28.ゴブリンでもわかる≪由美≫

 私は星野由美。


 お兄ちゃんからの依頼で、大学の後輩のマンガ家の卵に合うために東京に向かっている。

 東京に行くのも久しぶりだ。

 大学の同窓生にも声をかけてあって、ご飯を食べに行く予定もしている。


 今回はお兄ちゃんからカードもあずかってきてるもんね。

 いいホテル止まっていいもの食べて来いって言われちゃった。

 でも、うちのご飯が結構おいしいのよね。菜月さんも美紀子さんも料理の腕は抜群だし、お母さんとおばあちゃんも料理上手だ。

 そこに私も加わって、みんなでみんなの食事を作るのはいつも楽しい。


 最近はいろんなところの人たちも増えてるから、食事を作るのだけでも大変な作業になる。

 宮内庁の人たちも応援には来てくれるけど、料理の腕はまだまだで、ちょっとした手伝いぐらいしかさせてもらってないようだ。まあ、配膳だけでも大変だからね。


 星野家で8人と2匹、朝峰家で二人とたまに息子が来て3人、宮内庁が10人にメライト家が10人の合計31人と2匹の食事を毎回作るのだ。

 しかしこれがすごく楽しい。

 私はこっちに来てから料理に目覚めたから覚えることが多くて大変だ。

 毎食写真にして残している。

 みんなおいしいって言って食べてくれるのがうれしいんだ。

 特にポンちゃん。かわいいったらありゃしない。


「ねえたん」って言ってくれた時は、ズキューンって音が聞こえて撃ち抜かれてたわ。

 ぽんちゃんかわいい。

 私が名付けたポン吉とポン子もかわいい。

 一人と二匹で遊んでる姿はもうたまらない。

 みんな目が溶けちゃってるもの。


 東京に住んでるときはお兄ちゃんが一人暮らし始めたのもあって母さんと二人で結構寂しかった。たまにおじいちゃんやおばあちゃんも来てくれてたけどね。

 でも今の家をお兄ちゃんが建てて、みんなで一緒に暮らし始めてからは毎日が楽しいの連続だ。

 しまいにはお父さんもアメリカから帰ってきて、会社辞めて今では一緒に暮らしている。


 お兄ちゃんは昔から人が集まってくるんだよね。不思議と。

 そしていつの間にかみんな笑ってる。


 私は全然嫁に行く気がない。このままみんなと暮らしていたいといつも思ってしまう。

 そうこう考えているうちに後輩の売れないマンガ家狩谷洋子のマンションについた。

 マンションといってもセキュリティはゆるゆるで、誰でも上がっていける。

 私は502号室の由美の部屋のチャイムを鳴らした。

 しばらくしてからごそごそと音がして、はーいと返事が返ってきた。

 ガチャとドアが開いた。


 相変わらずぼさぼさ頭で顔にまでインクが付いて、汚れたジャージ着てる洋子が現れた。

「ああ、先輩。お久しぶりです。まあ、どうぞ上がってください。」

「久しぶりね、洋子。じゃあお邪魔するわね。」

 と部屋に入ろうとしたが、ゴミだらけの部屋は足の踏み場もない。


「洋子、無理。部屋に上がれない。いい加減この部屋かたずけなさいよね。ちょっと顔洗って着替えてきて。どうせろくなもの食べてないんだろうから、私のおごりでご飯に行くわよ。」

 と洋子に言った。すると


「え?あのケチで有名な由美先輩がおごってくれるんですか?え?明日地球最後の日?」

「馬鹿なこと言ってないで早く着替えておいで。私は下の駐車場にいるから。」

 私は部屋に入ることはあきらめて、洋子を連れ出してどこかで食事をすることにした。

 あの様子じゃ、まともなものは食べてないんだろうな。

 この辺じゃファミレスぐらいしかないもんね。

 どこに行こうか考えていると洋子がマンションを下りてきた。


「先輩どこに連れて行ってくれるんですか?」

「私この辺知らないからどこかおいしいお店知ってる?」

「じゃあ、そこの駅のホテルのバイキングに連れて行ってください。」

「え?そんなのでいいの?どうせ私もどこかに泊まるつもりでいたからそこのホテルで部屋でも取るわ。じゃあ、行きましょう。」

 と、洋子を車に乗せて、走り出した。


「ところで先輩。私に用事ってなんですか?」

「まあ、その辺は食事しながらおいおいと話すわ。ところであんた今でもマンガ書いてるの?」

「はい、もちろんです。コミケは私の生きがいですから。」

「相変わらず同人誌ばかり書いてるのね。商業誌への連載はまだ?」

「まだ無理ですね。応募はしてるんですけどね。」

「今はどこかに応募のための作品書いてるの?」

「いえ、次は冬コミに向けてですから、まだ先ですね、修羅場は。」

「毎回修羅場ってるよね。大学であなた見かけたらみんな幽霊だって怖がってたのを思い出したわ。」

「マンガで食っていけるようになることが目標ですから。もうすぐ大学も退学になるかもですし…。」

「そっか…。まあ、大学出たからって今の世の中そんなにアドバンテージはないような気もする。私みたいに家に引きこもっていろいろ作ってる人間からすると大学行ってた時間は遊んでた時間とイコールだからね。」


 そんな話をしているうちにくだんのホテルについて、地下駐車場に車を回した。

 私は後部座席に置いていたボストンバッグを片手にまずはフロントに向かって部屋を通った。


「先輩!今取った部屋、スィートじゃなかったですか???」

「そうだよ。お兄がいい部屋に泊まって来いって言ってくれたからね。お兄のおごり。」

「いいな。私もそんなお兄様が欲しい。」

「お兄は上げられないけど、今日来たのはそのお兄からの依頼なんだ。」

 そんなことを言いながらエレベーターに乗り、最上階の展望レストランについて、バイキングを堪能した。


「結構おいしかったわね、ここのバイキング。」

「コスパがいいって評判なんですよ。うちの大学の学生のあこがれですから、ここのバイキングは。」

「そっか。じゃあちょっと部屋に移動しましょうか。ここではちょっと話しにくいからね。」

 そう言って私は洋子を連れてスィートに向かった。

 部屋に入るなり、洋子はすべての部屋を見て回った。


「先輩!!ここいくらするんですか??」

「知らない。お兄のカードで払ったから。」

「お兄様、紹介してください。」

「ははは、お兄はもう結婚して子供もいるよ。」

「はー。がっかりです。やっぱりこの世に神なんていないんだ。」

「まあまあ、そう落ち込まない。そこのソファーに座って、少しまじめな話だから。」

 と私は依頼内容の概略を説明しだした。


「お兄の仕事の一環で、ある国の人に文字を教えたりするためにマンガを描いてほしいんだ。あとかるたとかね。報酬は結構破格よ。」

 と言って私はお兄から許された額を提示した。

 うん、下手なサラリーマンの年収以上はあるよ。

 洋子はがしっと私の手を握って

「ぜひ受けさせてください。」

 と即答した。


「この契約に同意する場合はここにサインしてほしいんだ。」

 と、私は魔法の契約書をソファーの前のテーブルに置いた。

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