18 小雀、家出に失敗する


「……ほんと、お前はほんと……」


 疲れ果てた声を聞きながら、私はもしゃもしゃと鯛焼きを食べていた。

 ちなみに本日三個目。中は栗あんである。


「27にもなって家出とか馬鹿か!」

「すぐ帰ってきたじゃん」

「連行されただけだろう! どうせ、ハワイに行ってやるとか考えてたんだろう」


 さすが師匠、私の考えをバッチリ読んでいた。


「俺もちょっと言い方が悪かった。だが、もうちょっと冷静になれ、その身体で家出とか、何かあったら困るだろう」

「でも今までは無事だったし」

「怪我したこともいっぱいあったじゃねぇか! だから毎回毎回、こっちは生きた心地がしねぇんだぞ」

「でも師匠は、私なんていらないんでしょう」

「いらないとはいってねぇよ。弟子としては、まあアレだけど」

「アレって何ですか!アレって!」

「そこを説明し始めたらまた揉めるから言わん! まあともかく、二度と家出しようとか考えるな」

「それは師匠次第でしょう」

「……」


 こいつめ……と睨まれているのを感じながら、私は鯛焼きの尻尾にかぶりついた。


「あとお前、その鯛焼き……ちゃんと金はらったのか」

「払ったんじゃ無いですか?」


 ねぇと顔を向けたのは、師匠と私のすぐそばに座っている気配に向かってである。

 てっきり家の前で手を放されると思っていたのに、私が逃げるのを恐れてか、この居間まで引きずってこられたのだ。


「すまねぇ、ホントすまねぇ」


 師匠が項垂れた気配のすぐ後、そこで小さく「いえ」という声がする。


 そしてその声に、私は、とても、ものすごく、カチンときた。


「師匠には喋るのずるい!!!」


 そのまま側にあった扇子を投げそうになったが、それより早く、腕をぎゅっと捕まれる。


 そこは腕じゃ無くて、違うところをぎゅっとすべきでしょうがと苛立ったが、そんなことが出来ていればこんなにも拗れていなかった気もする。


「まああれだ、うん、色々積もる話はあとでゆっくりしなさい」


 コホンと師匠は咳払いをし、それから彼はゆっくりと告げた。


「あと、さっき言った新しい弟子……彼だから」


冬風亭とうふうてい 夜鴉よがらす


 それが新しい弟子の名前だと言われ、そこで私はまた、カチンときてしまった。


「二つ目の私より名前が立派なのも腹立つ!」


 色々と言いたいことや、思うことはあったのに、混乱と驚きと名前のかっこよさに私は苛立ち、絶叫してしまったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る