第30話 魔王の特訓

 その日の夕時、魔王軍一行は商業区域にある食堂で夕食の席に着いていた。

 注文した料理が運ばれてくる間に、アラタは日中に出会ったスヴェン達アストライア王国騎士団がこのマリクに来ていることを仲間に報告していた。

 当然本屋の件に関して詳しくは触れないようにしていたが、話題がそのあたりになると、アンジェが微かな怪しい笑みをアラタに向けていた。

 皆も、彼女の表情には気付いていたが、そこに突っ込むことはアラタにとって不利益になると容易に想像がついたので、誰も深入りはしなかった。

 その点に関してアラタは皆に心から感謝していた。


「それにしても、どうしてアストライアの騎士団がこんなところに来ているのかしら? ここは王都から結構離れているし、騎士団嫌いな人が多い町だから必要がなければ立ち入らないはずよね?」


 トリーシャが皆を代表して疑問を提示するが、それに関してはバルザスに心当たりがあった。


「アストライア王国は、腕の良い星読みを数多く召し抱えているという噂を聞いたことがある。そして、彼らの予言に沿って動いている部隊もあるらしい。もしかしたら魔王様達が出会った者達もそんな部隊の者かもしれないな」


 星読みとは、一種の予言者であり星の動きから、ある程度未来を視ることが出来る。

 バルザスの推測通り、スヴェン達は星読みによる未来視によりマリクに来ていた。

 現在、この町に滞在しているはずの魔王軍並びに魔王、つまりアラタを倒すために。

 だが、現在魔王軍にその事実を知る手立てはなかった。


 翌朝、魔王軍はアストライア王国騎士団との接触を避けるために、予定より早くマリクを発とうとしていた。

 あくまで彼らの戦うべき相手はベルゼルファーに関連する組織であり、アストライアではないからだ。

 無用の戦闘はなるべく避けて通りたいのが正直な所なのである。

 そんな中、宿屋のすぐ外ではアラタとロックの姿があった。

 ロックは涼しい顔をしているが、すぐ近くにいるアラタは汗だくで地面に突っ伏していた。


「よし! 今朝の訓練メニュー終了! 状況が状況なだけにランニングは出来なかったけどな。まぁ、その分、他のメニューの回数増やしたから問題なし!」

「…………あ、ありが、とうございまし……た」

「だらしねーなぁ。たかが、腕立て300回、腹筋500回、スクワット400回やっただけじゃねーか。ちょっと軽めの運動だぜ?」

「……俺をお前のような筋肉マンと一緒にする……な。一般人にとっちゃ結構キツイ内容だぞ」


 聖山アポロでイフリートと契約した後、アラタはロックに頼んで毎日訓練を行っていた。

 本人曰く「戦闘では役に立たない分、せめて自分の身は自分で守れるようになりたい」とのことだった。

 そのため、基礎体力向上のためにロックとの訓練を行い、バルザスからも剣術指南を受けていた。

 何故剣術なのかというと、それもアラタの希望で「異世界で戦おうとするなら、やっぱり剣ではなかろうか」との軽い感じであった。

 しかし、これがバルザスの琴線きんせんに触れたらしく、その日からバルザスは剣術の鬼教官と化している。

 2人からの熱烈な訓練と本人のやる気が功をそうしたのか、アラタは魔力が使えないものの、めきめきと基礎体力が向上し、少しずつ剣の扱いにも慣れてきていた。

 そのため、現在アラタの装備は最小限身体を守れる簡易型のローブと初心者用の剣となっている。


「もう少し休憩したら、出発の時間だな。アラタ、動けるか?」

「大丈夫。だいぶ身体も落ち着いてきた。最初の頃に比べたら、回復力も上がってきてるみたいだ……でも、身体を動かすのがこんなに楽しいとは思わなかったよ。身体を鍛える明確な理由があると訓練にも身が入るしね」


 アラタのそんな意見を聞くとロックはニヤッと笑みをこぼす。

 今まで訓練は大体1人で行っており、それに対して特に何とも思ってはいなかったが、こうしてアラタと一緒に訓練をするようになって、以前にはあまり感じなかった楽しさを覚えるようになっていた。

 加えて、何だかんだ言ってもアラタは課した訓練メニューをしっかり行い、段々と体力が向上している。 

 誰かが成長していく様を見ると、自分も刺激になり、より訓練に身が入った。

 2名による訓練はロックにとってもいい機会となっていたのである。

 少し休憩を取った後に、魔王軍はバルゴ風穴側の門に向かって宿屋を出発した。 門は南側にあり、居住エリアを越えた先にある。アストライア騎士団も、どこかの宿屋に泊まっているはずなので、慎重かつ速やかに門に向かう必要があった。

 先頭にはバルザスが立ち、RPGの移動さながら一列になって魔王軍は進んでいった。

 本人達はいたって真面目なのだが、その様子を遠くから見た人達は怪しさのあまり、見て見ぬふりをしていた。

 このような調子ではあったが、特に騎士団と接触することなく魔王軍は無事にマリクの南門に到着したのである。

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