第33話 平原の魔物

「はぁはぁ、くそっ! 一体奴らは何処から湧いて出てきたんだ? それに、奴らは岩陰に隠れて待ち伏せしていた。まさか、魔物に奇襲をかけられるとはな、ちくしょう!」


 ロシナンテのギルドマスターであるロッシュの顔には悔しさが滲み出ていた。

 護衛の任務に就いている以上、あらゆる状況を想定しておくのは重要な事だ。

 特に、この周辺は以前、盗賊による待ち伏せが頻発していた場所だ。

 例え、盗賊団が壊滅していたとしても十分に注意するべき場所であったのだ。

 しかし、あともう少しでマリクに到着するという気の緩みと奇襲をする存在はもういないという油断が、今回の魔物による奇襲を成功させてしまったのである。

 後悔先に立たずとは言ったものだが、ロシナンテのメンバーは皆「あの時、油断をしていなければ」という思いで一杯であった。

 自責の念と疲労で一杯の彼らには、もはや走って逃げる体力は残っていない。

 現在、行商人の家族と共に巨大な岩の1つを背にし、逃げ場を失い追い詰められている状況であった。

 そんな状況で、彼らを取り囲む魔物の集団は一気に襲ってくることはなく、ゆっくりとにじり寄って来る。

 まるで、この瞬間を楽しんでいるかのように。

 少しずつ、だが着実に近づく死の恐怖におののく行商人の家族。彼らの胸中は絶望で押しつぶされかけていた。


「ママ、怖いよ! 怖いよー!」

「こっちにおいで。いい? ママから離れちゃだめよ?」

「うん」


 まだ小学校低学年くらいの男女の幼子を優しく抱擁する母親。

 優しい声で子供達をこれ以上怯えさせまいとしている一方で、子供達を抱きしめる両腕は恐怖に震えていた。

 その子達の兄と思しき少年は両手で木製の棒を持って魔物に向かって構えており、もし眼前の魔闘士達が全滅しようものなら、自分が戦わねばならないという意思を見せている。

 だが少年も一般的に見れば中学生程の子供であり、この状況を前にして両手も両足も震えが止まらず今にも泣きだしそうな表情をしている。


(止まれ、止まれよ! なんで震えが止まらないんだよ!)


 そんな彼らの様子を眺めながら、まるで笑っているかのように口角を上げながら近寄るハイエナの様な魔物――ビエナの群れがいた。

 口からは唾液が流れ落ち、まるで獲物に早く食らいつきたいと言わんばかりである。

 岩場の影から次々と姿を現し、その総数は優に50を超えている。

 その後方には、二足歩行する集団がいた。一見人間に見えるが、よく見ると皮膚は所々破けており、腹部からは腸が露出している。

 顔の半分は肌が液状になり眼球が飛び出している。

 所謂いわゆるゾンビと呼ばれる、死後体内のマナが異常を起こし意思無き魔物となった化け物が約20体おり、腐敗臭が周辺に広がり吐き気を誘っている。

 駄目押しとして、更に後方に巨大な四足歩行の魔物が一体。

 その巨躯はエンザウラーに匹敵する程で、頭からは前方に向かって巨大な角が生え、鋭い両目は赤い光を放っている。

 この魔物は、エンザウラー同様に古代から存在する魔物であり生半可な攻撃ではびくともしない怪物〝ベヒーモス〟であった。

 本来ならこのような平原にいる魔物ではない。

 もっと、大気中のマナが瘴気のように変異した、非常に危険な区域にいる魔物なのである。このことからも、現状が如何に異常な事態なのかがうかがえる。

 ベヒーモスは、自らが戦闘に加わることなく、その位置を変えてはいない。

 ロシナンテのメンバーと主に戦っていたのはビエナとゾンビである。

 もし、ベヒーモス自らが戦闘に加わるようなものなら、既にロシナンテも行商人の家族も屍となり果て、魔物達の餌になっていたであろう。

 だが、現実問題としてビエナとゾンビは彼らの前方10数メートル先までにじり寄ってきており、いつ飛びかかってきてもおかしくない距状況である。

 実際、最前列にいる数匹のビエナが体勢を低くし、攻撃の体勢に入っていた。

 それに対して残った力全てを防御に回し、少しでも永く依頼人を守る事に徹しようとするロシナンテのパーティー。

 緊張感が最大に達し、いよいよ激突するかと思われた瞬間に突然それは起こった。

 ビエナの群れ目がけて、どこからか炎の槍が投げ込まれ地面に刺さった瞬間に爆発したのである。

 俊敏なビエナの多くは、爆発に巻き込まれる前に逃げおおせたが、爆心地のすぐ側にいた2匹は各々爆発で身体の半分近くを吹き飛ばされると同時に残った半身も火だるまになり、程なくして絶命した。

 絶望に打ちひしがれていたロシナンテと行商人の家族は、一瞬何が起きたのか理解できず、只々驚くばかりであった。

 それもそのはず、マリクには傭兵ギルドがいないため救援が来る可能性は限りなくゼロに近いと思っていたからである。

 しかし、このぎりぎりのタイミングで救援が駆け付けた。


「よし! さすがセス。ナイスコントロール」

「ありがとうございます、魔王様」


 ロシナンテと行商人の家族がいる岩場に接近する人影の1人が称賛の声を上げる。

 それに対して称賛された側は、あからさまに表情を変えることはなかったが、どこかまんざらでもない様子だ。


「彼らから、魔物の群れを後退させることが出来たな。だが、まだ位置が近すぎる。特に機動力の高いビエナをさらに引き離すぞ!」

「「了解!」」


 バルザスの指示を得て、行動を開始する魔王軍。

 次にビエナの群れに牽制攻撃を入れたのはアンジェであった。

 彼女のレインショットは、広範囲に放つ事で攻撃力は低下するものの、手数が非常に多い事から牽制攻撃としてとても優秀なのである。

 更には、目くらましにもなるため、前衛が接近戦に移行する際のサポートとしてもよく使用される。

 今回も、レインショットによりビエナの群れは更に後退と散開を行い、魔王軍の切り込み部隊は各個撃破へと乗り出すのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る