第26話 本屋の攻防戦
アラタは思春期真っ只中の高校2年生であり、異性に興味津々であった。
しかし、生身の女性へアタックする勇気のない、このチキン男は代わりにあるものを手に入れることを切望していた。
それがこの町の本屋にあるかもしれないのだ。
仲間と分かれ1人になったアラタは、複雑に入り組んだ商業エリアの中を特に迷うことなく歩き進めていく。
それもそのはず、目的地へのルートは既に頭の中に叩き込んでいたからだ。
そして、遂に目的地である本屋へとたどり着いたアラタは、やや緊張した面持ちで店の中に入っていく。
店内には、人気のある小説や各町の名物料理を綴ったグルメ本、人気ギルドの情報を載せた本が出入り口付近に陳列されており、主に客はそのあたりに集中していた。
アラタは、目的の物があると推測した店内の奥の方を睨み付けると、再び歩み始める。
その際に店のレジの方を確認すると、レジには齢70程のおじいさんが座っているのが確認できる。
(よし! これなら問題ない。第一関門突破だ!)
意気込みに一層力が入ったアラタは、ある程度歩みを進めると再び、周囲を確認する。
まだ目的の物が確実に、この店内にあるかも判明していないのだ。
しかし、それも後少しで判明する。アラタの胸の鼓動が早鐘を打ち始めていた。 そんな時に、ある場所に目が留まる。ある一部分だけ、男性が集中している場所が確認できたのだ。
自然な足取りでその場所を通り過ぎるアラタは、横目でその箇所の書物を確認すると、少し離れた所に立ち止まり小さくガッツポーズをしていた。
そう。彼の目的はセクシー本であったのだ。
(あった……あったぞ! 写真が普及しているから、もしかしたらと思ったけど。やっぱりあった! 第二関門突破! 後は最終工程を残すのみだ!)
アラタが自身の中で唱えた最終工程であったが、そこからが長かった。
どれを購入するか立ち止まって吟味する勇気のない彼は、先程と同様に「自分はまるで興味ないですよ」と言わんばかりにセクシー本のコーナーを通り過ぎながら、どれを購入するか観察していたのである。
あまりにも非効率的な手段をとっているので、どれを選択するのかに膨大な時間を要していた。
しかも、延々と周囲を歩き回っているので、
だが、彼の動きの中心部にある書物が何であるかを悟った人は「ああ、成程ね」といった表情をして離れていく。
当の本人は、どれを購入するか必死であるため、そのような恥ずかしい事実を知る由もなかった。そんな光景が1時間以上経過した頃、アラタは歩行速度を落として、例のコーナーに近づいていく。
(あれだ! あれに決めた! きっとあれは良いものだ! 俺の直感がそう言っている!!)
悩みに悩みぬいたアラタが、ある本を手に取ろうとした瞬間、全く同じタイミングで本に手を伸ばした青年がいた。
身長はセスと同じくらいで、茶色い髪はやや長く無造作に整えられている。
身体は、少しゆったりな服を着ていても見て取れる程筋肉質で非常に鍛えられているのが分かった。
そして、眼光が鋭く喧嘩っ早そうな印象を受ける。
普段のアラタであれば、まず関わろうとしない手合いだ。しかし、この時の彼は違っていた。
「何ですか? これは俺が買おうと思っているんですが。手をどけてもらえませんかね?」
目の前の青年に負けない程の鋭い目つきで睨みを利かせるアラタ。長い時間をかけて選んだ獲物を、目の前でむざむざかすめ取られてたまるものかという気迫が滲み出ていた。
一方、青年もしっかり本を掴んだまま離そうとする気配は見られない。
「おいおい、何冗談言ってるんだよ、お前。これは、俺のだ! これのために命がけで資金調達してきたんだぞ!」
互いに一歩も引かない状況ではあったが、このまま力づくで奪おうとすれば本が破れてしまう可能性が高い。
そう考えたアラタは、この瞬間にある作戦を思いつく。
「あっ! UFOだ! 空飛ぶ円盤だ!」
非常に古典的な注意そらしに自分自身呆れかけていたが、目の前の青年は意外にもお約束に従う反応を見せる。
「えっ? 何? UFO? 何だ、そりゃあ? 円盤? どこどこ?」
青年が手を緩めた一瞬で、アラタは本を奪い去りレジへと走り去ると騙されていたことに気付いた青年がすぐに追いかけていく。
先にレジに到着したアラタは、おじいさんに会計を急かすが、その動きは非常に緩やかであった。
「おい! よくも騙してくれたな! それとUFOって何よ? 初めて聞いたんだけど!」
「未確認飛行物体のことだよ! ちなみに俺も見たことはないから正確な形とかは知らないからな!」
後ろからアラタの肩を掴む手を振りほどきながら、アラタは青年の質問に何故か適切に答えていた。
睨み合う2人に、喧嘩が始まるのかと周りが好奇の視線を送る中、この雰囲気をバッサリと切り捨てたのはレジのおじいさんであった。
「足りないよ」
「「え?」」
2人がおじいさんの方を同時に見つめると、おじいさんは特に表情を変えることなく続けて話す。
「お金足りないよ。このままじゃ買えないけどどうする? あんちゃん?」
「ぎゃははは! お前馬鹿じゃねぇの? ダサい奴だな~。こういう時はスパッと支払うもんだぜ」
そう言いながら青年が3000カスト紙幣を出すと、それを見たおじいさんが、少し呆れた表情をして青年を見つめる。
「足りないよ。だってこの本6000カストするんだよ」
「6000!? だってこれ、3000カストのコーナーにあったんだぞ!」
「ああー、それ多分立ち読みした客が元の場所に戻さずに置いたんだろうね。ほら値札にはちゃんと6000カストって書いてあるだろ?」
愕然とした様子で2人が確認すると、確かに6000カストの文字が記入されていた。
金額が3000カストであると思い込んでいた2人は明らかに焦った表情をしていた。
なぜなら2人とも3000カストずつしかお金を持っていないからである。
「……おい、お金貸して」
「何言ってるんだよ。そっちこそお金貸して。後で必ず返すから」
互いに一歩も譲らない2人を前にしてレジのおじいさんは、緩やかなイメージは崩さないまま、しっかりした口調で2人に語り掛ける。
「他にもお客さんがいるし、このままじゃ
目の前にいるご年配の意外な発言に恐れをなした2人は同時に全財産をレジに叩き付け、購入が無事に終了すると足早に店を出ていく。
そして、無言のまま噴水広場の端にある人気の少ないベンチに腰を下ろしていた。
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