第35話 動き出す殺意

 前衛3名が次々とビエナの数を減らす中、セスは後方から魔術による遠距離攻撃を継続する。

 魔術は術式を展開する必要があるため、攻撃に時間がかかる。

 しかし、その威力は高く一気に敵の数を減らす事が可能であり、大多数の敵と戦う際の要となる。

 聖山アポロでは、火属性に耐性を持つ魔物が多く活躍の場面が少なかったが、獣型の魔物やゾンビのように腐敗した身体の魔物には火属性が効果的であった。

 そのため、今はセスが攻撃の主力となり、他3名が盾として機能している状態だ。

 既にロシナンテと行商人一家はアラタ達が先導し安全圏まで退避したため、周囲の被害を気にすることなく広範囲に適用する魔術を行使できる。


「3人とも、バーンウェイブを使う。注意しろ!」


 そう言うや否や、セスが詠唱を開始すると彼の前方に赤色の魔法陣が展開されていく。

 詠唱が終わると同時に、魔法陣から広範囲に渡る灼熱の波が発生し、魔物の群れを飲み込んでいった。

 その瞬間、魔物達は次々に発火し奇声を発するが、セスが発生させた魔術は容赦なく次々に魔物の群れを殲滅していくのだった。

 魔王軍の前衛3人衆はセスの警告と同時に後方に一時的に退避したが、バーンウェイブが消滅すると灼熱地獄と化した魔物の群れに再び飛び込み追撃を加える。

 

 ビエナの後方に待機していたゾンビは、本来ならば毒性のある体液を周囲にまき散らしながら怪力で攻撃をしてくる厄介な相手だが、セスの炎の魔術によって絶賛火焙ひあぶり中の現状では、その毒性のある体液は蒸発し腐った肉体は悪臭を漂わせながら燃えていくばかりであった。

 既に戦闘能力は皆無に等しい状況であり、3人の足止めにもなり得ず、次々と駆逐されていく。

 あるものはドラグの戦斧により脳天から真っ二つに叩き切られ、あるものはトリーシャの槍から発生させた風の刃により切り刻まれ、あるものはロックの拳により身体を吹き飛ばされていく。

 今や、魔物の数は最初の3分の1程度にまで減少し、戦いは終局に向かって順調に進んでいるかのように思えた。

 だが、次の瞬間「グォォォォォォ」というけたたましい雄叫びが大気を震わせ、同時に激しい振動が大地を揺らすのであった。


 遂に、今まで静観を決め込んでいたベヒーモスが動き出したのである。

 ただ動き出しただけで、周囲には圧倒的なプレッシャーが降りかかる。

 ベヒーモスから距離をとっていたアラタ達ですら、周囲の空気が変わる感覚を感じていた。

 魔物の群れと奮闘中のため、ベヒーモスの付近にいた魔王軍の4人にとっては、それがどれ程の圧迫感であったか想像に難くないだろう。


「くぁっ! まじかよ! なんつープレッシャーだ!」

「ただ動き出しただけで、この圧迫感! さすがは上級の魔物として、世間に認知されているだけの事はありますな」


 全身から冷汗が出る4人。このような事は未だ経験したことがなかった。

 聖山アポロでエンザウラーと戦った際にも、とてつもない緊張感を感じたが、今回はそれに加えて圧倒的な恐怖が彼らを襲う。

 それだけの強大な魔力を、この巨大な魔物は発しているのである。


「ともかく、一旦後退する! 奴の付近にいるのは危険だ!」

「「了解!」」


 状況を危険と考えたセスが、前衛3名に後退を告げ、その場を離脱した正にその瞬間、ベヒーモスは上半身を起こし、一旦両前足を振り上げると今度は体が元の位置に戻る反動を利用しつつ両前足を地面に叩き付けた。

 その破壊力により、ベヒーモスの周囲の大地は破砕され、砕かれた大量の岩塊が空中を舞っていた。

 続いて、その巨大な魔物の角が赤く光り、巨躯を包む程の大きさの魔法陣が空中に向かって放たれると、魔法陣が通過した岩塊が一斉に燃えだしたのである。


「まさか、あれはバーンウェイブと同様の魔術か?」


 セスの表情が青ざめる。あの化け物が、破砕した岩々を燃やすだけの単純な行動をするはずがないと考えたからだ。

 上級の魔物程、その知性は高く、中には人と同様な論理的思考をする者もいる。

 ならば、あの巨大な魔物は、確かな戦略や戦術を用いて襲ってくるはずである。

 

 この時のセスの予感は的中した。各々、炎に包まれた岩塊が一斉に勢いを増しながら地面に向かって放たれたのである。

 それは、空中に舞った岩が重力に引張られて落下するというような生易しいものではなかった。

 明らかに何者かの殺意と力を持って加速された無数の炎の岩が、無情にも大地に向かって落ちてくる。

 ベヒーモスから離れた位置まで退避していたアラタ達の場所にまで、炎の岩が落下してくる。

 大きな岩ならば人間を優に超えるサイズ、小さい物ならば野球ボール程だが、空高くから初速と重力の落下速度を加えたそれは、1個でも十分すぎる殺傷能力を秘めている。

 それが、視界一杯に散らばり襲ってくる。魔闘士ならば避けられるかもしれないが、ローブが無く魔術を行使することも出来ないアラタや行商人一家には到底無理な話だ。

 アラタは無茶だと思いながらも、剣を盾代わりにして行商人の家族の前に踏みとどまっていた。

 するとアラタの前にさらに人影が2つ。アンジェとバルザスだ。

 2人は、それぞれ魔力を最大にして障壁を形成する。水属性のものと、もう1つは半透明の巨大な壁だ。

 半透明の障壁には特に色が付いたりしているわけではない為、一見視認し難いがアラタの目には、はっきりとその存在が確認できたのである。

 2人の障壁に次々に炎の岩塊とぶつかっていく。彼らの命を繋ぐ2人の盾は、殺意に満ちた岩塊に耐えていた。

 その間、障壁を維持するアンジェとバルザスの顔には汗がにじんでいた。


「アンジェ、頑張れ! もう間もなく、この攻撃は止む!」

「はい! 私は大丈夫です。それよりも、バルザス様は大丈夫ですか? ご高齢の身体には厳しいのでは?」


 すかさず、軽口を入れるアンジェに余裕を感じたバルザスは、メイドの心配に笑って返す。


「はははは! これは1本取られたな! まさか、そう返されるとは思わなかったぞ。だが、私もまだまだ若い者には負けはせんよ!」


 アンジェの言葉に触発されたのか、気合いを入れ直したバルザスは、より強大な魔力を半透明の障壁に集中させていくのであった。

 障壁は、さらに厚みを増しながら大きさを広げ、炎の岩塊をものともしない。そんな彼の背中をアラタは驚きの表情で見つめていた。


(すごい! バルザスってこんなに強かったのか。こんなとんでもない攻撃を完全に防ぐなんて!)

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