圓山と弟子の章

01 圓山、拾う鳥を間違える


 うるさい雲雀ひなどりが庭先に落ちてきてから、気がつけばもう10年である。


 あの日、俺は幼い頃から何千回と聞いてきた牡丹灯籠ぼたんどうろうを、初めて怖いと思った。

 そして同時に、目の前に落ちてきたこのひな鳥を、どうしてやるべきかと頭を抱えたものだ。


 あれから10年経ち、ここにきてようやく、俺はその答えを見つけた気がする。


「鴉ばっかりずるいいい、私にも稽古つけてよ稽古おおお」

「……ほんと、こんなの拾わなきゃよかった」


 ひな鳥と言えども鳥は鳥。

 飛び方など教えなくても勝手に飛んでいくのだから、放っておくのがちょうどいい。むしろこいつの飛び方は誰にもできない曲芸飛行だから、教えてやろう育ててやろうという方が傲慢なのだ。


「師匠、そろそろ構ってやらないと、小雀姉さんがまた家出しますよ」

「でも俺、お前に稽古つけてぇ」


 自由気ままなひな鳥と違い、俺に進言した夜鴉よがらすは覚えもいいし打てば響くからやりがいもある。


「ありがたいです」

「それはこっちのセリフだ。ありがとう、10年ぶりに弟子を指導してるなって感覚を覚えた、感動した」


 途端に私はどうなんだ! 弟子じゃないのかとうるさい鳴き声が聞こえたが、無視する。


 そのせいでさらに小雀がぐずったが、膨れつらで震えている背中を夜鴉がポンポンと叩けば、最後はそのままバタッと床に伏し、動かなくなった。


 その上あんだけ騒いでいたのに、よく聞きゃ寝息まで聞こえてくる。


「小雀を一発で黙らせるなんて、お前さんすごいな」

「姉さん、昨日寝てないから機嫌が悪かったんですよ」

「寝てないって、まさかお前ら……」

「鯛焼き食べすぎてお腹痛いって、深夜にたたき起こされました」

「……しょうもなさすぎて腹立つな」

「まあ、このまま寝かせておけば、夕方にはけろっと直るでしょう」


 そこでもう一度小雀の頭を優しく撫でてから、夜鴉は凜々しい面立ちに戻り姿勢を正す。


「そのオンとオフの切り替えも、小雀に覚えさせてぇよ俺は」

「たぶん無理です」

「わかってるよ。でもあれだ、年甲斐もなくサンタクロースを信じたい気持ちになることあるだろう。あれと同じだ」

「それ、姉さんが起きてる時に言わないでくださいね」


 めんどくさいことになりますからと、苦笑する夜鴉に俺もふっと笑みをこぼす。

 最近、この男の笑顔は前より柔らかくなった気がする。

 だがそれでもまだ、奴はふと暗い表情を浮かべている時がある。

 それを見る度、俺はこの利口な鳥が、小雀くらい馬鹿で賑やかになればいいと思わずにはいられない。

 むしろそうなれるように、育ててやるのが俺の仕事だと思っている。


 最近気づいたが、俺は多分、拾う鳥を間違えた。

 10年前、俺は庭に落ちてきた自由気ままなひな鳥ではなく、手負いの鴉を構ってやるべきだったのだ。

 ひな鳥なんかよりよっぽど頭はいいが、その賢さ故に人に疎まれる鳥を、俺は育ててやるべきだったのだ。


 だから俺は奴と向き合い、いっちょ稽古をつけてやるかと袖をまくるのだ――。

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