17 小雀、家出をする


 家出を決め、勢いで家を飛び出したわずか十五分後――。


「……どこ、いこう」


 私は早速、壁にぶつかっていた。

 ここ三日間は興行も無いので、思う存分家出しようと思ったが、私は現在天涯孤独の身である。

 実家などないし、落語漬けなせいで友人は皆同業者だ。だからそこを頼れば嫌でも師匠に見つかってしまう。

 ああ見えて師匠は心配性だから、私が家出をしたと分かれば絶対探しに来るのだ。

 となるとやっぱりホテルだろうか。一応それなりにお給料は貰っているし、普段はろくに使い道も無いので貯金はかなりある。


 星野リゾートか、いやここはいっそハワイに行くべきかと考えながら、私は近所の公園でパソコンを開き、華麗なる家出計画を練っていた。

 目が見えなくても、読み上げソフトがあるのでホテルや足の手配くらい造作も無い。

 それに最悪旅行代理店に行けば手続きも簡単だ。

 そうだ、JTBさんに頼もう。もしくはHISさんに頼んでハワイに行こう。

 となれば最寄りの旅行代理店を探さねばと思ったとき、何の前触れも無く、開いていたパソコンがパタンと閉じた。

 おかしいなと思ってもう一度開くと、なぜだかまたパタンと閉じる。

 これはあれか、怪奇現象か! この前酔った勢いで怪談噺を墓場でやってしまったから祟られたのかとあたふたしていると、そこでコツンと頭を叩かれた。


 あまりにも、なじみのある小突き方に、私は思わず頭を抱えた。


「なぜ、家出をしようと思っていたタイミングで……」


 思わずそうつぶやくと、膝の上にあったパソコンの重さが消える。それから側の鞄をあさる音もする。

 確実に、これは帰り支度を整えている音だ。


「ハワイ……私はハワイに行くんです……」


 そう唱えたのに、私は硬い手のひらに手を捕まれ、無理矢理立たされていた。

 他の手なら振りほどけるのに、どうして今、私の手を掴んでいるのはこの手なのだろうと恨めしさは募る。


 ずっとこなかったくせに。


 これまで四十三回決行された家出の時には来なかったくせに。

 今までで一番師匠に腹を立て、ハワイに行こうと決めた今、何故この手のひらが捕まえにくるのか。


「帰るのやだ」


 主張しても、向かう先は確実に師匠の家の方角だった。

 そして硬い手は、絶対離さないという威圧感を放っている。


「……せめて鯛焼き食べたい」


 だからもう、やけっぱちになってそう主張すると、もう一度頭をコツンと小突かれた。

 それから家に帰る前に、角を一つだけ余分に曲がり、私は鯛焼きにありついた。

 でも家には帰された。問答無用だった。

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