第11話 旅立ちの日③

 余談ではあるが、今後アラタは今回と同様の行為をトリーシャに対して時々行っていくことになるが、それはまた別のお話。

 今回はというと、アラタは足音を立てないよう全神経を集中し、トリーシャに接近していた。

 そして、彼女の尻尾にれられる距離にまで接近することが出来た。「ごくり」と生唾を飲み込み、ゆっくりと可能な限り優しく彼女の尻尾に触れていく。

(うわぁぁぁぁぁっ! ふわっふわのもこもこだー! それでいてシルクのような肌触り。昔近所で飼ってた犬のマカロンよりもふわふわだー)

 ポメラニアン以上のフワフワな感触にホクホクしながら、尻尾をでているアラタ。


「んんっ! うにゅー。……すぅーすぅー」

 途中で、トリーシャが伸びをしたときには焦ったが、彼女はすぐに再び寝入ってしまう。

 その表情は実に穏やかで、戦いのときに物騒な雰囲気をかもし出していた人と同一人物だとはにわかに信じられない。

 そう思いながらも尻尾を撫でることに夢中になっているアラタであったが、その安寧の時間は長くは続かなかった。


「なるほど、魔王様は無防備な女性の尻尾を撫でるプレイが好みだったのですね。気が付きませんでした」

「!!」

 アラタが恐る恐る背後を振り向くと、そこには魔王専属メイドがたたずんでいた。驚きのあまりに声をあげそうになるアラタの口を塞ぎ鼻先に指を立て、静かにするよう伝えるアンジェ。

「魔王様、手が止まっていますよ。さぁ、続けてください」

 まさかの続行の指示に戸惑いながらも、撫で続けるアラタ。

 まじまじとその光景を眺めるアンジェを見やりながら、まるで罰ゲームを受けている心境になっていた。

 それにより、集中力が低下したためかつい手に力が入ってしまう。

「うにゅっ!」

 驚きの声とともにフワフワ尻尾の主が目を覚ます。

 寝ぼけ眼をこすりながら、近くにいる2人に気付き、次第に意識をはっきりとさせていく。

 そしてその眼前には、未だ尻尾を無心に撫で続けるアラタの姿があった。

「グッ、グッモーニン!」

 彼女への目覚めの挨拶を、出来得る限り爽やかに行おうと試みるアラタではあったが、その表情は緊張で引きつっており、トリーシャの目には半笑いの男の姿が飛び込んでくるのであった。

「いっ! いやー! 変態!!」

 半泣きになりながら取り乱すトリーシャに命の危機を感じるアラタ。一方、アンジェは涼しい顔をしていた。

「とうとう本性を現したわね! この変態! 私を売り飛ばす気でしょう!? そうはいかないわよ!」


 一瞬でアラタに馬乗りになるトリーシャに死を覚悟するアラタであったが、そこにアンジェが割って入る。

 「トリーシャ。年頃の女性が男性に馬乗りになるなんてはしたないですよ。それとも、この場所で始めるつもりですか? だとしたら……上級者ですね」

 アンジェが茶々を入れると、最初は怒り心頭であったトリーシャも現状を把握し、別の意味で顔を真っ赤にしていき、急いでアラタから離れる。

 起き上がったアラタが、恐る恐るトリーシャを見やると、彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちていた。

「ごごごごご、ごめんトリーシャ! つい出来心で! 君の尻尾があまりにも魅力的で、触りたい欲望に勝てなかったんだ! 本当にごめん!」

 アラタの自白に再び顔を赤らめるトリーシャであったが、先程とは違い怒りによるものではないらしい。

 口元に手をやり、アラタから視線を外す。どうやら彼を直視できない様子である。

 その様な彼女の変化に戸惑うアラタであったが、その答えを教えてくれたのは、かたわらで2人のやり取りを見物していたアンジェであった。

「魔王様。今、トリーシャの尻尾をお褒めになりましたよね? ルナールにとって尻尾は身体の部分で最も大切なチャームポイントなのです。先程のように、そこを褒めるというのは、求婚に近い意味を持ちます」

「――マジで?」

「マジで」

 アラタが再びトリーシャの方を見ると、益々ますます顔が赤くなっているルナールの少女がそこにいた。

 先日、カイザーウルフを圧倒した時の凛とした姿勢とは打って変わって、普通の少女のように恥ずかしがる姿が実に可愛らしい。

 つられてアラタも顔が赤くなってしまう。

 今までの人生で女性にプロポーズどころか告白すらしたことのないアラタにとっては、自覚がなかったとはいえ人生の山場の1つを経験してしまったのであった。

「あっ、えっ、あー。そのなんというか、トリーシャ、違うんだ。これは、そのプロポーズとかそういう深い意味ではなくてだね。ただ純粋に、金色で綺麗な毛並みの尻尾と耳がすごくいいと思っただけなんだよ」

 その直後、今度は両手で顔を隠してしまうトリーシャ。アラタがアンジェに説明を求める。

「ルナールにとって耳は尻尾と同様のチャームポイントです。尻尾だけでなくそこも攻めるということは、今すぐ結婚しようという意気込みを感じさせますね」

 もう何を言ってもドツボにはまるだけだと感じたアラタには、もうこれ以上何かを発言する元気は残されておらず、ただうなだれるだけであった。

 そんな中、意図しないプロポーズを受けたトリーシャは、未だ顔を赤らめたままジッとアラタをまっすぐに見据える。

「わっ、私はそんな言葉でコロッと落ちるような、かっ、軽い女じゃないんですからね。勘違いしないでよね」


 そう言うと、きびすを返し瞬足でサロンから出て行ってしまう。サロンには、アラタとアンジェの2人が取り残される形となった。

「追わないのですか?」

「追えるわけないだろ。追いついたところで一体どうしろってんだ?」

「俺の子供を産んでくれと言えば、いけそうな感じでしたよ? あと、もうひと押しだと思うのですが」

「しないから! 随分とグイグイ来るけど、この状況楽しんでるだろ?」

 アンジェは、軽い笑顔で返答の意を示す。それを見て溜息をつくアラタであったが、一瞬彼女の表情が曇るのを見逃さなかった。

「……もしかして、怒ってる?」

 アラタの意外な問いかけに、少し驚く表情を見せるメイド。何かをためらうような様子を見せた後に、一度深呼吸をして答える。

「そうですね、少し機嫌が悪いかもしれません。だって、魔王様はトリーシャのことを〝トリーシャ〟と呼んでいるではありませんか? 一方、私は〝アンジェさん〟です。些細なことかもしれませんが、魔王専属メイドとして納得がいかないのが実情です。ですから、少し魔王様を困らせてみようかと思ってしまいました。申し訳ありません、魔王専属メイド失格ですね、私」

 シュンとするアンジェを目の当たりにし、初めて彼女が見せる仕草に新鮮さと意外さを感じ、何故だか笑いがこみ上げてくる。

「くっふふふ!」

 笑いを堪えるアラタに目を丸くするアンジェ。怒りを向けられるのではなく、笑い出すアラタの心情が分からないといった様子だ。

「はぁ、はぁ……ふぅー、ごめんごめん。まさか〝アンジェ〟がそんな風に思っていたなんて知らなくてさ」

「魔王様。今なんて言いました?」

 明らかに嬉しそうな表情を見せる魔王専属メイド。

「〝アンジェ〟って言ったんだよ。それと俺のことは名前で呼んでよ。魔王って言われると背中がかゆくなるんだよね」

「そうでしたか。かしこまりました……〝アラタ様〟」

 アラタにかしづくアンジェ。出来れば〝様〟も取って欲しかったが、とりあえず今はこれで妥協しようと納得する。

 そして、後でトリーシャへ謝罪をしなければと心に誓うのであった。


 各々の準備が済み屋敷の外に集まる魔王軍一同。荷物はインベントリバッグに収納済みであり、それはロックが背負っている。

「それでは、ロック荷物を頼むぞ。途中で荷物運びは交代するから心配しなくていいぞ」

「いやいや、冗談でしょ。こんなの、荷物のうちに入らないって。俺1人で問題ないっすよ」

「やれやれ、お前にはバルザス殿の意図が分からないのか? お前1人に荷物を任せて無くなりでもしたら元も子もないだろ?」

 にらみ合うロックとセスであったが、この光景に慣れ切った魔王軍のメンバーは誰1人としてたじろぐ者はいなかった。アラタも既に慣れており「ああ、またやってるね」という感じである。

「屋敷の戸締りも問題ありません。アラタ様」

 魔王軍全員の視線が集中し、少し気圧けおされる感じを覚えながらもアラタも1人1人に顔を向ける。

「よし! 皆準備できたな。行こう! 4大精霊との契約に」

「「はっ!」」

 アラタの号令に応える魔王軍一同。この旅の結末がどのようなものになるのか、誰も知るよしもなく、不安と期待とが入り混じる旅路の始まりであった。

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