第13話 聖山アポロ②

 魔王軍に所属するメンバーは皆実力があるものの、若者であるが故に精神的に未熟な点が目立つため、バルザスの存在は魔王軍にとって精神面の支えとなっていた。

 この数日、魔王軍と行動を共にするようになったばかりのアラタは、客観的な視点からバルザスの立ち位置の重要性を強く感じるようになっており、自分でも気づかないうちに彼を尊敬するようになっていた。

 

 バルザス指示のもと、休憩中の魔王軍一同はアンジェが作ってきた弁当に舌鼓したつづみを打っていた。

 内容としては主食としておにぎりがあり、おかずに唐揚げや野菜スティック、ゆで卵等ピクニックでよく見る内容である。

 おにぎりの具材には、おかか、梅干し、ツナマヨの3種類があり、大量に作られている。

 ソルシエルと地球の間では、多少の違いこそあるものの食文化に大きな差はない。

 それは地球とソルシエルは互いに影響を与え合っているためである。

 ソルシエルに地球と同様の食文化が根付いていたり、地球においては実際に魔術が使えないにも関わらず魔法や魔物の概念が存在していることがいい例である。

 

 今回、聖山アポロを登るにあたり、あらかじめアンジェから途中で食べるお弁当についてリクエストはないか尋ねられたアラタであったが、真っ先に思いついたのがこのピクニック仕様のお弁当だった。


「アンジェの作るご飯っていつも美味しいわね~。私も少し作れるようになった方がいいかな?」


 緑茶を飲みながら一息ついていたトリーシャがほのぼのとした表情をしている。 魔物と戦っている時と普段のギャップが大きく、先程サラマンダーの脳天を躊躇ちゅうちょなく吹き飛ばした人物と同一人物とは思えない。


「それはいいな、トリーシャ。何か作りたい料理はあるのか?」


「そうねー、とろけるチーズとかはどうかしら」


「美味しそうではあるが……それはチーズを火であぶっただけなのでは?」


「! そんなことないわよ。火を使っているんだから立派な料理でしょ!?」


 ドラグの正論にトリーシャは顔を赤くしながら苦しい言い訳をしていた。自分でもそれがちゃんとした料理に該当するか怪しいと思ったらしい。

 ちらっとアンジェの方を見て助けを求めていた。


「私はそれも立派な料理だと思いますよ。少し手を加えたら、それで料理として成立すると私は思っています。ただ、手間をかけて作る程、料理はより美味しくなりますよ。トリーシャ、よければ今度一緒に作りましょう」


 トリーシャ達がピクニック気分を満喫している一方で、ロックとセスの空気は依然重苦しかった。

 ただ、そんな空気の中でも一緒に食事を摂っている所から、何だかんだで気が置けない間柄であることがうかがいい知れる。

 そんな二人を見かねてバルザスが彼らに加わろうとした時、先に動いた人物がいた。


「2人とも、ちょっと失礼するよ……てか、せっかくアンジェが作ってくれたのに、なんつー顔して食べてるんだよ。美味しい物食べてるときには笑顔にならないと。ほらスマイル、スマイル」


 ややぎこちない様子でセスとロックに加わるアラタ。そのような彼の様子に、自分達を仲裁しに来たのだと気付く二人は互いに目を合わせて苦笑いをする。


「魔王様、気を遣わせてしまって申し訳ありません……それにロック、すまなかった。今回ばかりは私が全面的に悪い」


「別に気にしてないよ。お前が『魔王様に私の魔術を見てもらうぞー!』とか言って気合いを入れてたのを知ってたしさ。それが空振りに終わってイライラしてたんだろ」


 自分の心中を見事に当てられて、ぐうの音も出ないセスは、アラタに会話を聞かれていることに気付き顔を真っ赤にしていた。それを見て、ロックはニヤリと笑っている。


「旅はまだ始まったばかりなんだし、この先いくらでも機会はあるだろう。その時を楽しみにしてるよ。俺としては、ファイアーボールだけでも見ごたえあったけど」


「あれは、ほんの初級の魔術ですから大したことないですよ。私としてはぜひエクスプロ―ジョンを見てほしいですね。爆発がすごいですよ。もしよければここで披露ひろうしましょうか?」


「それは魔力の無駄遣いになるでしょ。それに、そんな爆発起こしたら魔物が集まってくるじゃないか。後で見せてもらうよ」


 一喜一憂のセスの表情を見て、笑い出すロックとアラタの二人。バルザスは、そんな彼らの様子を見て安堵あんどの表情を見せていたが、殊更ことさらアラタに対して真剣な視線を送る。

 

 食事を済ませると、アラタは見晴らしの良いがけ付近から、周囲を眺めていた。

 そこからは、聖山アポロの中腹からふもとの自然が一望でき、今まで見たことのない絶景に心奪われていた。

 聖山アポロは、中腹から麓にかけては広範囲に森林が広がっており、魔物の他に様々な生物が生息している生命あふれる場所である。

 存在する魔物も好戦的な者は少なく、実際の所中腹に至るまで戦闘らしい戦闘はなかった。

 一方中腹から山頂にかけて緑は減少し、岩肌が露出し、殺伐さつばつとした光景が広がっている。

 魔物は好戦的になり、魔王軍の姿を見るや否や攻撃を仕掛けてくる有様だ。

 その能力も山頂に近付く程強力になっており、先刻遭遇したサラマンダーも一体ならば大した相手ではないが、群れで襲ってくることで危険な存在と化している。

 中腹を幾らか過ぎたあたりでこのような状況であるため、それこそ山頂付近ではどのような危険な魔物が襲ってくるのか、アラタには皆目かいもく見当がつかなかった。

 

「まさに絶景ですな」


「うおっ! びっくりしたー。急に後ろから声をかけないでよ。驚くでしょうが」


 油断していた所に急に声を掛けられ、跳び上がりそうになるのをこらえて、非難の声をあげる。

 なにせ勢いよく前に跳び出してしまったら、崖下にダイブすることになってしまうからだ。


「申し訳ありません。魔王様が、あまりにも夢中になっている様子でしたので注意も兼ねて声をお掛けしました」


「……ああ、そっか。ありがとう、バルザス」


 自分が不注意であったと気付き、少々ばつが悪くなるアラタ。バルザスは、そんな彼に目をやるとすぐに眼下に広がる大自然に視線を移す。


「先程は、セスとロックの仲裁役ありがとうございました。2人とも気を取り直したようですし、パーティー内の雰囲気も良くなるでしょう……ですが、少し意外でした。色々と面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だったのでは?」


「……それは今でも変わらないよ。でも、二人をあのままにしておく訳にもいかないでしょ。ここから先の魔物はさらに強くなるんだし、最後にはイフリートも控えてる。どんな試練を吹っ掛けられるか分からないし、内輪もめなんかしてる場合じゃないと思っただけだよ」


 正直な所、自分でもどうして二人の仲裁に入ったのか分からなかった。

 魔王になるつもりのないアラタにとって、彼らと親交を深めたとしても、すぐに別れの時は来る。

 だから彼らに関わることは意味のないことだと考えていたはずであった。

 しかし、一緒に旅をするにつれて段々彼らに馴染んでいく自分がいるのもまた事実であった。

 自分が昔から切望していた〝自分の居場所〟を見つけたような感覚だ。だから、自分の気持ちが分からなくなってきていた。


(俺……本当はどうしたいんだろう? 最初は変なところに連れてこられたから反射的に地球に帰りたいって思ってた。……でも、地球に帰ったとして、あの日常に戻るだけだ。誰にも必要とされず誰も必要としない、あの生活に。……でも、ここで命のやり取りをする覚悟があるわけでもない。……ああー! わっかんねー!)


 イライラして髪をかきむしるアラタを見て、バルザスが何かを察したようにいつもの落ち着いた声で語りかける。


「また、何か悩んでいる様子ですな。それなら、とことん悩んでみるといいですぞ。色々と思いを巡らせ、悩み抜いて出した結論にこそ価値があるのです」


「……そういうもんかね?」


「そういうものです。言ってしまえば、出した〝結論〟自体に大きな価値はないのです。試行錯誤の過程による〝成長〟にこそ価値があるのです」


「〝成長〟……か」


「ええ、そうです。……いやー、楽しみですな。魔王様がこれからどのように成長していくのか。この老いぼれにとって、これ以上胸躍らせることは他にありますまい」

 

「そんな大げさな」というアラタに笑いかけながら出発を促すバルザス。 

 彼の背中を見ながら、アラタは自分の中にある悩みに向かい合ってみようと思うのであった。

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