第27話 メイドorプリンセス
「ちょっと待った! それ今ここで開ける気か? 周りにはたくさん人がいるんだぞ」
「だから、わざわざ人気の少ないこのベンチに座ったんだろーが! それに帰った所で安全にこれを見れるとは限らない。だから、今ここで見るしかないんだよ俺は。……お前はどうする?」
「俺もここで見ます!」
アラタのあまりにもの即答に少し驚く青年であったが、互いに不敵な笑みを浮かべると視線をセクシー本に移し、ごくりと生唾を飲み込む。
そして、ゆっくりと表紙をめくるのであった。
セクシー本を閲覧中、2人は非常に静かであり粛々とページは進んでいった。そして、数分後最後のページを見終えると、2人は一度深呼吸し息を整える。
「「俺の目に狂いは無かった!」」
実に満足そうな表情をする2人。
その様子を遠くから見ていた子供が母親に尋ねると、母親は「近づいちゃ駄目よ」と言いながら娘の腕を引っ張って、その場から立ち去っていく。
幸福感に酔いしれている2人には、周囲のそのような反応は目に入らなかった。
「これの良さに気が付くとは、中々いい目を持っているじゃないか」
「そっちこそ。他にも色んな作品があったにも関わらず、これを選ぶなんてセンスがあるよ」
互いに
それは、この本をどちらが買い取るかということだ。
本屋では、見ず知らずの男に獲物を横取りされてたまるかと敵意むき出しの2人であったが、現在は互いのセンスを認め合う間柄へと進化しており、目の前の男を出し抜き、この良作を持ち去ろうなどという考えは微塵も存在していなかった。
出来る限り、互いに納得のできる方向に持って行きたいと考えていたのである。しかし、そのような平和的思考の2人に突如、第三者が乱入してくるのであった。
「あら、随分と素敵な書物を見ているのですね」
2人の後ろから、澄んだ女性の声が介入してくる。完全に油断していた2人は驚きのあまりにベンチから転げ落ちていた。
その女性は、2人が体勢を崩している間に本を手に取ると、彼らに見せつけるかのようにゆっくりと1ページずつ本を閲覧していくのであった。
数分かけて最後まで本の内容を確認した女性は、特に表情を変えることなく2人を見下ろしながらつぶやく。
「〝真夜中のメイドのお仕事、お姫様
2人の前に
一方のアラタと青年は居心地が悪そうに彼女の前で正座をしていた。
「アラタ様。確認させていただきたいのですが、メイド派ですか? それともプリンセス派ですか?」
「はい?」
目の前のリアルメイドからの突然の2択に、意表を突かれて戸惑う男性2名。そのような2人に再びメイドは同じ質問をする。
「アラタ様はメイドとお姫様でしたら、どちらがお好みなのですか?」
「……メイドさんです」
「それは何故ですか?」
「えっ? だってご飯作ってくれたり身の回りのお世話をしてくれたり、そう! 母性を感じるでしょ? それでいて、メイド服はかわいいと思いますし、なんか、こう、全体的にエロい感じがするんです。だから俺は断然メイド派です。……申し訳ありませんでした!!」
リアルメイドからの圧力に耐えきれず、素直に自らの性癖を暴露してしまう魔王。
彼の、このような発言を実際にメイドさんが聞いたら、嫌悪の感情をぶつけてくるだろう。
アラタ自身も、それを重々承知の上でメイドであるアンジェの前で
(嫌われたわ~。これ完全に嫌われたわ~。これからどういう距離感で接していけばいいんでしょうか?)
アラタが恐れおののきながら、アンジェの顔を見ると、案の定、彼女の表情には怒りの色が確認できる。
しかし、彼女の怒りの原因は別にあることをアラタと隣にいる青年はすぐに思い知ることになる。
「アラタ様。なぜ私が怒っているか、お分かりですか?」
「……俺がメイド萌えで、そういう目でアンジェを見ていたからでしょ? 気分を害したからじゃないでしょうか?」
「いいえ! 全く違います! 普段からアラタ様が私に対して劣情のこもった視線を向けていることは承知しています。ならば、何故私が怒っているのかといいますと! どうして、それ程のメイド好きでスケベであるにも関わらず、普段からの私の申し出を受けてくださらないかということです!」
「普段からの申し出って何ですか?」
目の前にいるメイドの普段の姿勢から全くぶれない発言に、困惑し固まっているアラタの隣で、
「もしかして、ちょっとエッチなことをしてもいいよっていう事だったりする?」
「〝ちょっと〟ではありません〝大いに〟です」
「「大いに!?」」
ここまでの2人のやり取りを聞いて、彼らの普段の状況をある程度理解した青年は、突如アラタに対し怒り心頭の表情で掴みかかっていた。
「ふざけんなよ、お前! すぐ近くにこんな、最高のリアルメイドさんがいるのに、何こんな本見て満足してんだ! お前は馬鹿か!?」
「もっと言ってあげてください。そうでないと私のご主人様は理解しようとしないので」
青年を煽るメイドは、頬に手を当てて、「実に困っています」という表情でアラタに視線を向けている。そんな彼女に気付いた青年は、とある提案を彼女に投げかけていた。
「それなら、俺のメイドにならないか? こんな
青年の発言に、心がざわつくアラタであったが、この提案に関しては一瞬で片が付く。
「丁重にお断りさせていただきます。私は、アラタ様の専属メイドですので……それに、あなたが本気でないことはすぐに分かりました」
「……そうかい、そいつは残念だ」
青年は、言う程落胆した様子もなくアラタを開放する。そしてアラタは、ただただアンジェが青年の元に行かなかったことに安堵していた。
(あれ? 俺は何でこんなにほっとしているんだろう?)
ふとアンジェの方を向くと、彼女はいつも通りに微かな笑顔で返してくる。
そう、いつもと同じ光景のはずなのだが、アラタの心中は違っていた。
鼓動が早くなり、彼女の顔を直視できなくなっていた。そんな彼の様子を横目で見ると、青年はニヤッと笑みを浮かべている。
(なんだ。まんざらでも無さそうじゃないか)
「あっ! スヴェン! こんな所にいたのね!」
3人が振り向くと、そこには金髪碧眼の美女が立っていた。
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