第17話 決死

死闘繰り広げられる黄昏時の海にかかりし大橋。少年の肢体は宙を舞い、赤き飛沫が空に溶けていく。

「垂眼ェ!!」

叫び声も虚しく、その命は儚く散って。彼の身体から力が抜けた……


刹那、彼の体を青き光が包み込んで行く。優しく、暖かな光が彼の傷を癒やし、その身体に再度力を与えて。

「前にも言ったけどな……」

「っ……!!」

「一回ぐらい死ぬのは想定内なんだよ……!!」

創造。着地するよりも早くその右手に剣を創り出し、弾丸放たれたその先へと投射。

「っ……クソッタレ!!」

命中したその腹部からは血が溢れ、確かな傷跡を残す。

「ニベル!!」

「分かってますよ……!!」

彼は即座にその姿も、溢れる血も消して後退する。このまま体制を立て直し、再度攻撃に転じるために。


だが僅かな綻びが、全てを覆す起点となる。

「逃がすかよォ!!」

カケルは姿を消す間さえも惜しんで、地を力強く蹴り一気に前へと躍り出る。

「行かせねえ……!!」

騎馬のレギオンは遮るように、炎で己と彼を囲むように繰り出し、それより先に行かせんと立ち塞がる。

「死ねよ……この猫野郎……!!」

繰り出されるは最大電圧、最大火力の槍の一突き。それが確かにカケルの胴体を捉え、確実に傷を負わせることは一目瞭然だった。


それさえも、彼の目論見通りだったが。

「ンなのがカケル様に通用するかよォボケ!!」

繰り出されるカケルの鋭く、肉を、心臓を抉る一撃。炎雷の槍を喰らいながらも決める様はさながらクロスカウンター。

「ゴッ……フッ……しくっ……た……」

「カトレアちゃん……!!」

彼女の口からは血が溢れて。それでもまだその槍は決して手放さず。

「でも……私だってなぁ!!」

再度、もう一撃喰らわせんとその槍を突き出す。当たれば確実に仕留められる。

だがその思いが、焦りがその狙いを鈍らせて。

「見えてんだよ!!」

「しまっ……!?」

回避。鈍った刃では彼を捉えられず。カケルは繰り出されたそれを掻い潜り、その柄を駆け上るように一気に距離を詰めて。

「タダで死ねるかってんだクソアマ!!」

「っ……!!」

繰り出された一薙。血飛沫が舞い、喉笛より出でた赤は僅かだかだが、命を奪うにはあまりにも十分で。


「ごめ……ん、隊……長……ナタリア姐……さん……」

少女は空気さえまともに通らなくなったその喉から、最後の言葉を絞り出す。

「シャル…………ミ…………」

懺悔を、守りたかったその人の名前を言い切って、少女の身体は崩れ地に落ちる。

命尽きて地に臥した体は、次第に解けるように光の粒へと変わっていく。黄昏の空へとその光は登って、静かに、静かにその身体は消えて行って。

「ハァ、ハァ……残念ン……!」

骨一つ、身一つ何も残らず。そこには彼女が大きく傷を与えた彼のみが立っていた。


「よくも……!!」

怒りに駆られたまま、ヴァシリオスは剣をその手に一気に駆け寄る。

隙だらけの今ならば好機。確実にカケルの命を奪わんとより赤を纏わせ剣を振るう。

しかしそれは突如重くなって、まともに振るう事は能わず。

「仲間殺られて頭に血でも登ったか、ジジィ?」

「貴様……ッ!!」

同時、禅斗の挑発に彼自身まともな判断能力を失って。


その隙を彼は見逃さず、不可視の獣は一気にその地を駆ける。

「ハッ……傷も姿隠したつもりだろうがなぁ!!」

その牙を、爪を研ぎ澄まし狙いを定める。それは僅かに血が滴り、空気揺らいだその場所。

「血の匂いがプンプンしてんだよォ!!」

「チィっ……!!」

長銃のレギオンはもはや後退は無理と判断して、その身を現し照準をカケルへと合わせる。

だが、奇襲の最中で彼が体制を立て直す間が生まれるはずもなく。一つ一つの所作を行うたびにその距離は詰められて。

「っ……クショウ……!!」

「遅ェんだよ!!」

引き鉄に指をかけたその時にはもう遅く。その爪は既に彼の腕の内側に入り込んでいて。


「ああ……クソ……」

穿ち、貫く。彼の鋭く、重い一撃が長銃のレギオンの心臓を打ち砕いた。

「結局……あの日と変わらねえじゃねえか……」

溢れ出す赤。悔恨を口にすると同時、その体躯は黄金の光に包まれ、解けてゆく。

「隊長……姉御……あとは宜しく……頼んます……」

最後の力を振り絞って手を伸ばす。決して届かぬと分かっていても、伸ばさずにはいられずに。

そして力が抜ける頃にはその身体は空へと溶けて、黄金の光の粒だけが空に煌めいていた。


「よくも……よくもニベルさんを……カトレアちゃんを……!!」

そしてもう一騎、騎馬のレギオンは怒りと憎しみに身を任せてその力を行使する。

山が如くその地は隆起し、これ以上の攻撃を拒む彼女の意思を反映するかのように。


されどマリアはそれさえも気取っていたか、既にその間合いは詰められていて。

「お前達にもそれぞれ想いがあるのだろう。だがな————」

「くっ……!!」

咄嗟に彼女を遮るようにその力を繰り出すも、既に彼女は霧と消えて。

「私達も、譲る訳にはいかないのだよ」

間合いに捉える。もはやその命を裂くのは時間の問題で。


「シャルミ!!」

大盾構え、彼女は駆け出す。これ以上奪わせまいと。己の命を賭してでも彼女だけは守り抜こうと。もう誰も失いたくないと、

されど、その想いはは彼女も同じで。

「っ……!!」

彼女の行先を遮るように地は出でて。彼女は一人が助かるかもしれないという可能性よりも、片方が確実に生き残る道を選んで。


「安らかに眠れ」

赫の剣線が、感慨なくその体躯を両断する。

「っ……ガッ……」

溢れ出た赤は爆ぜて、その命を音もなく呑み込んでいき。

「ぅ……あ……」

もはや少女が生き残る術はなく、その命は失われて。

「私……今度は役に、立てた……かな……」

それでも最後に、傷ひとつなくそこに立っていた彼女をみて僅かに微笑む。少しでも、少しでも次に繋ぐことができたと目にして。

そして彼女も消えていく。仲間達が夕空に溶けたように、また彼女も光の粒となりて。その願いを胸に、あるべき形へと還っていった。



僅か数秒、その間に三つの命が消え去った。慈悲もなく、彼らは己が敵を葬った。


だがこれは、相容れぬ者達の戦い。他方を蹂躙してでも叶えたい願いが、救いたい命がある。

それは互いに理解して。故に慈悲が、同情が最大の侮蔑であることも理解していた。


加えて少年は青き光に包まれ、彼女の存在を確信していた。

「ああ……イリスには助けてもらってばっかりだな」

彼は確かにあの時命を落とした筈だった。もはや限界を迎えた身体では、オーヴァードの超常をもってしても死を受け入れざるを得なかっただろう。

それでも彼女が、イリスがそれを望まなかった。最後の力は誰かの為に、彼女が大切だと思う人達に分け与えて。

それを知って、余計にその願いは確かな物となって。


だが、彼らも譲らず。彼らを信じ、その身を呈して少年らに一矢報いた同胞に応えねばならない。

失われた悲しみよりも、奪われた怒りよりも、答えんという使命感は強く彼らの背を押して。

「隊長」

「ああ、分かっているさ」

先程までの狼狽も嘘のように、彼らは冷静に冷徹に眼前の敵を見据える。


「さァ……もっとやろうぜ……ナタリアよォォォォォ!!」

彼はその爪で、牙で闘志を表す。己が認めた彼女に最大限の敬意を向けて。

「……あの時、君の子分になるのも一つだったのかもしれません」

彼女はほんの少し、小さく笑みを浮かべる。


それも僅か。今まで誰に見せた事もない、冷き闘志を纏いて。

「だが私は黄昏大隊の副官。同胞の未来の為、理想を果たさん為、貴様らの攻撃全てを受け止めて見せよう」

凍てつく眼光が彼らを睨み、彼女の覚悟がここに示される。

「悪いけど、押し通させてもらうよ」

少年も剣を構え、その覚悟に応えて。

「ああ、来るがいい」

彼もまた、彼女と共にその一歩を踏み出す。



互いに退く事はない。

託された想いをその背に、願いをその手に。



ゴングは鳴らず、甲高き鉄の音が夕空に鳴り響いた。


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