02.日常の風景

 俺の一日は早い。


 朝、夜明け前からごそごそと起きだし、顔を洗って野良仕事に出かける。

 畑はそんなに大きくないが、雑草などを抜くためにも毎日様子を見て回っている。

 一通り見回ったら家に帰ってきて、朝餉となる。

 味噌汁に白いご飯、それに買ってきた焼き魚と自分でつけた漬物。この漬物は源蔵さんの奥さんの貴美子さんに教わったものだ。

 

おいしくいただいた後は、腹ごなしもかねて拳法の鍛錬をしている。型をなぞり、一つにつなげていく。

 3歳から始めているので、この朝の稽古はもう25年も続けていることになる。

 もっともその間にも新たな拳法を学ぶとそれらが加わっていき、今では一時間ほどかかってしまう。


 最後は座禅を組んで気を身体に巡らせる。これは日によって時間が違う。

 すんなり気が巡ることもあれば、なかなか気が動かず、時間をかけて動かすときもある。


 …考えてみれば、ここに住み始めたころから、気の巡りはかなり順調になっている。おかげで心身ともに健康を取り戻している。


 俺は気の鍛錬が終わると、工房に出向く。ここでその日気が向いたものを作っている。

 やり始めたころはこんな工房まで立てて、失敗したかと思うほどにへたくそだった。


 インターネットの動画で学んだり、本やDVDを買いあさって、学んでいき、少しずつ上達していった。この工房には木工細工をするためのろくろや旋盤もあるため、初めのころはそれを使って什器などを作っていた。漆も山からとってきて、自分で漆器に仕上げた。

 それを見た源蔵さんが俺も何か始めるかと、いろいろと手を出して、最後に落ち着いたのが陶芸だったようだ。この工房には電気釜も備えてあるので、とっくりやおちょこ、鍋など作り、最近は釉薬も自分で調合しだして、いっぱしの陶芸家のようになっている。

 工房といえど、結構な広さがあるので、お互いに干渉せず、創作ができている。

 お昼を過ぎたあたりに源蔵さんの奥さんの貴美子さんが呼びに来る。


「あなた、ともちゃん。お昼御飯ですよ。」


 俺は奥さんから友ちゃんと呼ばれていた。源蔵さんからは友朗と呼び捨てにされていた。俺の名前は星野友朗(ほしのともろう)という。


「友朗、飯に行こう、飯。腹が減った。」

 と、源蔵さんが俺に呼び掛けた。


「はい。貴美子さん、いつもすみません。」

 と俺は奥さんに頭を下げた。


「いいのよ。最近ずっとここの工房にうちの人が入り浸ってるでしょ。いつも迷惑かけてごめんね。それにお昼ご飯は3人も4人も一緒だから。」

 と笑いながらそう言ってくれた。

 俺にとってはありがたい話だ。

 源蔵さんと物を作りながら、この土地にある昔話を聞いたり、結構その時間が楽しい。


 俺たち三人は工房を出て、源蔵さんの家に向かった。

 歩いて10分ほどかかる。

 のんびり歩きながら、たわいもないことを話し、3人で向かった。

 これも最近はいつもの時間になっている。

 初め俺は車で行こうとしたんだけど、源蔵さんにこれぐらい歩かなきゃ、あっという間に足腰が弱るぞといわれて、それもそうだとそれからずっと歩いて通っている。


 源蔵さんの家に着くと、廊下をぱたぱたぱたと音を立ててこちらに歩いてくる人がいた。

 源蔵さんのところの娘の菜月さんだ。

「友朗さん、いらっしゃい。今日はラーメンとチャーハンよ。お父さんもテーブルに座っててね。」

 俺と源蔵さんは手を洗いに洗面所に向かい手を洗って、食堂に戻ってきて椅子に座った。

 今日はいわゆるラーメン定食ってやつだ。餃子もついている。

「いただきます。」

 と、俺は手を合わせてからいただいた。

 うまい。いつ来てもおいしいものを食べさせてくれる。


「よく飽きずに続いてるわね、お父さん。そろそろ水が漏れないお鍋作れるようになった?」

 と菜月さんは源蔵さんをからかう。

「うるせぇ。水が漏れた鍋は一番初めの時だけだろう。それ以降は順調にいいものができてきてるよ。最近晩酌で使ってるとっくりや猪口も俺が作ったんだぜ。」

 と、自慢げだ。


 最近では白磁にも挑戦しているし、釉薬も様々な色を作り出している。

 もともとそういう才能があったんだろう。最近はうまくできたものを親戚に配っているらしい。結構好評なようで大皿などもリクエストされているようだ。

 俺もたまに相談されて、作り方をネットで調べたり、東京まで出て行って、古書や専門書をあさって、一緒に試している。おかげで工房には資料専用の部屋まで作ってある。そこに囲炉裏があるので、冬にはよく本を片手に酒を飲んでいた。


 俺の工房は土間が半分と板敷きが半分。

 その板敷きをもう半分に分割してそこに畳敷きの囲炉裏が切ってあり、資料室にしている。

 創作していると粉塵などが舞うため、板敷きと土間の間には透明のビニールカーテンで区切ってある。よく工場などで使われているらしい。

 集塵装置なども付けてあるので、工房はかなりうるさくなる。

 とはいっても田舎の一軒家でお隣までは歩いて20分かかる距離だから、苦情が来ることはない。


 俺の家の方はログハウスだが、この工房の方は鉄骨造で作ってある。

 火や高温が出るものを扱うため、母屋とは少し離しており、防火対策も万全に作ってある。

 家とこの工房で1億ほどかかったが、俺は満足している。


 最近では株もまた少し初めて、資産も徐々に増やしている。

 忙しく売り買いに追われるのが嫌なので、長期で売買している。

 相変わらず俺の感は冴えているようで、面白いように資産が増えている。


 俺は大学時代、この面白さにはまり思わず留年しかけた過去がある。

 短期やFXでの売り買いに没頭するあまり、授業に出ることもままならないようになり、当時付き合っていた仲間たちから、怒られて頭を冷やし、少し株取引から距離を置いた。

 しかし、その没頭している期間で10億を稼ぎ出していた。

 俺は元来凝り性なところがあり、没頭すると寝食を忘れてのめりこんでしまう悪癖がある。

 その大学時代の株も夏休みが明けてからもなかなか学校に来ない俺を心配して見に来た友達に救助されたようなものだ。目を離す時間で株価が変動するのが怖くて、家に閉じこもったまま、夏休み中ずっと過ごしていた。

 食料などは一度全部株を手放してから、買いに出かけていた。


 こうなってくるとすでに病気だ。


 俺は友達に滾々と説教され、それ以来株から足を洗った。

 おかげで無事大学を卒業でき、一流企業といわれる会社にも就職できた。

 ……まあ、その実態がああだったとは予想もしてなかったからな。

 おかげで今では、のんびり趣味程度で株の売買ができるような生活が送れている。


 今ではこの生活以外考えられないな。

 おいしいものをいただき、身体を使って物を作り、自然の中に囲まれて眠る。

 本当にここに来てよかった。


 俺は昼食をいただきながら、源蔵さん親子のやり取りや笑い声を聞きながら、幸せを感じていた。


 さて、昼からももうひと頑張りしますか。

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