第12話 激闘

ランドマークタワー 地上階


幾度となく爪牙と刃は交錯し、その度に鈍く硬い音がフロアに鳴り響く。人の目では見えぬ速さで軌跡は描かれ、されどそれがどちらの身体と交差する事はない。彼が振るいし重斧と鋭槍は死角からの一撃も、音速の連撃も全てまるで子供と戯れる大人の様に軽々といなしその全てを捌き切る。


「どうした、その程度か?」

「なんつー動きだよ……!?」

垂眼の斬撃を槍の柄にて受け止め、そのまま腕を絡めとり蹴りを叩き込む。浮いた体躯はそのままガラスまで飛び、叩きつけられた背中を中心にしてヒビが広がった。

「あがっ……!!」

「テメェ、俺の子分に何してくれやがる……!!」

マスターキュレーターの斜め後方、姿を消したままのカケルがその爪を繰り出し振りかぶる。だがそれよりも早く振われた石斧。鈍重な衝撃と肉体を砕かれる痛みがカケルの体を駆け抜ける。

「ってぇ……!!」

「見えなくてもお前は臭うんだよ……このケダモノが」

彼の一撃は見えていたから放たれていたものではなく、カケルがそこに来る事を予期した上でその刃先を置いていた。故にカケルにも回避する術はなく、そのまま第二撃が繰り出されんとする。

「ぐっ……!?」

それよりも早く、彼を重力の枷が縛り付ける。追撃を放つには余りにもその身体は重く、カケルへの重撃は届かない。ただそれ以上に迫る強大な一撃に彼は備えた。

「はあああああっ!!」

振り下ろされるマリアの血刃。遺産、"聖者の遺骨"によって強化された鋭刃を受けるのは容易ではなく。

「受け止めた……だと……!?」

されど彼が持つ二つの遺産は軽々とまでは言わずとも、確かにマリアの斬撃の勢いさえも打ち殺してしまった。

「さて、ただの剣でここまでとは……些か評価を改めなければならない様だ。故に———」

「っ……!!」

重力の枷の中にも関わらず、流れる様に重心をずらされた。力は行き場を失い、マリアは体の平衡を奪われる。

「本気で、貴様を殺すとしよう」

「あがっ……!!」

叩き込まれる一撃。石斧は体を裂かず。されど鈍く、重い一撃が彼女の内臓を圧し潰す。

「マリア!!」

「そうそう、お前もだったな」

叫んだ禅斗。次の瞬間には閃光が彼の体を射抜き。遅れてやってきた痛みと共に膝をつく。閃光、だったはずの物は槍へと姿を変えてマスターキュレーターの右手へと再度収まった。

「今……のは……」

「神槍グングニル、と言えば貴様らでも理解できるかな?」

「グングニルだって?お前の武器としては役不足も甚だしいな」

したり顔で語るマスターキュレーター。禅斗は挑発を続けるが、彼の言葉の通りその場の全員が理解する。その脅威を、力を。

神槍グングニル、それは北欧神話における主神"オーディン"が扱いし絶対の勝利をもたらす栄光の槍。決してその投射は射損なう事なく、命を奪いし後も持ち主へと変える最強の武具の一つ。


加えて、その一撃で体を砕かれた彼女も気付く。

「なるほど……その石斧はカナダ支部から強奪された筈の"ジュラシックレコード"か……」

「ご名答。さすが数多ものレネゲイド災害を、遺産を封印してきたR災害対応班の一員と言ったところかな?」

ジュラシックレコード。その名の通りまだこの地球を恐竜達が闊歩していた時より残り、今までの生命の歴史の記録とも言える石斧。炎を恐れるようにはなるが、人の潜在能力を引き出しその身を強靭なる物へと作り変える。

今彼らが相対しているそれらは人智を超えた神の武装、そしてこの世界の歴史とも言える想像を絶する存在。並大抵のエージェントならば、まともな精神を残していればそもそも立ち向かう事自体が愚かだと思わされる代物ばかり。


ただそれは、あの災害に命を賭けて立ち向かった彼らには当てはまるはずもなく。

「っ……らぁああああっ!!」

「ほう、あの一撃を受けてまだ戦意を喪失していないのか」

「まだ一度も死んじゃいねえからな……!!」

幾らか血に塗れながらも少年、垂眼は剣を構えその強大なる存在に斬りかかった。

「全く、無駄だという事を理解するといい……!!」

「っ……ぐっ……!!」

もはや彼の剣軌を理解しているかの様な巧みな槍捌き。反撃に繰り出される重斧を受け止めながら、それでも彼は幾度となくその剣を振るう。

「シャアアアアアアアッ!!」

そしてそれに合わせる様に繰り出される死角からのカケルの爪撃。鋭くマスターキュレーターの皮膚に食い込み、僅かなれど足を止める。

「この……猫風情が……!!」

「させん……!!」

カケル目掛け繰り出される鋭い蹴り。されどマリアが一撃を挟み込む事でそれは届かず。

決して傷をつけることは出来ずとも、それでも彼ら全員の力を持ってすれば足は止め、戦況を拮抗させることだけならばそう難くないものとなっていた。


無論、それを彼が許すはずもなく。

「しつこいのは構わないが、私ばかりに構ってていいのか?」

マスターキュレーターは含んだ笑みを浮かべながら彼らの後方、イリスを指差す。そちらに目を向ければスーツの男、キュレーターズが二人。

「マリアさん……タレメ……!!」

イリスを奪い去らんとその両者が武器を取りイリスに襲い掛からんとしていたのだ。

「貴様……!!」

「卑怯とは言うまい?力尽くで奪うと言ったのだからなァ!!」

繰り出される両の武器から放たれる重撃にマリアは足を止める。


瞬間、彼は一歩引きその槍の狙いを定める。ただその視点は禅斗にも、マリアにも垂眼にもカケルにも合っていない。

「駄目だ、奴にその槍を———!!」

即座、彼らはその狙いを理解する。彼の狙いはイリス。だが距離を取られれば放たれる閃光を止める術などなく。

「遅い……!!」

解き放たれるや否や、それは一筋の光となりて。少女の体は揺らぎ、背後へ飛ばされ仰ぎ倒れた……


「イリス……!!」

愚行、それを理解しながらも垂眼はマスターキュレーターから背を向け駆けだす。無論それを彼が逃す筈もなく。

「まずはお前だ……小僧……!!」

構えられる二つの遺産、だが垂眼の意識は全てイリスに。その外からの攻撃を認識はしていても反応は遅れ、即座に彼の体を抉り裂かんと刃が空を切る。

「キューー!!」

「ぐっ……!?」

それよりも早く彼の意識の外から白きクジラが彼の体躯を揺らがせる。同時、それは彼女がまだ無事であることを示す。そして彼の目の前には傷を負いながらもイリスの前に立ち塞がる麗人。

「ナタリアさん!!」

「約束した筈です……彼女は私が守ると……!!」

決してその傷は浅くなく、それだけの声を出せば傷に響くだろう。それでも彼女は皆を鼓舞させるような声を一帯に響かせる。

「ナタリアさん……怪我して……」

「大丈夫、この身がどうなろうとも貴方には指一本触れさせませんから」

一転優しく彼女に喋りかける彼女。イリスがまばたきした直後には既に戦士としての目を取り戻していた。


「貴様が邪魔をするとはな……ナタリア!!」

瞬間、距離を詰め両刃を振り下ろすマスターキュレーター。ナタリアは華奢な身体からは想像も付かぬ強剛なる体躯にてその一撃を受け止める。

だが、

「っ……!!」

痛みに体が揺らぎ、意識も一瞬飛びかける。それでも覚悟の下に再度体軸を強固な物へと変え。

「貴方には……いや、貴様には彼女は奪わせん!!」

「ほう……!!」

二つの遺産による重撃を受け止め。そして合わせるように放たれたキュレーターズの攻撃も全て弾き返した。


「……ナタリア、君が彼らに与するとは少し予想外だったな」

武器を下げ彼女に語りかけるマスターキュレーター。彼女も決して間合いからイリスを出さずに口を開く。

「まさか、同じFHだからと言って私が貴様に迎合するとでも思ったか?理想もなく、ただ欲望のままに力を欲さんとする、貴様のような男に」

「酷い嫌われようだな。仮にも君に第二の生を分け与えたと言うのに」

「だから?それがどうした。我々はあの日彼らに敗れ、理想もそこで潰えた。ならば得たこの命は償いの為、未来の為に使うと決めたのだ」

冷たく軽蔑混じりの眼差し。もはや彼女の信念が揺らぐ筈などなく、彼女が裏切らないことは誰が見ても明らかだ。

「ならばその理想が蘇ると、続くと言ったらどうする?」

その言葉を聞く、その時までは。


「我々の理想が蘇る……だと……!?戯言は……!!」

「戯言などではないさ。何より君が蘇ったのがその証拠だろう?」

揺らぐ。その体軸のみならず、信念さえも揺らぎそうになる。

「私はディオニューシアの極光、そして"パナテナイナの聖宴"の二つを用い君に生命を分け与えた。だがこれはあくまでも不完全な再生。数日後にはその身体も泥人形のように崩れ去るだろう」

「だが私は……」

「エレウシスの秘技を私に渡せ。そうすれば君も、君の仲間達も蘇らせよう。無論君のように、生前同様の姿でね」

彼は手を差し伸べる。ナタリアがイリスの方を見れば怯え震え、それでも彼女からは逃げようとせず。



————惑う。


もし、仮にあの日の続きを見れるならば。

かつて救えなかった物を、守れなかった物を、この手にできると言うのならば。


歪みなど無く、真っ直ぐにその理想を追えるのならば。


そう思うと、この心が揺らぎそうになる。

「さあ、選びたまえ。君はどうしたい?」

この手を取れば、いつか夢見た日を見れるのかもしれない。


その背後、マリアが彼を殺さんという気迫で迫り来る。きっと今この手を取らなければ、その道を捨てる事になるのだろう。

そして二度と好機が訪れることもないのだろう。


ゆえに、私はただ一言————

「……すみません」

「ナタリア……さん……?」

少女に告げると共に、彼女に手を伸ばした。





「やめろ、ナタリア!!」

叫ぶマリア。イリスに手を伸ばす彼女を止める術はなく、それでも最善を尽くさんとその太刀を最大の物とする。


諦められるわけがない、許せる筈がない。力に苛まれ、日常さえもまともに過ごせず。誰かを思うが故に自らの命さえも捨てようとした彼女が、ようやく一人の少女として平穏を歩み始めたというのに。それを奪わせる事を彼女に許せるはずもなく。数多もの命が失われるのを目にしてきた彼女だからこそ、全力で、その命さえも賭してそれを阻まんとする。


それでも、間に合わない。


僅か3秒、その僅かな時間でも彼らが事を成し遂げるにはあまりにも十分すぎた。


刹那、

「っ……イリス!!」

鮮血が舞い散ると同時、白いタイルに幾つもの赤い斑点を作り上げて。彼女が手にした剣は血に染められて。

「……何のつもりだ、ナタリア・メルクーリ」

「これが、私の答えです」

マスターキュレーターがその場所に膝をついていた。


同時、左手に持つ石斧があまりに重く、その手で支えるので精一杯に。

その隙をマリアは逃さず。

「畳みかけろ!!」

「チィ!!」

振り抜かれるマリアの刃。マスターキュレーターは咄嗟に右手の槍で受け止めるが、明らかに先ほどよりも力なく後退り。

「っしゃオラァ!!」

「ガハッ……!?」

死角からの一撃を認識するには時は足りず。カケルの鈍重なる拳がその体躯を潰し、爪が抉り。

「お前だけは許さん、マスターキュレーター」

解放された魔眼は圧縮され、その密度は星をも呑まん黒星となりて。

「貫け、我が奥義」

「させん……ッ!!」

閃光と黒の流星は交差し、互いの身体を抉りその傷を広げた。


そして少年はその剣に風を纏わせ、己の間合いへと彼を捉えた。

「貴様のようなガキに……!!」

「ガキにはガキなりの意地があるんだよ」

紡がれる幾つもの剣線。それぞれの線が幾度となく交差し、それでいてその命とは交わらず。ただそれでも何度もその剣はマスターキュレーターの皮膚を掠め、傷は付かずとも命を脅かす。それは垂眼とて同じ。全ての一撃が致命的で、どれに命中しようとも彼の命が散らされるのは明らかで。

それでも彼はそこに立ち続け、再度加速。

「何故だ……何故貴様のようなただのガキにこの攻撃が避けられる……!!」

「さあね。ただ俺にも一つだけわかるよ」

弾く。マスターキュレーターの一撃を迎撃すると共に甲高い音が鳴り響いて、

「お前は、アイツヴァシリオス程じゃない」

鋭い蹴りが、確かにその男を吹き飛ばしたのだ。



地を転がり、血痕が散らされていく。それでも手放すわけにはいかない、誰に渡すわけにもいかない。そんな歪んだ執着に囚われながら彼は両の手に武器を強く握りしめる。

やはりそれでも左手には違和感が残っていて。まるで遺産が自分自身の意思で拒んだようで。

そしてナタリアの手に握られた剣を目にして確信した。

「鬼切の古太刀……!!そういうことか……!!」


"鬼切の古太刀"、マルコ班に支給された解呪の武器。どの班にも一つ一つ解呪の武器は支給されど、この遺産はそのどれの中においても最もその属性の強い武装。

魔、それもレネゲイドによって生じた呪いを断ち切る刃、それが鬼切の古太刀だ。


ナタリアの斬撃はマスターキュレーターとジュラシックレコードの繋がりを断ち切り、その力は目に見るように衰えて。それでも彼はその歪んだ欲望を離さず。

「私は諦めん……諦めんぞ……。私は全ての遺産をこの手にする……この世全ての力を、私の手にするのだァアアア!!」

構えるは神槍グングニル。その狙いは少年に。

「私をコケにしたその罪、命をもって償え!!」

「タレメ!!」

「避けろ、垂眼!!」


少年は駆ける。それが放たれるよりも早く、ただ真っ直ぐに。

閃光はそれより速く、音を置き去りにして空に一筋の線を描く。


二つが交差する瞬間、全ての戦いは終わりを迎えんとしていた……


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