第3章 魔王と勇者

第25話 マリク到着

 アラタ達が聖山アポロを発ってから1カ月以上が経過していた。

 その間、いくつかの町に立ち寄り、その都度食糧を始め旅に必要な物資を補充していた。

 そのため、旅にはそれなりの資金力が必要とされるが、旅をする冒険者は魔物の体内の魔石を魔石屋に売って資金を得ている。

 魔物は体内のマナが変質した存在であり、魔物と化した時に心臓部として魔石を生成する。

 魔物が成長し強力になればなるほど、体内の魔石も熟成され強大な力を蓄えるようになる。 

 そういった魔石は、大気中のマナを吸収し、それ自体がエネルギー源となり、人々の生活に必要不可欠な存在となっている。

 言わば現代社会における化石燃料のようなものである。一般に流通している魔石は、下級の魔物から採取でき、一般家庭の生活の基盤を支えている。 

 また、魔石は魔力を増幅させる特性も併せ持っているため、魔闘士の武器やインベントリバッグの様な魔道具に使用されており、彼らの能力を引き延ばす重要な要因となっている。 

 強力な魔物ほど、魔石も強力な物になり、魔力を流した際の増幅値が跳ね上がるため、上級の魔石を所持することは魔闘士にとってステータスとなっている。

 しかし、そのような魔石は下級の魔石とは売買価格が桁違いであるため、余程潤沢じゅんたくな資金力を持つ者でない限り購入することは難しい。

 そのため、高性能の魔石を欲する場合、一般的には自分達で上級の魔物を狩り、魔石を得なければならないのである。

 魔王軍も道中、様々な魔物を倒し中級から下級の魔石を大量に手に入れ、町に到着後は魔石屋に売り現金に変えていた。

 

 ソルシエルにおける貨幣の単位は〝カスト〟であり、物価に対する価値は日本の〝円〟と大差がなかったため、アラタは金銭感覚が特に狂うこともなく〝カスト〟に慣れることができた。

 現在魔王軍は、シルフのいるバルゴ風穴に一番近い町であるマリクに到着していた。

 マリクは巨大な都市ほどの規模はないが、交易が盛んで様々な土地から豊富な物資が集まる町として栄えていた。

 町の中心には噴水広場が設立され、南側は居住エリア、北側は商業エリアに分かれており日中は北側の商業エリアが盛んで人口が集中し、夜になると店を閉めた人々が南にある自宅に帰り、賑やかになるという特徴を持つ。

 

 マリクに到着し、魔石を現金に換金した魔王軍は、今夜宿泊する宿屋のチェックインを終えると、商業エリアの散策を行っていた。

 アラタにとってはソルシエルに来て初めての大きな町ということもあり、社会見学の一環として色々と見て回っているのである。


「アポロに登る前に立ち寄った町は少し閑散としてて、人もまばらだったけど、この町は滅茶苦茶人がいるんだね。まるで渋谷のスクランブル交差点みたいだ――行ったことはないけどね」

「アポロ周辺の町は、山を無用にけがさないという意向の元、故意に小規模にしていますからね。あくまでも真剣な登山者用に最低限の宿と道具屋があるだけでしたから。……ところで魔王様、そのシブヤとかスクラン何とかとは一体どういったものなのですか?」


 セスの疑問に、分かる範囲で説明をするアラタ。

 最近では、ソルシエルの一般常識などに関しては皆に色々聞き、同様に日本での生活の事を話していた。

 それで判明したのは、地球とソルシエルでは文明レベルに、それほど大きな差は見られないということであった。 

 ソルシエルには時々、地球側からの異物が流れ着くことがある。

 それを研究し自分達で開発・運用できるようにすることで文明を進歩させてきたのである。

 その一例としてソルシエルには、テレビに代わる〝スフィア〟というものが存在し、離れた場所の映像を映し出すことが可能である。

 但し、これは高価であり一般家庭には出回ってはおらず、一部の富裕層や騎士団やギルドなどで運用されている。

 そのため、一般的には写真が人気であり、写真を撮ることができる魔道具が普及している。

 アラタがその事実を知ったのはつい最近のことである。

 そして、製紙技術も高く本屋があるのも知っている。とりわけ、このマリクの本屋はかなり広く取り扱っている書物の種類は豊富だろうとアラタは推測していた。


「あのさ、提案があるんだけど、いいかな? せっかく、これだけの町に来たんだし、少し自由行動にしてみないか? たまには、個人で行動することがいい息抜きになるんじゃないかと思うんだ」

「確かにそうですね。実は、フライパンを新調したいと思っているのですが、この町ではキッチン用具を取り扱っているお店がたくさんあるらしくて、選ぶのに時間がかかりそうなのです」

「俺はとりあえず町の周辺を1周走ってくるかな」


 アラタの突然の提案に、皆肯定的な反応を見せている。各々、この町で見たい物は異なるし、何より団体行動をずっとしていたため、内心個人行動を取りたいという気持ちがあったらしい。


「よし! それじゃあ一旦解散! 3時間後に噴水広場に集まろう」


 こうして各々興味のある場所へ分かれていく魔王軍の面々。

 セスやバルザスは護衛としてアラタと行動を一緒にしようと提案してきたが、彼は断固として断った。

 なぜなら、今回誰よりも一人になりたかったのはアラタ自身であったからだ。

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