05 夜鴉、ゴリラに助けられる
「カーくんどうですか! 私、超絶美人ですか!」
「普通です」
「塩対応! でもそこがいいっ!」
などと身悶えて台無しになっているが、目の前に立つ雲雀は確かに綺麗だった。
彼女の付き添いでやって来たのは、テレビ局の番組収録だ。
彼女は日本語をテーマにした教育番組に出演しており、獅子猿兄さんと週替わりで落語を披露している。
そして普段より鮮やかな着物を身に纏い、いつもより濃いめのメイクを施された雲雀は見惚れるほど綺麗で、俺は彼女から目が逸らせなくなる。
落語の世界に戻る前から雲雀が番組に出ていたのは知っていたが、見れば会いたくなるとわかっていたのでずっと見ないようにしていた。そしてそれは間違いだったと少し思う。
彼女のこの姿を見ていたら、俺は多分、もっと早くに雲雀の元に戻る覚悟を決めていただろう。
「視線が熱い気がするんですが、ついにムラムラしました?」
「しませんし、周りに人がいる場所でそういうことを言うんじゃありません」
「いるって言ってもゴリラさんじゃないですか」
雲雀の言葉に「ゴリラ言うな」とこぼしたのは、獅子猿兄さんである。
放送される週は別だが、落語のコーナーは一ヶ月分を一気に撮るので、獅子猿兄さんも局に来ているのだ。
そして兄さんがいれば雲雀も少しは落ち着くだろうとわざわざ楽屋に来て貰ったのだが、残念ながらそんなことはなかった。
「ゴリラは置物だと思って、イチャイチャしましょう」
「ゴリラ言うな」
律儀な兄さんはしっかり突っ込んでいるが、雲雀が気にとめることは全くなかった。
それでもさすがに仕事は真面目に行い、収録は無事終わったものの、俺は新しい問題に直面していた。
「あの、黒峰社長……ですよね?」
雲雀の着替えが終わるの楽屋の前で待っていると、突然目の前に見知った顔が現れたのだ。
相手は、以前何度かインタビューを受けたことのある報道記者である。
「ご無沙汰しております」
内心では面倒臭いことになったなと思ったが、それは顔に出さずに笑顔を繕う。
「黒峰社長に似た方がいらっしゃると聞いて来たんですよ。お目にかかれて嬉しいです」
はげ頭と猛禽類を思わせる油断のない目が印象的な報道記者は、近頃良くワイドショーで顔を見る。元々は局専属の報道記者だったが、少々強引な取材が問題になり一度解雇されたらしい。だが彼の歯に物を着せぬ物言いが受けたことから、フリーとして朝や昼のワイドショーに出演しているようだ。
「辞任騒動以降ちっとも顔を見せてくれないから、心配していたんですよ」
「すみません、忙しかったもので」
暇だとしてもお前の所には行かねぇよと毒づきたくなるのは、以前この男に散々付きまとわれ、実家のことをあれこれ探られた経験があるからだ。
「そういえば、今は落語家さんなんでしたっけ」
「ええ」
「その経緯も是非取材させて欲しいなぁ。『落語が好きなので』なんて言ってましたけど、社長を辞めたのはそんなふざけた理由じゃないんでしょ? 親子関係にまたヒビが入りました? それとも財産の件でまた揉めてるのかな。お爺さま、そろそろ亡くなりそうなんですよね」
ニタリと笑いながら距離を詰めてくる記者を、俺は手荒に押しのけたい気持ちになる。だがそんなことをすれば相手の思うツボだろうから、苛立ちも戸惑いも全て押し込め、感じの良い笑顔を顔に貼り付ける。
「私はもう黒峰の家を出たので、相続の件は関知しておりません。その手の話は、私よりも……」
「ゴリラに聞いて下さい!!」
ばんっと、突然側の扉が開いて、そこで突然小さな身体が俺と記者の間に割り込んでくる。
「ほら、ゴリラさんカモン!」
その上気がつけば、雲雀同様側で聞き耳を立てていたらしい獅子猿兄さんが隣の楽屋からノシノシと出てくる。
彼はまだ、番組の衣装であるゴリラのかぶり物姿だった。ゴリラがゴリラの頭を上にのっけている様は滑稽を通り越して少々恐ろしい。もはやモンスターである。
子供には大受けだそうだが、報道記者は迫り来るゴリラが恐ろしかったのだろう。獅子猿兄さんが猛るゴリラの眼差しで記者を睨めば、彼は「それじゃあ」と足早に逃げていく。
「ゴリラすげぇな」
うっかり素に戻ってこぼすと、「うほっ」とゴリラが一声鳴いた。
そしてその鳴き声を聞いた雲雀が、「ふむふむ」と何やら腕を組む。
「ゴリラさんが、『一杯やって帰るか』と言っています」
「うほ」
「鴉行きつけの高いバーに行ってみたいゴリラ、と言っています」
「うほほ」
「もちろんおごりで、だそうです」
この一瞬で息を合わせる二人を見て、さすが噺家だなと俺はとても感心した。
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