19 小雀、名前に怒る


 夜鴉って何だよ、イケメンかよ。きっと顔もイケメンだよ、しってるよ!!


 そんなことをぐるぐる考えながら、私は布団をかぶり悶えていた。

 今、リビングでは新しい弟子の歓迎会をやっているらしいが、絶対出るもんかと決めて、私はひとり拗ねているのである。

 大人げないのは分かっていた。というか、自分でもどうしたら良いのか分からなくなっていた。


 だって、とにかく、腹が立つのだ。


 色々なことがあまりの予想外で、この事態をどう受け入れたら良いのか分からないのだ。


「合コンさせるって言ってたじゃん。忘れろって言ってたじゃん。でも絶対、この展開しってたじゃんあのハゲ!」


 とりあえず、罵りやすい師匠への恨み辛みを口にしながら、顔に枕を押し当て「あぁあああ」とうめきながら足をバタバタさせてみた。

 そのままベッドの上でローリングしながら更に絶叫しようと思っていたところで、突然ドアが開く音がした。

 なんとも言えない滑稽なポーズのまま固まって、しばし息を潜めていると、ベッドの上に誰かが腰掛けた気配がする。


 このベッドの沈み方は、師匠や奥さんではない。絶対に無い。

 それが分かっていたので、私はひとまず体勢を直し、枕を顔に押し当てたままじっとする。


「……雲雀」

「今は小雀だもん」


 ずっと聞きたかった声が私の名前を呼んだのに、そんな言葉しか返せない。


 でも仕方が無いだろう。その名前を呼ぶ人はずっといなかったのだ。

 最後に呼んだあんたは、そのまま消えてしまったのだから、呼ばれて素直にはいと言えるはずもない。


「夜鴉って何よ……」


 そのうえ、結局そこに、思考が行ってしまうのである。


「師匠がつけてくれたんだ」

「私、見習いの時ウズラだったのに」

「だから俺も、そう言うのだと思ってた」

「でも鴉。それも夜とか付いてるのかっこいい、くやしい」

「たぶん、師匠の心遣いなんだと思う。あのひと、俺に負い目があると思い込んでるから」


 負い目って何だとか、どういう意味だと聞きたかったけれど、まともなことを喋ろうとすると喉がつっかえて、言葉が出てこない。


「うぅううう、夜鴉ってなんだよぉぉ」


 結局出てくるのはそればかりで、悔しい恨めしいと泣いていると、あやすように、頭を手で撫でられた。


「すまん」

「私なんて、まだ……雀なのに……」

「……すまん」

「雀の上に小がついてるのに」

「本当にすまん」

「真打ちになったら『鳩だな』とか師匠に言われてるのに……」


 そこで堪えきれなくなったように、頭を撫でる手が震え、彼が小さく噴き出す。


「笑い事じゃ無いですから!」

「すまん……本当に……」

「鳩ですよ! 鳩! 真打ちで鳩ですよ!」

「鳩も可愛いと思うが」

「馬鹿っぽいですよ! 可愛げもあんまりないですよ!」


 だってなんか、鳩って、歩いてる姿が間抜けじゃ無いか。

 そんなことをまくし立てながら身体を起こし、鳩が嫌だと私は繰り返す。


「そんなに嫌なら、師匠に掛け合ってやるから」

「きかないですよ」

「辛抱強く説得する。真打ちになるのは、まだ先だろう」

「じゃあそれまで、ここにいてくれるんですか……?」


 鳩を阻止するために、辛抱図良く、ここで師匠を説得してくれるのかと私は尋ねた。


 すると頭を撫でていた手が離れ、私は少しがっかりする。


「ああ、ここにいる」


 でもすぐに、顔のすぐ側で声がして、なじみのある腕が身体をぎゅっと抱きしめてくれた。


 思わず息を吸い込むと、ずっと嗅ぎたかった匂いが鼻をくすぐった。鳩が嫌なことも、夜鴉が憎らしいことも全部吹き飛んでいた。


 そこからもう、何を言ったかわからない。


 でもとにかく、もう放すものかと、逃がすものかとそればかり考えながら、私は新しい弟弟子の身体をきつくきつく抱きしめたのだった。


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