第2章 炎の精霊イフリートと火竜の子

第12話 聖山アポロ①

 聖山アポロ。標高五千メートル以上の活火山であり、炎の精霊イフリートがまつられていることから、聖なる山として崇められている。

 かねてからイフリートとの契約を求める魔闘士まとうしやアストライア王国の上級騎士が度々訪れているため、山道は整えられており、一部は観光スポット化している状況である。

 但し、イフリートが祀られている山頂までには、数多くの魔物が潜んでおり、契約を果たさんとする者の侵入をはばんでいる危険地帯でもある。


 アラタ達が、バルザスの屋敷を発ってから数日後、現在この危険地帯に魔王軍の姿があった。

 聖山アポロの中腹に当たる山道にて次々と爆発が起こり、その中を全長二メートル以上の巨体を持つ赤いトカゲの魔物〝サラマンダー〟の集団が駆け抜けていく。

 そのサラマンダーの集団に向かって、突っ込んでいく人影が三つ。ロック、ドラグ、トリーシャの三人である。

 接近してくる三人に向けてサラマンダーの大群が一斉に口から火球を吐き出す。

 威力としては火の魔術でいうところの〝ファイアーボール〟に相当するが、その様な初級魔術が通用する彼らではなく、各々速度を落とすことなく難なく回避していく。


「そんな攻撃に当たるわけないでしょう! まず私が突っ込むわよ!」


 そう言うや否や、トリーシャは風を全身にまとい敵に向かって加速し、群れの一番手前にいたサラマンダーの脳天に槍を突き刺す。

 さらに槍先から風を発し、既に絶命していたサラマンダーのむくろは後方に吹き飛び、砲弾と化した。

 骸の砲弾は二体のサラマンダーに直撃し、その動きを止める。

 トリーシャはその隙を逃さず、風を穂先に集中しさらに強力な一撃を見舞う。


「これで止めよ! ストラグルエア!」


 暴風の一突きにより、先程仕留めたものも含め三体のサラマンダーの胴体に巨大な穴が空く。

 それを見届けると、トリーシャは上空に跳躍しその場から退避した。

 仲間を襲った敵をすぐに取り囲もうとするトカゲの魔物の集団ではあったが、目標が手の届かない所まで離れてしまったため、途方に暮れる。

 しかし、そんなサラマンダーの群れに新たな襲撃者が乱入する。ロックとドラグが飛び込んできたのである。

 ロックはサラマンダーの一体に体重を乗せた正拳突きを叩き込み吹き飛ばす。

 それと同時に、回り込もうとしている他の個体にきれいな弧の軌跡を描いた蹴りを入れる。

 一見地味な攻撃に見えるが、彼の繰り出す一撃はトカゲの魔物の骨を砕き、内臓を破壊し一体ずつ確実に息の根を止めていくのだった。

 ロックと背中を合わせるようにして、ドラグは二本の戦斧でサラマンダーを叩き潰していた。

 戦斧を一振りする度に数体のサラマンダーが宙を舞うと同時に焼き焦げる。ドラグは雷属性の魔術を得意としており、戦闘の際には戦斧に雷を纏わせていた。

 それにより、サラマンダーは斧で叩き切られると同時に電撃を流し込まれ、身体の内部から焼かれている状態であった。


「このアポロには、強力な魔物がうじゃうじゃいるって聞いてたけど、今のところ歯ごたえのない奴らばかりで欠伸あくびがでるぜ」


「油断は禁物だ。単体は大したことはないが、彼奴きゃつらは集団戦闘を得意としている。囲まれれば一気に袋叩きにあうぞ!」


「だったら、囲まれる前に蹂躙しちまえばいいってことよ! 一気に決めるぜ! 獅子王武神流! 岩砲がんほう!!」

 

 ロックが地面に拳を叩き付けると、巨大な岩塊がんかいが地面からせり出す。

 さらに、その岩塊に掌底を叩き込むことで岩塊は崩壊し、人間の拳程度に細かく砕かれてサラマンダーの群れに吹き飛んでいく。

 無数の散弾と化した岩塊は、容赦なくトカゲの魔物達を蹂躙する。

 逃げようにも岩の散弾は広範囲に打ち出されており、集団で移動しているサラマンダーは思うように回避行動もとれないまま、ただの的となった状態だ。

 攻撃が止んだ時には、山道はサラマンダーの死屍累々ししるいるいたる有様であった。


「よっしゃあ! 終了!」


 ロックの雄叫びが戦闘終了の合図となり、魔王軍メンバーはそれぞれ緊張感が解けていく。

 山道で体を切り刻まれ、破壊され、焼け焦げているサラマンダーの群れを見て、アラタは複雑な心境だった。


(こいつらは、魔物だけど普通にここで生活していただけなんだよな。俺たちが来なければ、こんな悲惨な目に合わずに済んだはずだ。ごめん、俺は地球に帰りたいんだ。だから――ごめん)


「どうかしましたか魔王様? 気分が優れないようでしたら、もう少し行った所で休憩しましょう。まだ先は長いですから」


 サラマンダーの群れの遺体を見て、アラタの気分が悪くなったと思ったバルザスは、彼に休憩を勧めたが休憩なら30分程前にしたばかりであったため、アラタは「大丈夫」とバルザスに返す。


(俺は何の役にも立っていないし、これ以上足手まといになるのも嫌だ。とにかく、とっととやることをやって地球に帰るんだ!)


 戦闘を終えた魔王軍は再び山頂を目指して進軍を再開した。

 火山と言っても現在彼らは地上二千五百メートルのところに位置しており、軽装では肌寒くアラタは防寒具に身を包んでいる。

 その他のメンバーはローブを纏っているため特に追加の装備は不要としていた。

 ローブは術者の魔力で構成されており、より多くの魔力を集中させることで防御力や身体能力が向上する。

 その他にも過酷な環境下でも活動を可能にする生命維持機能が備わっており、万能な性能を持っているため魔闘士の標準装備として必須となっている。

 とは言っても、これは店などで購入するものではなく、術者自身の魔力を媒介ばいかいにして術式を構成することで顕現けんげんするものであり、言わばローブの性能は術者の能力を推し量る指標でもある。

 ちなみにそのデザインは、術者の無意識下のイメージが投影されるため、本人の趣味趣向がダイレクトに反映されるものとなっている。


 魔王軍一行はここに来るまで様々な魔物と戦ってきたが、この聖山アポロで生息する魔物の多くに共通する特徴としては皆『炎系の魔術に高い耐性を持つ』が挙げられる。

 そのため、まさに炎系の魔術を得意とするセスは攻撃の効果が半減するため、今回後方支援に徹している。

 先程のサラマンダーとの戦闘に置いても、牽制けんせいとしてファイアーボールを放ち、前衛組が接近戦に持ち込むための援護をしていた。


「本当に残念です。本来ならば私の炎の魔術の数々を魔王様にお見せしたかったのですが、魔物に炎の耐性がある以上、術が直撃してもあまり意味がありませんので……」


 セスは心底悔しそうに歯噛みしており、戦闘で活躍できない現状にやや苛立っている様子だ。

 現に、この聖山アポロの中腹に至るまで既にロックと三回ほど口論している。

 その内容もロックの歩調が速すぎて隊列が乱れているということから始まり、他も軽く注意すれば済む程度のことであった。

 そのため、現在魔王軍内の雰囲気はあまり良い状態とは言えない。   

 その様なギスギスした雰囲気の中、急遽きゅうきょバルザスが休憩を促した。

 全員の疲労度は、それ程でもなかったが、この状態のまま先に進んだ場合、戦闘で連携が崩れてパーティーに大きな被害が出る恐れがある。

 今までの豊富な戦いの経験から、現魔王軍の先導者である初老の紳士は現在の状態を危険と判断し、気分を一度リセットする為に休憩を提示したのであった。

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