05.山火事???

 俺がそんな幸せを感じているある日の夕方。


 工房で木工の作業をしていたのを終え、木くずまみれでそれを払い落とそうと工房を出たところで、裏の山の中腹で淡い光が見えた。

 俺は気のせいかもしれないと、夕方の薄暗くなってきた頃だったのでもう一度よく見てみた。


 確かに何か光っているようだ。


 それに弱くなったり強くなったり、何か燃えているようにも見えた。

 俺は急いで工房の中に備え付けてある消火器をもって、山の方に駆け出した。

 もし見間違えだと悪いので、中にいるみんなには何も知らせていない。


 俺がやっとのことでその光っているところに到着するとそこにはタヌキが2匹、こちらに向かってうなっていた。

 よく見るとその後ろに赤ちゃんが横たわっていた。

 タヌキはまだ子供なのだろう。かなり小さい。

 それより少し大きいくらいの赤ちゃんが後ろにいる。

 何度見返しても赤ん坊だ。


 なんでこんなところに?怪我してるのか?親は?

 布で身体をくるんでいるようにも見える。

 俺が近づこうとすると子ダヌキたちは威嚇するように俺に向かって毛を逆立てている。


「大丈夫だから。何もしないよ。後ろにいるの赤ちゃんだよね。その赤ちゃんはどこから来たのかな?ちょっと俺に見せてくれるかな?」

 俺はそう言いながら少しずつ近づいていった。


 こんなこと言ってもタヌキに通じるわけもない。それがわかっていても、言葉を掛けながら俺が悪意無く近づこうとしているのをわからせるように話しかけた。

 すると、子ダヌキたちはお互いを見合わせて、その赤ちゃんの方に近寄っていった。

 俺はようやく赤ちゃんのそばまでたどり着いた。


 やっぱり赤ちゃんだ。バスタオル?のような布に巻かれている。

 金髪の髪で体長は50㎝ぐらいだろうか?

 まだ生まれて間もないぐらいだと思う。

 俺はタヌキをなだめながらようやく赤ちゃんを抱きあげることができた。

 それにしてもこの子、どこから来たんだろう?周りを見回してもすでに暗くなっているのでよく見えない。


 そういえばこの子光ってなかったっけ?


 俺は赤ちゃんの首元に指をあて、脈があることを確認して、周りに気を付けながらそっと山を下りて行った。

 子ダヌキたちも一緒についてきた。


 俺はようやく工房にたどり着き、

「きゅ…救急車呼んで!!」と中にいる源蔵さんたちに叫んだ。

 慌てて出てきた源蔵が俺が赤ん坊を抱いていることに気づいた。

「その子はどうしたんだ?」

「山の中腹あたりが光ってたんで気になって見に行ったら、このタヌキの子に守られながら、この赤ん坊がいたんだ。周りに誰もいなくて、この赤ちゃんだけだった。一度医者に見せた方がいいと思うんだ。」


 それを聞くと源蔵さんは慌てて救急車を電話で呼んだ。

 俺と源蔵さんはおろおろとし、赤ちゃんが大丈夫なのか気になって仕方がなかった。

 貴美子さんが俺から赤ちゃんを抱きかかえてくれて、

「結構この子、冷たくなってるよ。ともちゃん、お風呂、お風呂沸かして!」

 といわれたので、俺はすぐにお風呂を沸かしに行った。


 俺は気がすっかり動転していて、工房に露天風呂を作っているのも忘れて、母屋に帰って急いでお風呂の湯沸かしスイッチを入れた。

 で、そこで気づいて、工房に戻り、工房の露天風呂に貴美子さんと赤ちゃんを連れて行って、ぬるま湯にした洗面器のお湯で少しづつ赤ちゃんをぬぐっていった。


 やがて、赤ん坊は見た目からも血色が戻り、俺たちがほっとしている頃、ようやく救急車が到着した。

 救急隊員が露天風呂まで来て、赤ちゃんを抱いて救急車に運んでもらっている間に俺は救急隊員に事情を説明した。

 山の中腹で見つけたこと。親はその近くにはいなかったこと。

 そのまま放置しておくわけにもいかず、家まで連れてきて、救急車を呼んだこと。

 救急車の中で、一応基本的な検査をしてもらったが、命に別状はないように見えるが、山の中に放置されていたということもあり、一応、街にある総合病院で検査を受けた方がいいということで、貴美子さんとなっちゃんが付き添って救急車で病院に向かった。


 俺は救急車が出て行った後、少しほっとして、膝に手をついた。

 目線が下がった先にはあの子ダヌキが2匹こちらを見ていた。


「そうか。お前たちが守ってくれてたんだよな。ありがとうな。お前たちは病院に連れていけないしな…。どっちにしろお前たちもお風呂に入るか?」

 俺はそう話しかけ、2匹の子だぬきを抱え上げて、露天風呂に向かった。

 俺は桶でお湯を組んで一匹ずつ桶の中に入れた。

 そして、呆けていた源蔵さんと一緒に小ダヌキを洗ってやった。

 俺は子ダヌキをふきながら、源蔵さんにこの子たちが赤ん坊を守っていたことを話した。

 俺たちはそれぞれ一匹ずつ抱えて母屋に戻り、浅い皿に牛乳を少し温めて入れてあげると、二匹とも腹を空かせていたのかごくごくと飲んでいた。

 何か食べるかなとサバの水煮の缶詰でもどうかなと思い、それも別の皿に出してあげると、一心不乱に食べだした。


 やはり大分お腹が空いていたんだろう。


 少しタヌキを見ながら呆けてしまっていたが、すぐに気を取り直し、タヌキたちを源蔵さんに任せて俺は財布とスマホを持って車のカギを取り、ワゴン車に乗り込んで、街の総合病院に向かった。


 病院の救急外来に向かうとなっちゃんがいた。

「あの赤ちゃん、どうやら命に別状はないみたいよ。問題はなんであんなところに一人でいたのかってことだと思う。」

 そう言って俺に二人の制服姿の警官と引き合わせた。

「少し状況がわからないので話を聞かせてもらえませんか?」

 と警察官が俺に話しかけてきた。


 確かにそうだろう。

 俺も実はよくわかっていない。


 俺は何があったか説明した。

 説明している最中に山の中に消火器を置き忘れていることに気づいた。

 まあ、明日にでも取りに行こう。


 赤ん坊の特徴は金髪で目が青かったらしく、おそらく外人かもしくは混血なのだろうと推測された。

 逆に言うとそれぐらいしか特徴がなかった。

 後、男の子だそうだ。

 身体を包んでいた布は絹でできていたそうだが、それ以上の特徴はなく、手掛かりがまったくない状態だそうだ。

 明日にでもその発見現場に案内することを約束した。


 一通り、検査は終わったようだが、この赤ん坊をどうしたらいいんだろうか。

 警察が児童養護施設などに預けるしかないと言い出したところで、俺は意を決して俺が引き取る旨を伝えた。

 俺が発見者だからね。ちゃんと面倒を見るよ。

 警察としてもそれで問題はないそうなので、俺たちはワゴン車に乗り込んで家に帰った。


 家に着くとすっかり出来上がった源蔵さんが、タヌキに上に乗りかかられながら居眠りしていたのを見て、俺たちは顔を見合わせて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る