10 圓山、春を笑う


「名前も格好いいし、前座なのにファンがいるなんてほんとずるい……!!」


 このところ、小雀は鴉に嫉妬し鳴いている。

 演芸場の、楽屋でのことである。


「お前、彼女ならあいつの人気を喜んでやれよ」

「それとこれとは別です。噺家としてはライバルですから!」


 闘志を燃やす小雀を見て、俺は思わず笑う。

 夜鴉が来たことで恋愛にうつつを抜かし、初天神を聞かせたら落語なんてやめると言い出すんじゃないかと心配していたが、杞憂だったらしい。

 むしろ真面目な弟弟子に負けまいと、以前より稽古にも熱が入っている。

 それが行きすぎて、こうして嫉妬に狂っているときもあるが。


「前座なのに出待ちされてるし、キャーキャー言われるし本当にずるい」

「お前だって、前座の時からファンが多かっただろ」

「でもキャーキャーは言われてないですし」

「まあ確かに、名前の入った団扇持ってるやつはいなかったな」

「う、うちわ……!?」

「あと、ブロマイドも飛ぶように売れているらしいしな」

「ブロマイド!?」

「お笑いグッズとして噺家のブロマイド売り始めたんだが、夜鴉のはいつも品切れだ」

「なにそれ……欲しい」

「欲しいってお前見えないだろう」

「見えなくても、懐に入れておきたいんですよ! 手ぬぐいに挟んで、出番の時も持っていきたいんですよ」

「出番の時に持つなら、俺のにしろ」

「何が楽しくて師匠の写真なんて懐に入れるんですか」

「御利益ありそうだろ」

「確かに師匠は生き仏みたいな顔ですけど、ぜったいいらないです。買う人なんていないです」


 小雀が断言すると、楽屋で控えていた他の噺家連中がぷっと吹き出す。

 多分奴らは、俺のブロマイドが三枚しか売れていないのを知っているのだろう。

 それだけはこいつに言うなよと睨んでいると、そこに夜鴉がやってきた。

 そろそろ俺の出番なので、わざわざ呼びに来たようだ。


 その気配を察した途端、小雀が夜鴉に飛びついたのは言うまでもない。


「カーくんのブロマイドください!」

「話が見えません」

「売店のグッズのブロマイドです!」


 全然伝わる説明じゃないが、鬼気迫る小雀の顔と、それを笑っている俺や噺家連中の様子をじっと見た奴は、恐ろしいほどの察しの良さを発揮する。


「土産物のブロマイドでしたら、さすがに自分のは持ってないです」

「じゃあ誰のを持ってるんですか! はっ!! まさかわた――」

「師匠のでしたら、お守り用と観賞用と布教用にありますが」


 そう言って手ぬぐいから俺のブロマイドを出す夜鴉をみて、俺は勝ち誇った気分になる。


「いたじゃねぇかよ!ほら!」

「くっ、悔しい……。彼女なのに……私彼女なのに……」


 こうなったら無理矢理持たせてやると言って、小雀が楽屋から飛び出していこうとする。

 だがそんな彼女の腕をすっとつかみ夜鴉は優しく引き留めた。


「持ってないわけないだろう」


 ぽつりとこぼれた言葉に、小雀の顔がぱっと華やぐ。


「買ってくれたんですか?」

「ああ」

「よかったです! 売り上げで師匠に負けたらさすがに悔しいです」


 小雀がはしゃぐ横で、夜鴉の視線が楽屋の中を一回りし、最後は俺の所ですっと止まる。

 ぎくりとしながら、俺はそっと懐に手を当てる。

 俺の手の下にある物を見透かすような笑みを浮かべてから、夜鴉は小雀からぱっと腕をはなした。


「姉さんのブロマイドも売れてますから、安心して下さい」

「ほ、本当に?」

「ええ」

「そっか、そうですよね! 私のブロマイドが売れないわけないですよね!」

「種類も豊富ですよ」


 すっかり気をよくした小雀は、「えへへ」と可愛らしく笑う。


 俺は、その笑顔にうっかり見とれてしまった。

 俺だけじゃなく、事の成り行きを見守っていた他の噺家や芸人たちも惚けた顔で小雀を見た。


「でももっと売れたいので、今度水着の写真とか撮って貰います! 爆売れです! そしたらカーくんも嫉妬で私のことをもっと――」

「師匠、そろそろ出番です」

「こらっ、無視しないで下さい! まだ話は終わってません!!」


 小雀に纏わり付かれたまま、夜鴉は俺を外へと誘う。


「あいつも大変だな、これは……」


 廊下に出ながら、俺は思わず苦笑をこぼす。


 元々小雀は可愛らしい娘だったが、夜鴉がきてからは更に磨きがかかっている。

 故に夜鴉の物と並ぶくらいブロマイドは売れており、客どころか仕事で寄席に来た噺家や芸人たちまで次々買っていくほどだ。

 その人気に鴉は気づいており、涼しい顔をしながらもさりげなく周りを牽制している。

 夜鴉の方もあの顔と風格だから、敢えて小雀に手を出そうと思う奴はいないだろうし、小雀が奴とのことを方々で言いふらしているので、客も噺家も二人の関係を知らない者はほぼいない。

 むしろ二人の進展を楽しみにしている者がほとんどだが、それでもきっと、男としては面白くないだろう。

 そういう部分を顔には出さないが、それでも内心やきもきしているのだろうなと考えると、ちょっとだけ面白い。


 だから今日のマクラでは、あいつらをネタにしてやろうと俺は思った。

『最近、うちのうるさい小雀に春が来たんです』

 なんて具合に始めれば、客席からは温かい笑いが返ってくるに違いない――。




小雀恋模様【おわり】

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