第40話 小太陽は巨獣を焼く

「……さて、先程の借りを返させてもらおうか」


 静かにそう言うと、ドラグは2本の戦斧に魔力をわせ、刃には雷光がバチバチと音を立てながら、攻撃の開始を待っている。

 ロックは拳の指の関節を鳴らしながら、魔力を集中させていく。

 2人が攻撃に出ようとしているのを察してか、ベヒーモスは跳躍し、崩落現場から逃げ出そうとしていた。

 だが、それを許すロックとドラグではなかった。

 ベヒーモスが跳躍しようと、かがんだ瞬間にドラグは攻撃を開始したのである。


「逃げ出しはせんぞ! ここで仕留める! 雷刃らいじん!!」


 戦斧の刀身から、雷の斬撃波を連続で放ち続ける竜人族の将。

 その斬撃はベヒーモスの頭部を集中的に狙いながら、時折攻撃しようと伸ばしてきた手をも切り裂いていく。


「おおおおおおおおおおーーーーーーーー!!」


 ドラグの雷刃による怒涛の連続攻撃から逃れることが出来ず、ベヒーモスはその場に押しとどめられていた。

 自分の思うように動けない巨大な怪物は怒りの叫び声を上げるが、ドラグに怯む気配はない。

 むしろ、自分の攻撃が相手に効果を発揮していると認識し、笑みがこぼれる。

 そして、ベヒーモスはこの時ミスを犯した。

 怒りに身を任せたことで、注意力が散漫になっていたのである。

 敵はドラグだけではない。現在自らがいる崩落現場を作成した張本人が、目の前から姿を消していることに魔物は気付いていなかったのだ。

 次にロックの存在に気が付いたのは、ロックがベヒーモスの右角を自分の射程内に収めた時であった。


「よっしゃあーーーー! 取り付いたぜ! さっきのお礼だ! 鉄無双くろがねむそう!!」


 ロックは四肢に魔力を集中させ、ベヒーモスの角に連続で打撃を与えていく。

 それにより、徐々に角の付け根に亀裂が生じていく。

 続けて両腕を角に回し顔を真っ赤にしながら、ありったけの力を加えていく。

 その結果、ベヒーモスの右角は根元からバキンと鈍い音を立てながら無造作にへし折られたのであった。

 再び咆哮を上げるベヒーモス。

 それを聞き、ロックは不敵な笑みを見せると、ベヒーモスに向けて得意げに言葉を叩き付けるのであった。


「やられたら倍返しでやり返す! それが、師子王武神流の流儀だ! 覚悟しろよ、この野郎! ……それと、こいつは返すぜ!」


 そう言うと、ロックはへし折った角の鋭利な先端をベヒーモスの右目に突き立て、さらに回し蹴りで角をさらに押し込み、深々と突き刺さす。

 今まで、本体に効果的なダメージが見られなかったベヒーモスであったが、突然襲ってきた強烈な痛みに全身を震わせる。

 加えて、2本の角を失ったことで、身体全体を覆っていた強大な魔力が大幅に低下していた。


「セス! 今ならこいつにも魔術が十分通用するはずだ! 止めを!」


 つい先程まで、生存不明だった仲間が今や戦況をひっくり返す大規模な策をやってみせた。

 おまけに、ベヒーモスにまともなダメージをも与えた上に、あんなに元気な姿を見せている。

 セスは、ロックという男が理解できなかった。

 理屈で物を考える自分とは正反対に、いつも根性論を全面に押し出す感情的な男だからだ。

 だが、いざこのような局面に陥った時、常識に縛られてしまう自分とは異なり、予測できない力を発揮するあの男は何よりも頼りになるとも思っていた。

 最近では、魔王軍の他の誰よりも戦闘時において信頼している存在になっていた。


「ああ! 一気に決めるぞ! 今なら奴も自由に動けない。皆は、ベヒーモスが崩落場所から逃げ出さないように継続的な攻撃を頼む……私は、特大の一撃を奴に見舞ってやる!」

「「了解!」」


 ロック、ドラグ、トリーシャは了承すると、ベヒーモスの動きを封じるために地上から頭部への遠距離攻撃を開始する。

 ロックは破砕した岩盤の破片を高速で繰り出す〝岩砲〟を、ドラグは先程から雷の斬撃波である〝雷刃〟を、トリーシャは広範囲に展開した風の障圧殺攻撃〝エアプレッシャー〟を繰り出す。

 その巨大な魔物は、崩落場所から逃げ出そうにも、自らの上方から襲いかかってくる攻撃により、その場に缶詰め状態となっていた。


「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!」


 けたたましい咆哮を上げるベヒーモス。

 しかし、その声は戦う相手に対する威嚇というよりも、自分の思い通りにならない現状への怒り、苛立ちと取れるようなものであり最初の頃の様な威圧感は感じられない。


「おーおー、怒ってる怒ってる。けどな、さんざん好き勝手やられたこっちとしちゃあ、いい気味ってもんだぜ!」


 さらにベヒーモスに対し、あおるような言動を放つロック。

 相手がその言動を理解できるかどうかは分からないが、それでも言わずにはいられなかったのである。

 この魔物にはそれだけ苦戦をいられたのだ。

 3人がベヒーモスを押し止めている間、セスはとある魔術を展開する為に、残りの魔力全てを杖に集中させながら詠唱を行っていた。


(エクスプロージョンは広範囲を攻撃できる便利な魔術だが、それだけでは駄目だ。もっと強力な術でなければあれだけの魔物は倒せない。なら……あれを使うしかない!)


「日輪より生まれし赤熱の業火よ……その荒ぶる力にて我が眼前の障害を滅したまえ…………グローフレア!!」


 詠唱終了と共にベヒーモスの頭上の空に巨大な魔法陣が展開され、そこから巨大な炎の塊が顔を出す。

 その炎の球体の大きさは、エクスプロージョンの3倍以上の大きさであり、球体の半分程が魔法陣から露出した状態で動きが停止していた。


「動きが止まった? まさか不発?」


 ドラグを始め、ベヒーモスの動きを止めていた3人に一瞬不安がよぎる。

 だがすかさず、その術を行使した本人は3人に叫んでいた。


「早くそこから離れろ! 巻き込まれるぞ!」


 セスがそう言うや否や、トリーシャ達は攻撃を止めて全速でその場から退避する。

 それを確認した後、セスは眼前のベヒーモスを見やり術式の最終工程を発動する。


「――――燃えろ!!」


 セスの一言がトリガーとなり、炎の球体が活動を再開する。

 球体自体は魔法陣からこれ以上露出することはないものの、その全身に超高熱の炎を纏い始める。

 その様は太陽の活動において見られる太陽フレアを彷彿とさせるものであった。さしずめ、炎の球体は小さな太陽といった所か。

 小太陽より発生したフレアは急速で成長し、臨界に達した瞬間にぜてベヒーモスに襲い掛かる。

 満足に動きのとれない巨大な魔物は、逃げることも敵わず頭上から強襲する炎の波に飲まれ、炎上した。

 炎の波という形では先に使用したバーンウェイブと系統的に類似しているが、その威力は段違いであり、ベヒーモスが自身にまとわりつく炎を引きはがそうと必死にあがいても、炎は弱まるどころか、その勢いを増していくのであった。


「無駄だ! その炎は貴様の魔力を飲み込んで成長する。貴様の魔力が尽きるか、命が尽きるまでな…………そのまま朽ち果てろ!」


 セスが吐き捨てるように言うと、ベヒーモスは徐々に動きを弱め、まもなく生命活動を停止したのであった。

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