第31話 魔王軍 出撃
「やっと、南門に到着しましたね。後は、速やかに門から出て行って町から離れれば、騎士団と鉢合わせすることもないでしょう」
「そうね、邪魔が入らないうちにさっさと行きましょ」
セスとトリーシャが急かす中、一同が門に近づくと何やら人だかりが出来ていることに気付く。
人だかりは何かを囲むように集まっており、アラタ達がその付近を通り過ぎようとすると、怪我を負った男性が治療を受けながらも何かを叫んでいるようであった。
「頼む! 誰か私の家族を助けてくれ! 今すぐ行かないと皆死んでしまう! お願いだ!」
悲痛な訴えがアラタ達の耳に聞こえてくる。しかし、これでは詳細が分からない為セスが付近の人に状況を確認しに行くのであった。
少しすると、セスが神妙な面持ちで戻り状況の説明を行った。
それによると、怪我をしている男性はこのマリクを目指していた行商人であるという。
彼は家族で仕事をしていて様々な町を渡り歩いており、マリクまでの道中に魔物に襲われたらしい。
移動の際にはギルド協会に所属している傭兵ギルドに護衛に付いてもらっており、今までも魔物を撃退してくれていたそうだが、今回襲ってきた魔物は質量共に桁違いで対処しきれないため、助けを呼びに彼がここまで逃げのびてきたという。
しかし、誰も動こうとはしなかった、いや動けなかったのである。
マリクは商業が盛んな町で商業系のギルドは多数存在しているが、この一帯は普段魔物が少ない上に強力な個体もいないため、魔物を刈ることを
一応、護衛としてこの町に来た傭兵ギルドは存在するだろうが、この平和な土地で活動しているのは、せいぜい駆け出しの未熟な者達である。
本格的な戦闘に赴く心構えが出来ていないのだろう。絶望的な空気が、この一帯に広がっていた。
こうしている間にも、彼の家族や防衛に当たっているギルドは確実に全滅という最悪のシナリオに向かっているのだ。一刻の猶予もなかった。
現状を確認すると、アラタは苦悶の表情で皆の顔を見る。
すると、全員がまっすぐにアラタを注視し黙っていた。まるで何かを待つかのように。
アラタは1人1人の顔を見た後に何かを決意したかのように重い口を開く。
「今、俺達が目立ったことをするのは得策じゃないことは十分に分かってる。でも、今現実に死にそうな人がいて、それを助けられる力があるのに無視をすることを、俺はしたくない。皆、力を貸してくれ! 頼む!」
アラタの独白を聞くやいなや、魔王軍一行は
ドラグとセスは、行商人の男性の所に行き魔物に襲われた正確な位置を聞いている。
トリーシャとロックは門から外に出る手続きのために門番の所に行った。
皆の素早い行動にぽかんと口を開けている魔王。その様子を見て、口を閉じるようにメイドがたしなめる。
「皆、魔王様は助けに行くだろうと確信していたのですよ。だから、各々次にどのような行動をするべきか考えていたのでしょうな」
「皆にはお見通しだったわけね……でも、バルザス、これで良かったのかな? また、俺が勝手に決めて、それで皆を危険に
アラタの言葉から、彼が聖山アポロでフランを助けた時の件を気にしているのだと気付いた初老の紳士は、はっきりとした口調で魔王を諭す。
「魔王様。我々は、あなたの意志を実現する為にいるのです。もし、そのために我々が傷つくことになったとしても、それは本望です。我々が傷つくことを魔王様が恐れていることはよく分かりました。しかし、それを恐れるあまりに自らの意志を捻じ曲げるようなことはして欲しくないのです。魔王様には、その恐怖に打ち勝つ強さを持っていただきたいと私は思っております。優しさだけでは成し遂げられないことも多々ありますからな」
バルザスからの忠告は、正にアラタが悩んでいたことに真正面から向き合った内容であり、彼の心に深く刻まれていた。
「優しさだけじゃ成し遂げられない。恐怖に打ち勝つ強さ……か」
「今はまだ、心に留めておいていただければ結構です。ですが、この先何かを選択する際に思い出していただければ幸いです」
「うん、分かったよ。ありがとう、バルザス」
アラタの表情から陰りが去ったのを確認すると、バルザスはいつものようににっこりと微笑んでおり、傍らで2人のやり取りを見ていたアンジェにも微かな笑みがこぼれていた。
(アラタ様は、少しずつ魔王としての品格を持ち始めている。4大精霊との契約が終わり、もしこの世界に残っていただけたなら、この方は一体どのような魔王になるのだろう?)
アンジェが、その様に思索にふけっていると、状況を聞きに行っていたセス達が戻ってきた。
どうやら、魔物と接触した正確な位置が判明したらしい。同時に、南門が解放されていく。
門扉の付近ではトリーシャとロックが手を振って、通過の許可が降りたと皆に伝えている。出撃の準備は整った。
「よし! 急いで逃げ遅れた行商人の家族と護衛ギルドの救援に行くぞ!」
「「おう!」」
アラタの力強い号令に、同様な力強い返事で答える魔王軍一同。真剣な表情で南門を出ていく彼らの姿を大勢の人々が見送っていた。
彼らが一体何者なのかを知る者は誰もいなかったが、救援のために出立した彼らの後ろ姿はマリクの人々の記憶に強い印象を残すことになったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます