第34話 開幕 平原の戦い

 まず先に跳び出したのは、魔王軍の殴る込み隊長のロックである。

 ある程度近づいたところで、一気に瞬影で間合いを詰めて自慢の師子王武神流の技を敵に叩き込む。


「破砕掌! ちっ! 素早い!」


 岩をも粉々に砕く掌底が一匹のビエナの胴体に直撃し吹き飛ばすが、それ以外の個体は素早い動きで、吹き飛ばされてきた仲間をかわし、巻き添えを喰わないようにしていた。

 そのため、単体の敵を倒すことに長けた師子王武神流の技であったが、今回は連鎖的に敵を処理することが難しく、ロックは地道に1体ずつ敵を倒さなければならなかった。


「これでっ! どうだ! って、あぶね!」


 急な死角からの攻撃に驚くロックだが、その攻撃を両手でガードしダメージを最小限に抑える。

 攻撃に集中しすぎれば防御や回避がおろそかになるので、戦闘における攻守の配分をよく考える必要がある。

 だが、ロックの戦闘スタイルは「やられる前にやれ」という非常に攻撃的なもので、回避ないし防御のタイミングが少し遅れ気味になる。

 それを理解したのか、ハイエナもどきの魔物は3体同時攻撃を敢行した。

 しかし、ロックは空中に跳び上がって攻撃をかわすと、右足を振り上げながら落下し、そのスピードを加えながらビエナに足を振り下ろす。


「これでも喰らえ! 破断脚!!」


 ハンマーの如く振り下ろされた蹴りは、ビエナに叩き込まれると同時に地面にも大きな破壊跡を残す。

 そこには、ぺしゃんこに潰された敵の亡骸が残っているのみだ。

 前衛部隊がビエナを引き離す中、アラタ、バルザス、アンジェの3人は岩場で動けなくなっていた要救助者達に合流していた。

 特に、ずっと魔物と戦っていたロシナンテのギルドメンバーの衰弱は激しく、救援が来て気が抜けたためか、この場から動けない者もいた。

 このような場合、魔力を限界近くまで消耗したことが原因であるため、魔力の源となるマナを少量回復する聖水を服用させていた。

 それにより、動けるようになったメンバーを伴い、マリク方面に退避を開始することが可能となったのである。


「すまない。この失態は私の油断が招いた結果だ。そのせいであなた方の手をわずらわせてしまった。何とお礼を言っていいものか」


 ロシナンテのギルドマスターであるロッシュが深々と頭を下げるが、現在魔物の群れに追われている状態であるため、彼の謝罪に向き合っている余裕はアラタ達にはなかった。


「いやいや、お礼を言うのはまだ早いですよ。まだまだ敵は沢山いるし。あの後ろにいる奴は明らかにヤバいでしょ? 今は動いていないみたいだけど、とにかくもっと距離をとらないと危険です。走れますか?」


 アラタの問いかけに、各々が頷く。

 先程まで絶望の淵に立たされていた彼らだが、今では一筋の光明が差し込み、その目には生命力が戻っていた。全員がマリク方面に向かって走り出す。

 まだ幼い子供達も母親や兄に手を引かれながら必死に走っていた。


「バルザス。今は動いていない、あのデカブツは何なんだ? 明らかに今まで遭遇した魔物達と存在感が段違いなんだけど」


 魔王軍が救援に到着してから、相当数の魔物が倒されたが、不気味にもまだベヒーモスは動きを見せない。

 その様子がまるで嵐の前の静けさのようで、不安感を煽るばかりだ。


「魔王様。あれはベヒーモスといって、非常に強力で危険な魔物です。本来ならば、このような平原にいるような魔物ではありません。これは明らかに異常な事態です」


 焦燥感を隠し得ないバルザスやアンジェの様子を見て、ベヒーモスがいかに危険な魔物なのかが分かった。

 そして、この場所にいるはずのない魔物がいる現実がさらなる不安感を煽る。


(そう言えば、カイザーウルフの時も、同じような事を言ってたよな。本来いるはずのない魔物がいる状況。これって偶然なのか? 少しずつ、強力な魔物が出現しやすくなっているって事なら、これからさらにヤバくなるって事じゃないのか? だとしたら、今みたいに戦えない人が襲われる事が多くなるって事だよな)


「アラタ様、いかがしました? 顔色があまり優れないように見えますが?」


 思案中にいきなり声を掛けられたため、少し驚くアラタではあったが、「大丈夫」と短く返答すると、再び考え込む。


(もし、状況が悪い方向へ進むんなら、アンジェも皆も今みたいに戦うんだよな。きっと、更に強い敵と。なら、俺はどうすればいいんだ? そんなことになるって分かっていながら、全部放り出して地球に帰るのか? それとも戦うのか? そうなったら、誰かを殺すことになるのか? 俺が? 人殺しに?)


 この異常事態を前にして、今後の事を思案するアラタ。だが、そのような自問自答の時間も長くは続かなかった。

 今まで、沈黙を守っていたベヒーモスが動き出したからである。


 ベヒーモスが動き出す少し前、ハイエナ型の魔物であるビエナとゾンビを相手取るロック、トリーシャ、ドラグ、セスの4名は多勢に無勢ながら敵の数を確実に減らしていた。 

 ロックが切り込み隊長としてビエナの群れに飛び込むと、群れに混乱が生じる。 その隙に乗じてトリーシャとドラグが追撃を行う。


「おおおおおお! 死肉を喰らう魔物共! このドラグニールが相手になるぞ!」

「さてと、いっちょやりますか!」


 ドラグは2本の戦斧を連結し、回転させながら近寄る魔物を次々になぎ倒していく。

 そんな中、ビエナは仲間が倒されながらも、竜人族の後方に素早く移動し、死角から攻撃をしようと試みるも、彼の背部にトリーシャが滑り込み中断させる。

 相手が亜人族の少女だと認識すると、彼女を弱者だと思い込んだのか、勢いよく3匹のビエナが突撃を敢行する。


「全く! 私も甘く見られたものね」


 トリーシャが呆れ口調でつぶやくと、槍の穂先に風を広範囲に展開し、間合いに入り込んだ敵に向かって一気に得物を振り下ろす。

 すると3匹のビエナは、巨大な風の塊に押し潰され、物言わぬ肉塊と化した。

 彼女の風の術技の1つである風の圧殺攻撃――エアプレッシャーは、複数の敵をまとめて叩き潰すことが出来るため、今回の様な集団を相手にする際に効果を発揮する。

 通常、槍による攻撃は〝切る〟もしくは〝突き刺す〟の2パターンが主流で、彼女自身それらの攻撃を得意としており、あまり〝叩き潰す〟戦法を好んではいない。

 潰した瞬間に、内蔵が外側に跳び出す事が多々あるため、それを苦手としているからだ。

 実際、今エアプレッシャーで潰した魔物も例に違わず、口から何かが飛び出しており、その瞬間を見てしまったトリーシャの耳と尻尾はショックでピーンと硬直し、テンションがだだ下がりになる。


(うわー! 見ちゃったわよー。気持ち悪いー。これだから、叩き潰すのは嫌なのよ……よし! 次はウインドカッターでぶった切っていこう! 複数を一気に倒すなら効率的にそんなに変わらないし、そうしよう!)


 自分の中で気持ちを切り替えたトリーシャは、この後執拗にウインドカッターを使い続け、ハイエナ風の魔物達は切り刻まれ、スプラッタ映画も真っ青の光景が広がっていくのだった。

 叩き潰すにしろ切り刻むにしろ、目を覆いたくなるような惨状が広がるのだが、トリーシャにとって切断に対する抵抗感は低いようであり、もしその手の映画を視聴する機会があるのなら、彼女は喜々としてその作品に食い付くだろう。

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