09 小雀、準備を始める
正直、私は弟子になるということを少々甘く見ていたと思う。
落語は好きだったが、噺家の制度をよく分かっていなかったのだ。
だから弟子は師匠の面倒を見るものだと聞かされ、私はかなり困った。
そして弟子になったからには、いずれ必ず寄席にたたねばならないと知って、更に困った。
当時の私は、藤先生を笑わせたい気持ちばかりが強すぎて、弟子になるイコール噺家という職業に就くと言う考えに至っていなかったのである。
だが師匠はもうその気だし、藤先生も「君が寄席に出るところを早くみたいな」なんて言うものだから段々とその気にはなっていた。
それによくよく考えると、噺家というのは目が見えなくても出来る仕事である。このままでは大学進学も無理だろうし、目が見えない自分が何をして生きていけば良いのだろうと悩んでいた矢先だったので、渡りに船だと思ったのだ。
そこで改めて、私は噺家の弟子になるのがどういうことかを学んだ。
既に視力は衰え始めていたが、まだ物は見えていたので、グーグル先生や図書館にもお世話になった。
同時に、私は目が見えなくなった時のための歩行訓練や点字の読み方なども始めた。
見習いは師匠につき、お世話などもしなければいけない。そしてそれはきっと目が見えないからといって免除される物ではないだろうと考え、家の中や寄席など今後利用するであろう場所をくまなく歩き、調べ、見なくても華麗に動けるように間取りを身体で覚えていった。
師匠に「おい、ちょっとピーナッツパン買ってこい!」と言われても対応できないようでは、弟子を辞めさせられるに違いないと、当時の私は不安だったのだ。
だから家や寄席はもちろん、師匠がよく利用するコンビニの場所や店内の配置も覚えた。
正直楽な作業では無かったけれど、その頃には金銭の理由で学校も止めてしまったので時間は沢山あったのだ。
師匠と藤先生が学費は援助すると言ったが、どうせならお爺ちゃんを良い施設に入れてあげたかったので、頂いたお金はそちらに使うことにした。
そうして、いつ見えなくなってもいいようにと準備をはじめ、落語の方も「前よりマシだな」と師匠に言われるようになるころ、私は初めて藤先生とキスをした。
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