第39話 ベヒーモス攻略戦③

「ありがとうセス。……大丈夫?」

「…………腕が引きちぎれるかと思ったぞ」

「……あら、そう? それは失礼したわね」


 セスのファインプレーによって事なきを得たトリーシャ。

 女性の窮地を救ったイケメンの活躍という、女性が恋に落ちそうな状況ではあったが、さすがそこはセスクオリティであった。

 苦虫を噛み潰したような表情と女性の重さを示唆する禁止ワードを容赦なく彼女に向けていたため、感謝以上の感情が彼女に芽生えることはなかったのであった。

 最もこの時のトリーシャは、既に別の男性が気になっていたため、どちらにしても発展の可能性が低かったのだが、それはまた別のお話。

 ベヒーモスは片方の角を失いながらも、もう片方に魔力を集中し火球を放ち続けていた。

 確実に、その威力は削がれているもののダメージが蓄積しているセス達にとって危険な攻撃には変わりない。


「本っ当にしつこい奴ね。まだやれるなんて! それにドラグは大丈夫かしら? あのダメージはさすがにヤバそうだったけど?」


 今なお戦意を失わないベヒーモスに辟易へきえきしながらも、トリーシャは敵の隙を作るために攻撃を受けたドラグを心配していた。

 しかし、先程ドラグが倒れた場所を確認すると既に彼の姿は無かった。

 何処に消えたのかと、ベヒーモスの攻撃を避けながらドラグを探すセスとトリーシャだったが、すぐにその所在は判明することになる。



 前線が膠着状態になっているのを確認したバルザスは、現在自分達がいる場所が既に安全域であると判断し、出撃しようとしていた。

 この状況まで彼が動こうとしなかったのには理由が二つある。

 一つは、今回の救援の目的である行商人の家族とギルドロシナンテの安全確保である。

 現在彼らが避難している場所も敵の攻撃範囲であったため万が一に備えて動くことが出来なかった。

 加えて、これ以上移動する余力が彼らにはもう残ってはおらず、この場を離れることが出来なかったのである。

 しかし、ベヒーモスはセス達との戦闘で疲弊し、更には魔力の発生装置たる角を1本失ったため、最初に放った攻撃はもう使えない。

 そのため、今避難している場所は安全であると判断したのだ。

 そして二つ目の理由は、セス達若き魔王軍のメンバーの成長促進である。

 戦闘経験も人生経験も少ない、現魔王軍は一つの組織として、まだまだ未熟な段階にある。

 これを成長させるためには、地道に経験を積むしかない。

 その点に注目すると、今回のベヒーモスの様な格上の敵との戦闘は、願ってもない事なのだ。

 現に、この戦いでセス達は強大な敵を前にして各々が最善を尽くそうと努力している。

 その結果、今までバラバラであった彼らが連携した戦術を展開しているのだ。今回の戦いだけでかなりの成長を促すことが出来たのである。


(…………だが、これ以上は危険すぎる。これ以上戦いが長引けば、皆が全滅してしまう恐れがある。一刻も早く救援に行かねば)


 バルザスは、ここまでだと判断するとアンジェとアラタに視線を向ける。


「セス達の救援に行ってくる。アンジェ、魔王様と皆さんを頼んだぞ」

「かしこまりました。バルザス殿、お気をつけて」


 そして、バルザスがセス達の援護へ赴こうとした正にその瞬間、別方向からベヒーモスに向かって高速で移動する5つの人影が視界に入ってきた。


「あれは……まさか……」


 バルザスが言いよどんでいると、その状況に気付いたアラタとアンジェがバルザスの視線の先にいる5名を視界に入れていた。

 するとアラタとアンジェは互いに驚き目を見合わせてしまう。

 なぜなら、あの5名のうち2名の顔に見覚えがあったからだ。

 昨日、マリクで知り合ったスヴェンとコーディの姿がそこにあったのである。



 ベヒーモスが、傷ついたセスとトリーシャに向かって地響きを上げながら走り出していた。

 ベヒーモスはまだ右側の角が健在であり、そこから火球を所かまわず乱射している。 

怒りが頂点に達し、目に入る物全てを手当たり次第に破壊しようとしている。


「全く、厄介な魔物だな。トリーシャ。まだやれるな?」

「もちろん! 残りの角もぶった切ってやるわよ! 援護お願いね」

「了解だ! ……死ぬなよ」


 セスのしおらしい態度に、少し毒気が抜かれるような感じがしたトリーシャではあったが、彼への返答として頷きで答えると、槍を構えて再び飛翔しようとしていた。

 だが、彼女が飛び上がることは無かった。なぜなら、2人に向かっていたベヒーモスが突如眼前から消えたためである。

 いや、正確には足場が崩落したことで、ベヒーモスは地面の中に落下したのであった。

 激しい音を立てながら崩落していく大地と、怒りとも驚きとも思える咆哮を上げて落下する巨大な魔物。

 ただ、落下したと言っても、その崩落した深さはベヒーモスの頭がぎりぎり地面から見えなくなる程度であり、そこまでの深さはなくダメージにはならない。

 だが、この崩落を起こした張本人にとっては、その位の深さで十分であったのである。

 目的を完遂するためには、この巨大な魔物の頭部が地面の高さに来ることが重要であったのだ――この化け物の角をへし折るために。


「随分と良い眺めじゃないか。どんな気分だ? ついさっきまで見下ろしていた奴に逆に見下ろされるのは?」


 ベヒーモスの丁度正面から挑発的な言葉をぶつける浅黒い肌の金髪少年――ロックの姿がそこにあった。

 そして、その隣にはドラグが腕組みをして今や眼下にいる魔物に鋭い睨みを利かせている。

 2人とも所々出血しボロボロではあったが、その双眸は満身創痍の見た目とは逆に戦意に満ちていた。

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