第16話 VSエンザウラー②
「あいてて! いってー。ぺっぺっ、口の中に砂入ったし」
一触即発の静まり返った空間に、緊張感のない声がこだまする。魔王軍の面々はもちろんエンザウラーも声の主に目を向けていた。
「アラタ様! 良かった……ご無事だったのですね。全く、無茶しすぎです!」
アンジェは、アラタの無事を確認すると
彼女が短時間でころころと表情を変えるのは貴重らしく、皆珍しそうに眺めていた。
「ごめん、アンジェ! 後でいくらでも怒ってくれ! でも、今はこいつにヒールをかけてくれ! まだ息がある」
アラタの腕の中には、先程までエンザウラーの被害にあっていた、人間の子供程の大きさの生き物がいた。
「! 分かりました……ヒール。……アラタ様、間に合ったのですね」
「何とかね、無我夢中だったからよく覚えてないけど……あれ?」
急に脱力し、膝をつくアラタ、全力疾走した直後のように息が上がっている。
(何だ? さっきまでなんともなかったのに、急にどうして?)
「アラタ様、大丈夫ですか?」
「おっ俺は、だっ大丈夫だ……アンジェは、回復に集中してくれ」
「……分かりました」
一方、アラタが無事であったことと、彼のちょっと抜けた声を聞いて毒気の抜けた魔王軍は一気に冷静になり、改めて目の前の怪物に向き直っていた。
そんな魔王軍とは逆に、獲物を仕留めそこなったことに気が付いたエンザウラーの怒りは頂点に達し、
「この野郎、今までよくも好き勝手やってくれたな。ぶちのめす!」
「奇遇だな。私も全く同じことを考えていた!」
「人質もいなくなったことだし、これなら全力でいけるわね!」
「皆油断するな。相手はエンザウラーだ。直撃をくらえば、いかにローブの防御力が高くとも大ダメージをうけるぞ」
「承知! 太古の竜の王者よ、決着をつけようぞ!!」
気合いを入れ直すと魔王軍は散開し、バルザスはアラタ達の前で壁となり、セスは遠距離支援、残りは近接攻撃に入る。
まずはセスがフレイムランスをエンザウラーの顔に放ち、脳天に直撃するも炎耐性のある皮膚を打ち抜くことは敵わなかったが、その衝撃で一瞬
「よし、ここだ! 破砕掌!」
一瞬、エンザウラーの動きが鈍った隙に魔力と体重を乗せた拳が腹部に命中し、巨大な身体が悶絶し折れ曲がる。
そこに下からロックが、上空からトリーシャが追撃を行う。
「
「こっちも行くわよ! エアプレッシャー!」
ロックは両手両足に魔力を集中させ、攻撃力とスピードを引き上げた打撃と蹴りを連続でエンザウラーの
その反対側からはトリーシャが槍先に集中した魔力の風を広範囲に広げて頭部に打ち下ろす。
顔の上と下から同時攻撃をくらったエンザウラーは、膝を折って倒れ込みそうになるが、すんでのところで持ち直し尻尾で2人を吹き飛ばそうとしていた。
だが、その攻撃が2人に届くことはなかった。ドラグが2本の
「ドラグの旦那!」
「ありがとう、助かったわ」
「この程度、問題ない! さて、今度は拙者が参る!」
ドラグは、それぞれの戦斧に魔力を集中させ、雷を
電撃を尻尾に流されたエンザウラーは痺れと痛みに驚き堪らず後退するが、それこそドラグの狙いでもあった。
2本の戦斧の
「ダブルトマホーク……雷戦斧! 雷戦斧・風車の型!」
風車の如く高速回転する雷の刃となった戦斧をエンザウラーに放つドラグ。
エンザウラーは前足で受け止めようとするが、高速回転する戦斧の威力が勝っており、前足を真っ二つに切り裂きながら、その巨躯に到達する。
身体を切り裂きながらも、その回転は衰えることなく、戦斧に纏わせた雷撃が身体の内側からエンザウラーを容赦なく襲う。
「グギャルゥゥゥゥー!」
苦悶の咆哮を上げながら、のたうち回る巨大な魔物であったがこれで終わる訳はなく、口内から炎が噴き出す。
最初に魔王軍に放ったのは巨大な火球であったが、今度は火炎放射のように吐き出し続けていた。
その場に止まるのは危険と判断したドラグは、深く刺さった戦斧をその場に残し、一旦距離を取っていた。
ドラグの戦斧は片側が刺さった状態で雷撃は止んでおり、既に攻撃力は失われていたが、自らの得物の状態を確認したドラグに笑みが浮かぶ。
「ドラグ、何か策があるのか?」
「うむ。恐らくこれで片が付くはず。しかし、そのためには戦斧に辿り着かねば!」
「分かったわ! それなら私達が援護する。ロックも分かった?」
「合点承知! 旦那、派手なの頼むぜ!」
「承知! 皆頼みましたぞ!」
広範囲に広がる炎を完全にかわし切ることは難しく、その高熱によるダメージを負いながらも最後の攻撃に出る4人。セスが詠唱を終え、最初の一撃をエンザウラーに放つ。
「耐性があるとしても、これならばどうだ! エクスプロ―ジョン!」
巨大な炎の火球が直撃し、エンザウラーの体躯を焼いていく。
今まで炎によるダメージを経験したことのないエンザウラーは、未知の痛みに混乱した結果、火炎放射を止めることに成功する。
エクスプロージョンの攻撃範囲から一時的に退避していた3人は、火炎放射が止むと同時に再接近していた。
足の速いトリーシャが、怯んだエンザウラーの顔面に風の一閃をお見舞いする。
「ストラグルエア! ―—ロック!」
「心配するな。ここは、俺の間合いだ! 鉄無双!」
トリーシャに引き続き、ロックが攻撃を継続する。
立て続けに頭部に攻撃を受け続けたエンザウラーは頭部の内外にダメージが蓄積され、ついに膝を折った。
その瞬間を魔王軍のドラゴン侍が逃すわけがなく、一気に自らの得物の所まで高速移動する。
そして戦斧の柄に手をかけると一気に魔力を開放し始めたのであった。
「これで終焉だ……
ドラグの放つ雷撃は、その色を
そして、雷撃は戦斧に伝達されていく。
連結された戦斧の片側は、依然としてエンザウラーに深々と刺さっていたため、戦斧に伝達された雷撃は再びエンザウラーの体内からその身を焼き始める。
再び自身を襲う防御不能のダメージに苦悶の咆哮を上げるエンザウラーだが、そうしたところで攻撃の手を緩めるドラグではない。
むしろ、現在の攻撃がこの巨大な敵に有効に働いていることを確認できたのだ。 これを勝機と捉えたドラゴン侍はさらに魔力を開放し、巨大な古代竜を内部からさらに焼いていく。
ほどなくして、その眼球は水分が蒸発し体外に飛び出し、高温のあまりに蒸発した血液と焼けただれる肉の独特の臭いが周囲に立ち込めるのであった。
「これは……すごいなぁ。今までで一番だわぁ」
その凄惨たる状況が、視覚・嗅覚・聴覚を通してアラタに伝わってくる。
異世界生活1日目の彼だったならば、この状況を目の当たりにして確実に気分を悪くし、嘔吐を繰り返していただろう。
しかし、慣れというものは恐ろしく、現在の彼はこの状況を見て独自に考えた『今までグロイ倒され方をした敵ランキング』の1位にこの戦いをランキングする程の余裕を見せていた。
こうして、古代竜の魔物エンザウラーは、ドラグの紫電により絶命し、聖山アポロ中腹における激戦は終わりを迎えたのであった。
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