討伐を目的として動いています。そして、どうやらその魔王がマリクに滞在していたらしいのです。皆さんは、そのような危険な人物には遭遇していませんか?」


 コーディの口から発せられた、〝魔王討伐〟という単語を聞いて、冷汗がどっと出てくるアラタ。


(ヤバい! その魔王って俺なんですけど。もし、俺が魔王だってばれたら討伐されるの? 冗談じゃないぞ……とにかくやり過ごさないと)


「……そうなんですか。生憎あいにくマリクでは、そんな危険人物には会わなかったですね」


 平静を装い、出来るだけ自然な雰囲気でコーディに対応するアラタ。

 一方、コーディもアラタ達は危険人物ではなく魔王関係者とは無関係と判断したらしく柔らかい表情を向けていた。

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