第17話 火竜の子
太陽は落ちかけ、空が夕闇に染まりかける中、魔王軍一同はせっせとテントを張りキャンプの準備をしていた。
今日はこの場所にて一夜を明かし、明朝に進軍を再開することにしたのである。
次から次へと、インベントリバッグの中から必要な道具を取り出すロックを見て、ますます彼を某猫型ロボットのように思えてしまうアラタであった。
テントを張り終えると治療を終えた小さな魔物の所に来て状態を確認するが、治療中に一瞬だけ目を開けたその魔物は、現在も寝入り毛布の中でくるまっていた。
「傷は完治しているけど、まだ起き上がる気配がないわね。よっぽど疲れているのでしょうね」
「あんな化け物に追われていたんだからしょうがないさ。こんな小さい体で良く頑張ったよ」
未だ眠り続ける小さな魔物を心配そうに眺めるトリーシャとアラタ。
そして、そんな2人のすぐ近くで正座をしながら、魔物の子が目を覚ますのを今か今かと待ち続けるドラグの姿があった。
「――あのさ、ドラグ。そんなおっかない
「申し訳ありません、魔王殿。しかし、どうしても緊張してしまって。ああ、目を覚まされた時どのように接すればいいのか」
右往左往する2メートルオーバーの巨体。それだけ威圧感のある外観の割に中身はどうやら小心者らしい。この巨体の持ち主がここまで落ち着かないのには理由があった。
それは、エンザウラーとの戦闘直後に、助けた魔物の子の安否を皆で確認した時の事である。
その子供をしっかりと見た時、ドラグが急に挙動不審になったのである。それもそのはず、その子供は魔物ではなかった。
体は全体的にピンク色で範囲は少ないがルビー色の鱗が確認できる。
また、爬虫類を思わせる外観をしているものの、サラマンダーのようなトカゲ感は控えめであり、どちらかというとドラグに近い雰囲気をしていた。
そして、決定的であったのが背中に生えている翼である。翼自体は小さく、飛行能力はまだ備わっていないようであったが確かな存在感を放っている。
「……魔王殿、大変ですぞ。この子は魔物ではありません。この子はドラゴンの子供です。この皮膚や鱗の色と火山に住んでいる事から恐らくブレイズドラゴンの子供かと思われます」
「へぇ、ドラゴンの子供だったのか。じゃあ、ドラグの親戚みたいなもんか」
のんびりした口調で返すアラタに対して、ドラグは体をぶるぶる震わせるとアラタの両肩を強く掴みながら早口でまくしたてる。
「何を言っておられるのですか! 相手は竜族ですぞ! 親戚なんぞとんでもない! 私にとって神様同然の存在なのです!」
普段見せないドラグの剣幕にたじろぐアラタに、アンジェが補足を加えて説明を始めた。
「アラタ様。竜人族は竜族つまりドラゴンの
「説明ありがとさん。そういうことか……ドラグ、悪かったよ。お前にとって、そんなにも大切な存在なんだなこの子供は」
魔物改め火竜の子供に目をやりながら、ドラグに謝罪するアラタに少し冷静さを取り戻した竜人族の青年もまた彼に謝罪を繰り返していた。
そして現在、火竜の子供はどこか安心した様子で寝ているのである。そんな中、休憩所にかぐわしい香りが漂ってくる。
「皆さま、お待たせしました。夕食が出来上がりましたよ。手を洗って食事にしましょう」
アンジェが声を掛けると、お腹を空かせた魔王軍の面々が「待ってました」と言わんばかりに笑顔で集まってくる。
すると、火竜の子供も鼻をピクピク動かしゆっくりと目を開ける。
「きゅぅぅぅ」と、やや弱々しい鳴き声ではあったが、次いでお腹の音も聞こえたため、どうやら空腹であったところに食欲をそそる臭いが漂ってきたため目を覚ましたようである。
火竜の子供の目覚めに硬直して動けないドラグを尻目にアンジェは、この子供に用意したミルクを持ってくると、衰弱して動けない子供の口にスプーン一杯分のミルクを慎重に流し込む。
最初は口の中に入った異物を確かめるようにしてゆっくり飲み込んだ火竜の子ではあったが、それが危険な物ではないと分かると次の一杯を催促するように鳴き始める。
「良い子ね。はい、どうぞ。お替わりもたくさん用意してあるから、急がなくていいですからね」
どうやら、火竜の子供はかなりの空腹状態であったらしく、アンジェが持ってきたミルクを瞬く間に飲み干してしまい、それに気が付くと再び鳴き始める。
「アラタ様、この子のミルクを持ってきていただけませんか。どうやら、まだまだ足りないみたいです」
「あっ、ごめん気が付かなくて。ちょっと待ってて。すぐ持ってくるよ」
アラタがお替わり用のミルクの所まで来るとトリーシャが既に準備しており、すぐに容器にミルクを補充する。この時の女性陣のてきぱきとした動きに男性陣は付いて来れず、只々感心するのみであった。
(子供が出来た時に女性は強くなると聞いたことがあるが、これはまさにその片鱗なのだろうな)
セスが1人で感心していると、その姿を見つけたトリーシャが夕食の席に着くように促し、慌てて椅子に座るのであった。こうして、小さな客人を迎えた魔王軍の夜は過ぎてゆくのであった。
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