27

時折、あの日の夢を見る。



決まってこの夢を見る時は大抵この後大仕事になるときだ。



そもそもこの部署が取り扱う全部が大仕事なのだが、五年も隊長を務めればある程度は慣れてきて、それでもこの夢を見る時は更にロクなことが起きない時だ。



ただあの日は、あの一連の事件は自分にとって初めてのレネゲイド災害で。

初心を思い出せと……いや、何故自分がこの道を選んだらのかを思い出せと問われる様な気がする。



あの日、死にたいと思えるほどの挫折を味わった。


この世の終わりと思えるような別れも経験した。


それでも自分は生きていて、何も終わっていなくて、終わらせられるはずもなくて。


カッコ悪くてもいいと、最後の最後まで足掻きに足掻いた。



十年経った今、自分はあの日よりも強くなれただろうか。


優しい人になれただろうか。


守れる人になれただろうか。


自分自身に何度も問いかけて、その答えはまだ出ない。


そのどれにもなれるように努力は続けているが、まだあの人達みたいになれたかはわからない。



それでも、許せることが増えた。

笑い話にできるようなことも増えた。

悩み事も不安も増えたけど、それでも大切な人達が悲しくなければ、笑っていてくれれば幸せだって思えるようになって。



自分はまだ未熟だけれど、きっとあの頃よりは————





「隊長、隊長」




————ガタン、ゴトン、と体が規則的に揺らされている。



普段は輸送機やヘリばかりで、列車に乗るのは久々で、振動さえも心地良く感じて気がつけば微睡の中に落ちていた。


そんな微睡からも、副官の彼女の声で呼び戻された。


「ああ、すまん」

「おはようございます、隊長」


目を覚ませば一面に広がるモニターと計器の数々。隊服にに袖を通しながらそれらに目を向ける。

モニターの一つには既に幾つかのレネゲイド反応が確認され、その全ての情報が一秒ごとに更新されている。


ここは"レネゲイド災害緊急対応班 マルコ"が所有する装甲列車の内部。

前方には地上の楽園と名高い、豪華寝台列車"マリンスノー"が東京に向けて走り続けていて、そして今その楽園が戦場になろうとしている。

「状況は?」

「今のところ異常は無し。エージェントの一人がもうじき対象と接触すると思われます」

「あとはMM地区支部のエージェントの潜入と横浜駅での制圧がうまくいけば……か」

「この装甲列車を使わないといいんですけど……」

「ま、あの人のとこなら大丈夫でしょ」


"尾張禅斗"が率いるMM地区支部。支部長の先見の明はさながら幾つもの未来を見ているように、どんなイレギュラーにも対応すると言われていて。

彼が率いるエージェントも手練れが揃っていて作戦完遂能力も高いとのこと。

まあ、彼らのことはよく知っているのだが。


だから、きっとこっちで問題が起きなければ————



ビーッ!ビーッ!



誰が聞いても警報とわかるようなつん裂く音が車内に鳴り響く。

何も起きなければと少しでも思った自分を呪いそうになる。というかなんならもう呪ってる。

モニターの殆ども真っ赤に染まっていて、異常事態が起きている事など確認するまでもなく明らかだ。

「マリンスノー内部より強大なレネゲイド反応を確認……!!覚醒者多数、一部はジャーム化しています!!」

「モニターに出せるか」

「メインモニターに映します!!」

そして彼女が言うと同時、映し出されるは車内の乗客が次々と倒れ次々とオーヴァード、或いはジャームへと変異していく光景。


「地獄みてぇだ……」

思わず、口ずさむ。


あの日見た光景のようで、命の在り方が変えられてしまっていって。


何もかもが歪んでいってしまって。


刻一刻と命が失われていって。


ただ、それでもそれ以上に。

「ま、それでもあんときよりゃマシか」

あの日味わった絶望と比べたら、幾分かマシに思えた。


「隊長、これはレネゲイド災害クラスです!早急に宣言が必要と思われます!」

「ああ、みたいだな」



破魔の力を有した一振りの刀をその手に、仲間達の方を向いて。

きっとあの人が、"マリア"さんがしたように。


「これより本事象をレネゲイド災害緊急対応班マルコ隊長、"内藤 垂眼"の非常時権限を以って『レネゲイド災害』と認定!!全員俺より先に死ぬなよ!!」

「了解!!」


強大なる力に立ち向かう事を決意して、その手の力を強く握りしめた。



昔ならば足が震えて躊躇いの一つでもあっただろうが、もうこんなことには慣れきっていて。

「つーことだ。行ってくるぜ副官殿」

それに何より、今の俺たちには、

「うん。行ってらっしゃい、タレメ!!」

"希望イリス"がそばに居るのだから。



いつものように、あの日のように。剣に、両の足に風を纏わせて。

軽やかな足取りを確認しハッチが開くと同時にその目で目標を定かにして。


距離が縮まり届くギリギリに達したその瞬間、地を蹴り一気に跳躍。


まだ見ぬ明日に踏み出した時のように。限界超えたあの時のように、

「さーて、やってやりますかねぇ!!」

力強く、その先へと一歩を踏み込んだ……






————あの日から、変わらず日々は訪れている。


当たり前のように明日が来て、当たり前のように今日を全力を楽しんで。


綺麗なものに触れて、何度も嬉しいと思える日々を過ごして。


この平和な時は、決して変わる事なく時は流れてきた。



ただそれでもいつの間にか色んな事は変わっていった。何より、気づけば俺たちは大人になっていて————




かつて自らを災害と呼んだ少女も、己の弱さを呪った少年も、もう……旧い思い出だ。



〜Fin〜

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