第16話 死の先へと行く者達

青き雪は橙の斜陽に照らされて空に煌めき、海繋ぐこの架け橋を満遍なく優しく包み込む。

エレウシスの秘儀、いや少女が残した最後の命の、祈りの力。その一つ一つが彼らの傷を癒やし力を分け与え、彼らの最後の力を引き出す。


幾度と無くぶつかり合う力と力。そこには理想も大義もなく。

ただ、誰かを救いたいという願いだけがそこにはあった。


「来るぞ……!!」

剣を構えるマリア。その正面には己の血を纏わせ身の丈を優に超える大剣を手にしたヴァシリオス。地を蹴り加速、即座に距離を詰めて得物を軽々と振り抜く。

「重い……!!」

対しその一撃は重く、カケルと垂眼は回避するがマリアは受け切ったが故にその体芯が揺らぐ。

だが隙を晒したのはマリアのみならず彼自身も。

「ガラ空きだぜェ!?」

姿を消し跳躍。カケルは音もなく忍び寄り、彼の心臓目掛けその鋭爪を疾く繰り出した。


衝撃、と同時、彼の爪は肉を抉らず、弾かれて。

「侮るなよ。私という盾がある限り、彼には傷の一つも付けさせん」

「やるじゃねぇか……ナタリア!!」

大盾のレギオンの鋭き眼光が彼の存在を捉え、重き盾の一撃が彼に叩き込まれる。

「貰った……!!」

「いいや、遅い!!」

その隙に差し込まんと繰り出された風纏し短剣。だが大盾のレギオンはそれにさえも反応し右手に持つ剣で弾く。

重ねて、少年目掛け鋭き一蹴。

「ガッ……!!」

「前より動きは良くなったが……まだ甘い……!!」

体制立て直した彼によって叩き込まれた一撃。垂眼の体は大きく宙へと放り上げられる。

繰り出されん追撃。しかし彼らはその場に縛り付けられて。

「流石、MM地区支部を統べるだけあるか」

「お前にはやらせんよ」

僅かなれど、垂眼とカケルに後退の隙が生まれる。


刹那、彼とマリアの周りの大地が隆起しその動きを妨げる。

守るに難く、攻めるに易い地形が生み出されて。

「アンタらの相手はアタシ達だ!!」

同時、山が如く隆起した斜面を騎馬のレギオンたる彼女が炎雷の槍片手に一気に降り降りる。

「っ……ぐッ……!!」

速さと重みを兼ね備えた一撃。マリアは受け止めるが僅かに守りを漏れた炎雷が彼女の肌を焼き切る。

「どうしたどうした、この程度かUGN!!」

「この程度な訳……無いだろう……!!」

振り抜かれる赫き刃。騎馬のレギオンの槍は弾かれ、その顔に一筋の傷が刻まれて。


だが、次の瞬間には彼女の身体に悪寒が走る。何者かに命を掴まれたような、本能が恐怖したような気がして。

「ターゲットロック……カトレアちゃん!!」

「応さ……シャルミ!!」

「ク……ソっ……!?」

槍撃。刃がその身を抉り、炎が傷を裂く。雷はその傷を通じて体の奥深くまで痛みを与える。

明らかにその狙いは先ほどよりも鋭く、

「マリア!!」

咄嗟にカバーに入ろうとする禅斗。されどその手を翳すよりも早くその手は撃ち抜かれて。

「悪ぃけど、やらせねえよ」

「っ……!!」

目を向けた先には照準をすでに合わせ終えた長銃のレギオンが。

既に引き鉄には指が掛けられて、銃口が火を吹いたその瞬間。

「させねえ……!!」

垂眼の迅速なる刃が長銃のレギオンに一撃を刻み込む。

「逃さねえよ!!」

「チィっ……!!」

二の太刀が振るわれるが、光を纏い素早く離脱した長銃のレギオンを捉えることは叶わず虚空を切り裂いて。


戦場に再度静寂が訪れる。

互いの力は拮抗し、決定打は与えられず。

「大丈夫っすかマリアさん」

「ああ、この程度であれば問題はない……が」

それでも僅か、僅かだが少しずつその傷は命を侵していく。

「やはり強いな」

「路地裏のアリみてえだ」

加えて彼らの恐ろしい程に統率の取れた動き。長年共に戦ってきたが故にその動きに粗などはなく。それでいて想定外に対応できぬほど緻密な訳でもなく、隙という隙は見当たらない。それは以前戦った時である程度分かっていたはずのことでもあった。

だが今の彼らはブラム=ストーカーの従者として動くわけではない。それぞれが確かな意思を持ち、かつて戦場を駆け抜けた時と同じようにその力を行使し彼らを追い詰める。


今までの純粋な強大な力とは違う、彼らが人であるが故に生じる強さ。

心あるが故に、彼らもまた願いを有するが故にその強さはより際立って。



だからと言って、彼らも負けるわけにはいかない。

「行ってこい垂眼……!!」

「行ってきます……!!」

瞬間的な空間転移。緑髪の騎馬のレギオンの懐に飛び込みその剣を構える。

この地形を、場を支配している彼女にこれ以上好きにさせるわけにはいかず。

「ニベル、ナタリア!!」

「あいよ……っと」

「了解」

彼らもまた彼女を落とさせるわけにもいかず、弾丸の雨と剛靭なる盾が彼の前に立ち塞がる。

「あんたが相手か」

「ああ、始めようか少年」

彼が剣を振るえばその先には大盾が構えられていて。甲高い音と共に弾かれると同時、壁が押し付けられるようにその盾が一歩、素早く強く前進する。

「喰らわねえよ……!!」

剣を投げ捨て、その手で盾を掴み身軽に乗り越える。狙うは騎馬のレギオン、故に彼女を倒す必要がないことは理解していて。

「させねえよ、ボウズ」

「っ……!!」

それを長銃の彼も理解していたが故に弾丸は彼を目掛けて飛び、その隙に彼女は地形を操作して垂眼の間合いから離脱する。


それと同時、辺りの地面は一気に姿を変えて垂眼に牙を剥く。

「このくらい……!!」

「分かってる……私の力だけじゃ勝てないってのも!!」

彼女が狙うは彼への決定的な一手ではない。彼への一打となる、彼らへの布石。

「ニベルさん、ナタリアさん……!!」

「ああ!!」

クロスを組んだ大盾と長銃の二体のレギオンによる連携攻撃。上下左右共にその火線に包囲され、逃げ場さえも彼にまともに回避する余力があるわけもなく。

「これで……終わりだ!!」

剣が振われる。彼の体を捉えんと、肉を切り裂かんと。


だがそれらが裂いたのは何一つない虚空。

「なっ……!?」

「当たらねえよ……!!」

幾つもの死闘を乗り越えた彼にこの程度の搦手では彼を縛りつけることは能わず。彼は風纏いしその足で二つの死線を潜り抜けて。

「このまま……!!」

駆ける。剣を片手、疾風の如き足取りで。

そして騎馬のレギオンをその間合いに捉え、振りかぶった瞬間————



その傍らで彼は一歩、音もなく素早く距離を詰める。

「先の売られた喧嘩、買わせてもらおう」

「来いよ、ヴァシリオス」

空を切り、風鳴らす赫の剣。その命を断たんと力強く振り下ろされる。

だがそれは音もなく、禅斗の眼前僅か一寸の所で動きを止めて。

「その程度か?」

「言ってくれるじゃないか」

ピンポイントの重力制御。それはたしかにその攻撃を受け止めると同時、彼の動きも縛り付けて。

「けどお前の相手をするのはオレじゃない」

同時、死角より現れたるは爪を研ぎ澄ました不可視の獣。

「ッシャオラァ!!」

「強い……だが……!!」

咄嗟に二本目の剣で受け耐え、もう片手を離し一歩飛ぶと共に間合いを図らんとする。

「逃がすか……!!」

その僅かな隙さえも捕らえんと彼女は己が得物に赫を纏わせ、逃げ場の無い不可避の斬撃を放たんと構える。

「させっかよォ!!」

それよりも早く、赤き騎馬のレギオンが炎で彼らを隔てて。

「この程度の炎……!!」

それでも火の中を駆け抜け剣を振り翳す。この機を逃す訳にはいかない。確実な勝利の一手を掴まんと、己が身を顧みずにその身を焼かれながらも無理矢理一歩踏み出して。


だが僅か、僅かな躊躇いが彼の足が地につく間を与えてしまって。

「掛かったな」

「っ……!!避けろ、垂眼!!」

「遅い」

禅斗は未来を見た。僅か先であれどその未来を。されど彼に叫ぶよりも早く、宙に浮かんだ彼の血がその形を鎖へと変え、彼ら目掛け飛んで。

「くっ……!?」

「っくしょう邪魔クセェ!!」

「いい趣味してんじゃねえかジジィ……!!」

マリア、カケルには防御の猶予は与えられずその腕は捕らえられて。禅斗もその足を縛られまともに動くことは叶わず。


そして敵目掛け駆けた垂眼も反応は間に合わず。

「っ……!?」

少女は眼前。にも関わらず僅か数メートルの距離を詰めることはできず。

「今度は……もう失敗しない……隊長達の足手纏いになったりしない……!!」

少女が力を行使すると同時、身体が宙に浮く。地は勢いよく彼を空へと打ち上げ、無防備となって。

「させっかよォ!!」

カケルが彼を救わんとその地を蹴り出すが、炎が噴き出し彼を遮り、彼女が立ちはだかる。

「テメェの相手はアタシだこの猫野郎!!」

「邪魔すんじゃねェ!!」

その爪牙で目の前の相手を斃さんとするが、それでも彼は間に合わず。

「間に合わせる……!!」

「いいや、お前は私が通さんよ……!!」

マリアも駆け寄らんとするが大盾のレギオンが彼女の行手を遮る。

腕を縛られた彼女では守る事に長けた彼女を押し通ることも叶わず。

弛んだ鎖が張り詰め、宙に浮いたその身体が固められて。その間を彼が、長銃のレギオンが見逃す筈はなく。

「ターゲットロック……ニベルさん……!!」

「っ……!!」

彼の命も同時に縛られる。もはやその死は、覆しようのないものとなりて。


構える。その照準の先には少年の身体が。

彼の思考はただ一つ。対象に確実な、最大限のダメージを。

「悪ぃなボウズ」

故に無駄な弾も、余計な正確さもいらない。

「アイツらの為、隊長の為、死んでくれ」

感慨なく、冷静に冷徹に指掛けた引鉄を引く。


撃鉄が降りると同時、乾いた銃声。

発火炎が見えるよりも早く鉛弾が彼目掛けて飛んで。

「アッ……ガッ……」

聞こえた銃声は三つ、同じ数の穴が彼の心臓に開けられて。

「垂眼ェ!!」


カケルの叫びも虚しく、血飛沫が黄昏の空に溶けるように舞い散る。


鎖が再度弛み彼の身体が力なく地へと落ちて行き。


運命決す黄昏の死闘。

今、一つの儚き命が空へと消えてゆく……


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