第6話 騒がしき魔王軍

 湖が静けさを取り戻して数分後、岸辺には数名の人影があった。


「魔王様! 大丈夫ですか? お怪我はありませんか!?」


 勢いよくアラタに詰め寄り、心配そうにしている彼の名はセス。

 細身の長身で肩に届く長さの赤髪の青年であり、黙って普通にしていれば間違いなく美男子の部類に入るルックスの持ち主である。

 実際、先刻挨拶を交わしたとき、アラタは同性でありながら「美しい」と思った程だ。

 しかし現在、子供を心配する母親のごとく過剰に絡んでくることにより、せっかくのイケメンオーラは微塵みじんもなかった。


「まだ会ったばかりだけど……まだ会ったばかりだけど、これだけは言わせて……お前は俺のお母さんか!! 俺は大丈夫だから少し離れて! お願いだから!」

「そんな悲しいことを言わないでください、魔王様! 私はただ御身が心配なだけで……」


 アラタの懇願こんがんに対してもどこ吹く風と離れようとしないセス。

 そこに助け舟を出したのは、浅黒い肌と短く整えた金色の髪、引き締まった身体を持つ少年ロックだった。

 彼は師子王武神流ししおうぶしんりゅうという格闘術の使い手で先の戦闘では、その自慢の格闘術でファングウルフを殴り飛ばしていた。

 挨拶を交わした時、アラタと同い年と判明したこともあり、アラタは彼に少し親近感を持っていた。

 ロックはそんなアラタの心情に何となく気付いたようで、行き過ぎるスキンシップを図るセスをたしなめたのである。


「セス! アラタが困ってるだろ! 少し離れろって!」

「ロック! 貴様、魔王様を呼び捨てにするとは! 無礼にも程があるぞ!」

「だって、本人が名前で呼んで欲しいって言ってたじゃん」


 セスとロックの言い合いはしばらく続きそうだ。アラタが途方にくれていると、後ろから声を掛ける人物がいた。

 身長は2メートル以上の大柄で、一目で戦士と分かる鎧型のローブをまとっている。

 全身の筋肉は盛り上がっており、普段からしっかり鍛錬されているのが分かる。まるでボディビルダーのようだ。  

 しかし、彼が決定的にアラタ達と違うのは、身体は全身緑色であり所々鱗で覆われ、顔がドラゴンそのものであるということだ。

 ソルシエルに存在している人種は大きく分けて2つある。

 1つはアラタのような人間。もう1つは亜人族で、人間同様二足歩行をしながらも、身体に動物の特徴を有した人々である。

 彼、ドラグニール通称ドラグはそんな亜人族の1つである〝竜人族〟の出自であった。

 先程、森の木陰からドラグが現れた際にアラタは驚いて腰を抜かしてしまったが、彼が魔王軍の一員だと聞いて心底ホッとしていた。


(さっきは本物の魔王が出てきたのかと思ったよ。もう、ほぼドラゴンじゃん。ラスボスの風格ありありじゃないか!)


 アラタが先程の出来事を思い返していると、ドラグはセスとロックの方を見ながら笑っていた。


「あの2人が言い争いをするのは日常茶飯事ですから、魔王殿が気をもむ必要はありませんぞ……しかし、だからといってこのままにしておくのも良くはありませんな。拙者せっしゃにお任せください」


 そう武士のような口調で言うと、ドラグは2人に近づき右手でセスを、左手でロックを軽々担ぎあげて、のしのしと歩いてくる。


「ドラグ! 何をする、離せ! ロックとの話はまだ終わっていないぞ!」

「俺は特に話すことはないね」

「セス殿、落ち着いてくだされ。魔王殿が困っていますぞ」


 男三人に同時に顔を向けられ、苦笑いで返すアラタ。その一部始終を岸辺の岩に座りながら見ていたトリーシャは、呆れた表情を彼らに向けていた。


「男って本当に馬鹿ね。よくも飽きずに毎日2人でキャンキャン吠えられるわね」

 その言動にいち早く反応したのはロックだった。

「おい、トリーシャ撤回しろ。セスはともかく、俺はまともだぞ」

「はいはい、類友るいともってやつでしょ。……まぁ、私から見たら2人とも大差ないわよ」


 次に反論したのはセスだった。

 その表情からは、まさに怒り心頭といった様子がうかがい知れる。どうやらロックと同類扱いされたのが納得いかなかったようだ。


「トリーシャ、それ以上何かしら言うのであれば、その自慢の尻尾を燃やし尽くすぞ!」


 トリーシャは「はいはい」と適当な相槌あいづちで返す。

 そんな彼女の臀部では、ふさふさな金色の体毛に覆われた尻尾がゆらゆらと揺れており、頭部には狐のような耳がピョコンと出ている。

 一見、人間の女性と変わらないが、彼女も亜人族の1つ“ルナール〟に属している。

 先程の戦闘の際には必死で、彼女の細部には気が付かなかったが、戦闘後の自己紹介ではそんな彼女の耳と尻尾を見て、アラタはケモミミだと興奮していた。

 そんなアラタの様子を目の当たりにして、トリーシャが引いたのは想像に難くないだろう。

 現に彼女はセスとロックを冷やかしながらも、アラタに対して警戒心を持って接していた。

 アラタもそのことに気付き、あまりジロジロ見ないように注意しているという状況である。

 少し離れた所に、彼らの様子を見ているバルザスとアンジェの姿があった。


「どうかな、アンジェ? 魔王様は既に皆と打ち解けたようだが」


 満足そうに笑うバルザスに対し、アンジェは冷静に返答する。


「確かに魔王様と皆は相性が良さそうだとは思います。ですが、魔王様がこれから自身を〝魔王〟として受け入れていただけるかどうかは分かりかねます。少なくとも、屋敷では思い切り拒絶されましたし」

「そうなんだよね。どうしよ」


 冷静なメイドの意見に、自身が楽観的であったと反省する老紳士。すると2人にアラタが疲れた表情をしながら近寄ってくる。


「あのー、バルザスさん。俺を元の世界に戻してくれませんか? 俺をここに呼んだというのなら戻すことも可能でしょう? それにさっきの戦闘で実感したんですけど、俺にはあんな化け物と戦える力なんてありません。実際、俺は何も出来なかったし、アンジェさんの足手まといになっていただけです。皆さんには、あんな化け物を余裕で倒せるだけの力がある。俺みたいな一般庶民がいたところで、さっきみたいに足手まといになるのは目に見えています。俺じゃ、あなた達の力にはなれないと思います」


 アラタが花畑で目を覚ましてから半日足らずであったが、この短い期間で彼は様々な経験をした。

 その結果、自分では彼らの力にはなれない、ここは自分のいる場所ではないという結論を導き出していた。


(俺の代わりなんていくらでもいるはずだ。魔王なんて器じゃないしな。帰ろう、日常に)


 アラタがしんみりそう思っていると、バルザスが重い口調で話し始める。何故か目線を合わせようとしない。


「あ、えーと、うーんと。あのー、大変申し上げにくいのですが……帰れないのです。あの召喚の儀で開けた道は一方通行でして、こちらの世界に呼ぶことはできても送り返すことは出来ないので……ぐぁばばばばっばばばばー!」


 バルザスが言い終える前に、アラタは彼の胸倉を掴んで思い切り揺らしていた。


「ふざんけんなよー! 返せー!! 俺を元の世界に返せ―!! そんでもって、ちょっとセンチになった俺の気持ちも返せー!!」

「落ち着いてください魔王様!!」

「馬鹿かー!! 落ち着ける訳あるか!! こっちは勝手に訳の分からない世界に呼ばれて、魔王とか言われた挙句に大量の化け物に襲われて死にかけたんだぞ!! 仏さまだってマジ切れするわ! こんな状況!!」

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