29.ゴブリンでもなれる≪由美≫

「これはまた、えらく時代掛かってるもんだしてきましたね。羊皮紙ですか?」

「そうね。確かそう言ってたわ。」

「まあ、内容に不満はありませんし、ここにサインすればいいんですね。」

 と洋子はさっそくサインした。

 すると契約書は一瞬光を放った。

「な…なんですかこれ?」

「これは魔法の契約書なんだ。」

 目を丸くしている洋子を横目に私はさっそく仕事に内容を説明しだした。


「なんですかこれ?ゴブリンでもわかる生活魔法の使い方?ゴブリンでもなれる兵士の鍛え方?いったいどこのファンタジー世界の話ですか?」

「うん。ファンタジー世界の住人に対して文字を教えよう、魔法を教えよう、兵隊になれるように訓練しようという教科書を作ってほしいの。マンガで。」

「変なもの作らせますね。まあ、報酬が破格ですから、もちろんやらせていただきますけど。これって何に使うんですか?お芝居?」

「そうね。そんなところよ。で、ゴブリンが狂言回しというかストーリーテラーで魔法を使うための魔力循環から練習させないといけないのね。それをこうやってこういう風に鍛錬するんだけど、それをマンガでわかりやすくしてほしいんだ。」

 と私は気の鍛錬法でいつもやっている動作を繰り返し洋子に見せた。


 洋子は慌ててスマホで動画に収めて、一連の動きを記録した。

「それで身体の内部ではこういう風に魔力が動いていくからこれを自分のからだ中に回すんだ。それでようやく第一段階。で、次に…。」

 と私が説明していくことを次々に軽くイラストにしたり、動画を撮ったりして記録していっている。


「で、一応教科書の流れとしてはこんな感じで絵コンテは書いてみたんだ。カット割りとか動きをわかりやすくするとかは自由に書いてみてね。そうだな。洋子と話が通じない外人さんに物を教えるときにするような大げさな動きや体の使い方がわかるマンガがいいな。それと目には見えないけどさっき言った体の中を魔力が動くイメージなんかもマンガで表現してくれると嬉しい。あ、あとこっちは兵士の鍛錬編ね。こっちの利用用途は一般の人が読んでこういう兵士が欲しいからこういう鍛錬をして鍛えてほしいという雇い主側から見た要望を兵士候補の人たちに分かってもらって努力してもらうというのが意図なの。持久走や、腕立て伏せ、反復横跳び、垂直飛びウェイトリフティングなんかの鍛え方の手引きってことかしらね。もちろん兵士の心構えなんかも後で書くからそういう風な絵も欲しいわ。」

 洋子は話を全部聞いてからいろいろと考えていた。


「先輩、これって締め切りはどれぐらいもらえるんですか?」

「なるはやは、なるはやなんだけどまず絵コンテのところで一度チェックさせてほしいのよね。そのチェックさえクリアしたら、あとは好きなように書いてくれて構わないから。」

「え~っと。これを読む人たちはどんな暮らしをしててどんな服装なんでしょうか?どう聞いても現代風な劇じゃない気がするんですが。」

「そうね。どちらかというと中世ヨーロッパって感じかな。」

「その劇の衣装とか参考にできる資料ってありますか?」

「ちょっと待ってねお兄に聞いてみる。」

 私はさっそくお兄ちゃんに電話して、資料写真が欲しいと伝えた。できれば教育する側の生活風景や来ているものなんかの写真が欲しいと。

 お兄ちゃんは二つ返事で了承してくれた。


「写真は用意できるみたいだよ。また後日洋子のスマホに送るわね。」

「…」

「で、あとは物の名前が書けるようなかるたの絵が欲しいんだ。犬も歩けば棒に当たるみたいなの。それぞれにどんな絵が欲しいかを書いてきてるんでそれを見てほしい。わからなかったらまた電話でもいいから聞いてくれたら答えるよ。大きさはこんな感じでね。」

 と、かるたの寸法が入ったものを渡した。

 そのあといくつかの打ち合わせをして話は終わった。


「じゃあこれで仕事の話は終わりね。飲みに行くわよ!」

「え?私これを絵コンテにしていきたいんですけど。」

「いいわよそんなの明日からでも。それよりなつみや薫たちも呼んであるから大学通りの居酒屋『大将』に行くわよ。」

「え?ちょっと、待ってくださいよ先輩。」

 そういう洋子を無理やり連れて、私はホテルの前からタクシーを拾って懐かしい大学通りの居酒屋まで行った。

「懐かしいわね。まだ一年ぐらいなのに。」


 店に入って予約の星野だと告げるとすでに何人かは来ているようで、個室に案内された。

 そこには懐かしい面々がそろっていた。

「おお、由美久しぶり!元気してた?っていうか、あんたかなり奇麗になってない??」

 と薫が言った。

「本当だ。なんでそんなにきれいになってるのよ。さては男ができたな。白状しろ!」

 と、いつものノリでみんなでワイワイ飲み会が始まった。


 それぞれが近況を話してくれた。洋子も先輩たちにからかわれては飲んで食ってしてるんでいいだろう。

 みんな就職したのはいいけど大分愚痴がたまっているようだ。

 セクハラ、パワハラ、モラハラ…。

 中年の脂ぎった親父は寄ってくるけど若い男は寄ってこないだとか。

 通勤電車に乗るたびに痴漢に合うとか、ストーカーがいるだとか…。

 中には彼氏との結婚話が出てるけど彼氏が煮え切らないだとか…。


 うん。私は今の生活ができて心から感謝しているよ。


「そういえば由美は就職しなかったんだっけ?世界中旅行するって言ってたけどもうどこかに言ったの?」

「ううん。今は山奥で畑耕したり物作ったりいろいろしてて楽しく生活してるよ。お兄ちゃんのところにおじいちゃんたちとお父さんたちも一緒に引っ越して家族大勢で毎日ワイワイ楽しいよ。」

「私ならそんな大勢の家族で暮らすのは嫌だな。」

「私も耐え切れないと思う。」

「それに田舎なんでしょ?私は都会でしか暮らせないと思う。」

 みんなは否定的な意見ばかりだ。


 うん。みんなならそう言うと思ったよ。


 でもね。都会にはない素晴らしいものであふれてるんだよ。


 まあ、理解してもらおうとは思わないけどね。


 メライト領での出来事とか命を懸けた王都での対戦とか…

 話したいことがいっぱいだけど話せないしな…。


 でも彼女たちを見てて私は確信した。

 私の選択は間違っていなかった。

 今の私の生活はかなり忙しくて都会に出てくることもままならないけど、私にはあってると思う。


 なにしろうちにはかわいい甥っ子と、かわいい子ダヌキがいるしね。

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