第11話 終幕

ランドマークタワー 展望階


平穏を打ち壊す銃声と喧騒。全面ガラス張りのこのフロアでは空覆う極光がその異常さをより際立たせる。


そして男はその中で舞うが如く空を駆ける。

「う、撃てええええ!!」

「コイツ一人に何人やられた!?」

「クソ、せめて屋上のアレが動くまで持ち堪えろ!!」

「おいおい、そんな腑抜けてちゃ美女たちも振り向いちゃくれないぜ?」

熱波による防御。銃弾は全て速度を失いその場に落ちていく。装填の合間に放たれた鈍重な蹴りは次々と脅威を排除し道を切り開き、もはや彼が通った跡には起きている者は一人としていなかった。


「よーし、全員生きてるか?」

静寂の訪れたフロアで振り向くジャンカルロ。彼の部下達とアイシェ、MM地区支部のメンバーは目立った傷もなく、ほんの少し息が上がっているだけの様だ。

「もうバテバテ……」

「頑張って聖ちゃん。あと少しで屋上だから……」

「でもエレベーターが使えないとこんなに大変とは……」

「おうおう、もうギブアップか少年少女よ?」

「無茶を言うのは駄目ですよ隊長」

聖らを揶揄う様に口にした途端、メガネの堅物のヨハネの副官が口を挟む。

「常日頃からレネゲイド災害の為に馬鹿みたいに鍛えている我々と違い、彼らは学業に勤しみ、弛まぬ努力と共に日常に溶け込んでいるんです。少なくとも空を移動してる貴方がそれを言っては駄目ですよ?」

「悪かったって」

副官の彼に嗜められるジャンカルロ。飄々とはしているがしっかりと悪びれている辺り、堅物の副官には些か頭が上がらない所もあるようだ。


「で、気を取り直して確認だが……ディオニューシアの極光の発動場所はこの真上でいいんだな?マルコの美人副官殿」

「はい。現在計器は完全に動作していませんが、最後に確認した時はこの真上での発動を確認しております」

重要な所のみを聞き的確に答えるアイシェ。相変わらずの冷静さで、隊が変わったところで彼女のパフォーマンスにも影響はない様子だ。ただ、同時に彼女は何かを感じ取っていたようで。

「如何なさいましたでしょうか」

「……ここまで用意周到な敵がこの程度の戦力のみで迎え撃つでしょうか」

浮かんだ疑問。確かに言われてみれば腑に落ちない。ここまでミサイル、間髪入れずの強襲ときて、その実切札のディオニューシアの極光までの道のりは些か面倒であったとは言えジャンカルロ率いるヨハネ班の面々で容易に突破できた。この程度で終わるとは思えない、この場の誰もがその結論に辿り着く。


そしてその予感は、現実のものとなる。

「な、何!?」

突如フロア全体が揺れ、立っているのもままならなくなる。

「全員攻撃に備えろ!!コイツはデカいのが来るぞ……!!」

ジャンカルロも彼の遺産、"重鋼の鉤靴"によってその身を浮かし迎撃の体制を取る。一息遅れながらもヨハネ班、MM地区支部のメンバーらも体制を整える。


刹那、天井が崩れ、極光が頭上に現れる。ただ光は差し込まず、巨大な影が彼らを覆う。

眼前に飛び出したは人の身の丈など優に超えし、女神の像。

「美人は好きだが……まさかこんなのが相手とはなァ……!?」

言葉などが通じるはずもなく、その右手に持った大槍を躊躇いなく振るう。熱波を持ってしてその勢いを抑えるが、大質量から放たれる一撃に部隊員は吹き飛ばされ、磐石の体制も崩される。

「畜生……この野郎……ッ!!」

繰り出される重蹴。叩き込まれた一撃は顔面を打ち砕き、木片が散りゆく。


されど、砕けたその箇所も直様修復されていく。

「オイオイ、そんなのアリかよ……!!」

女神像は狙いをジャンカルロへと変え、その大槍を振るう。宙を駆ける彼にはその一撃一撃を避ける事はそう難しくないはずだった。

が、乱される気流と思考を持ったかのような先読みの攻撃はじわりじわりと彼の動きを阻み。

「チィ……ッ!!」

大槍の先端が彼の胴体を捉えようとしていた。


「喰らえ………っ!!」

瞬間、鈍い音と共に女神像が再度揺らぐ。揺らしたのは人ならざる姿へ変貌し、剛腕を振るいし高山千翼。明確なダメージはなくとも確かに体軸を崩し、ジャンカルロへの攻撃は逸れる。

「聖ちゃん!!」

「うおりゃあああああ!!」

畳み掛けるように強靭なる剣を振るう聖。その鋭き刃は女神像に一撃を刻み付ける。

「聖ちゃん、射線を開けて!!」

「あいよー!!」

更なる追撃。飛ぶ甘宮の雷槍が刻まれた剣創を抉り、その衝撃に一歩後ずさる。


それは同時に狙いを彼らへと変えた。大槍は甘宮目掛け繰り出され、彼を容赦なく打ち砕かんと放たれる。

「彼らはやらせない……!!」

彼の前に立ち塞がる葛城。彼女が能力を行使すると同時、地面は隆起し大槍を遮る壁となる。大質量を受け止め切れる事はなく、されどその勢いは大幅に殺して。

「全く、敵も厄介なものを持ち出してくれたものですね……!!」

ヨハネの副官による電磁防御がその一撃を完全に止め切る。

「女神アテナを象った世界最古の守護像……材質が木材である事から……あれは恐らく"トロイのパラディウム"……!!」

そしてアイシェは持ち前の知識と判断力からその遺産の正体を導き出した。


「トロイのパラディウム……都市を守る女神様の木像が相手とは……思ったより面倒じゃねえか」

「ええ。ですから隊長、部隊は私が指揮するので貴方は自由に、何にも縛られることなく好き放題にやってください」

副官の彼の言葉にジャンカルロはニヤリと笑みを浮かべる。

「いっつも助かってるぜ"鉄心アイゼンカーン"……!!その言葉に甘えて遠慮なく行かせてもらおうじゃないか……!!」

纏うはその場の風の全てを掌握せんというほどの暴風。そしてその全てが熱を帯びていて。

「皆さんの指揮は私が努めます。全力を!!」

「了解……!!」

「はい!!」

「りょーかい!!」

「みんな、サポートは任せて……!!」

アイシェもMM地区支部のメンバーも己が全力を引き出し強大なる存在に立ち向かう。

「そういう事だ……Vivi e lascia vivere!!全員死ぬなよ?」


掛け声と同時、繰り出されしは鋭く重き一蹴。その一撃は発破となりて、戦いの始まりを告げる。


ディオニューシアの極光を巡る戦いの、最終局面だ。


—————————————————————


同刻 地上階


斜陽の差し込む、屋内であれど拓けたその場所。激しい攻撃を潜り抜け、辿り着いた彼らを手を叩きながら迎え入れたのはブロンド髪の壮年、ルイ・ル・ヴォーこと"マスターキュレーター"であった。


「なるほど、こちらの動きは全てお見通しだったという訳か」

「いいや、確かに下に逃げることは想定していたが、些か予想外の方向から現れたよ。元より全てが終われば迎えに行くつもりではあったが」

強い敵意を向けるマリアの言葉に対して余裕の態度を崩さぬ彼。右目に埋め込まれた黒石のせいか、非対称の顔に張り付く笑みが余りにも歪に見えた。

「その拍手は柏手か?お前の墓の前でやるお参りの為の」

言葉巧みに挑発を仕掛ける禅斗。彼もまた笑みを浮かべているが、誰が見てもこの惨状を生み出した彼に対する怒りは隠し切れてなどいない。マスターキュレーターもそれを分かっているからか、この戦いを引き起こした者とも思えぬ程に丁寧に、紳士的な口調で続けた。


「落ち着きたまえジェントル。この拍手は君達への賞賛だ。あの奇襲を生き延び、ここまで逃げ延びてきた君達へのね。そしてそんな君達と取引をしたいと私は考えている」

「ほう?」

「そちらは何を差し出せる?」

「我々は部隊を、ディオニューシアの極光を収めよう」

一度は耳を傾ける禅斗とマリア。全員が僅かなれど話が通じるならば、この場を無血で切り抜ける術があるならばと一瞬思ってしまった。

「だから、エレウシスの秘技を渡してもらえないだろうか」

そしてその考えが愚かだったと思い知らされる。

「そうすればどちらもこれ以上傷付かない、Win-Winだろう?」

「それではイリスちゃんが傷付くだろ」

「まさか、"モノ"を人扱いしているのい君たちは?」

嘲笑。

「モノが傷つくより、生きてる君たちや仲間たちの事を優先すべきではないのかね?」

「カスが……。渡すだの渡さないだの……んなのはコイツがてめーで決めんだよ!!」

彼の言葉一つ一つ、いや、その所作の全てが彼らの神経を逆撫で、煮え滾った怒りという怒りをこれ以上とない程に加熱していく。

「……悪くはない提案だ。だがもっといい提案がある」

そしてマリアは、垂眼は、彼らは怒りと共に武器を手に取る。

「ここでお前を殺せば済む事だ」

「そう……ですか」

怒りを明確なる敵意に、殺意へと変えて。もはや、そこに対話の余地などは残されて居らず。全員の意思は、一つに定まっていた。


先手必勝と言わんばかりにカケルは姿を消し、一気に距離を詰めその牙を剥く。

「その辺の猫に噛まれて死ねェ!!」

飛び掛かる。可愛らしい猫ではなく、人の身の丈ほどの凶暴な狩人として。爪と牙で、その命を刈り取らんと死角より襲いかかった。

「ふむ……これだからケダモノは嫌いなんだよ」

「なっ……!?」

が、その一撃は死角から放たれたにも関わらず彼が右手に持つ槍によって妨げられ。

「っ……らぁ!!」

合わせて放たれた垂眼の一撃はその胴体を捉える。されど————

「ケダモノの次は身の程……いや得物の程も分からぬ莫迦と来たか」

「硬ってえ……!?」

その刃は衣服を切るのみで、石の様に硬き皮膚を切る事は能わず。



「君たちが応じないというのならば仕方がない」

「うぉっ……!?」

「おあっ……!?」

右手に鋭槍、左手に石斧、その二つを巧みに操りカケルと垂眼を投げ飛ばす。

「エレウシスの秘技は、力尽くで頂くとしよう」

両の手に収まるそれらはただの武器に非ず。それぞれが強大なレネゲイドを有した、二つの遺産。


少女の安寧なる明日をその手に。

まだ見ぬ綺麗な物を見据えて。

これからも嬉しいと思える日が続くように。

友の明日のために牙を研ぎ澄ませ。


終幕のベルは鳴らず。

ただ彼らの刃が、その時を刻んだ。


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