最終話 敗北

ランドマークタワー 地上階


放たれし一条の光、正面から立ち向かうは風を纏いし少年。音よりも早き光を回避する事など能わず。真っ直ぐと突き進む彼と、曲がることの無い閃光。

「命をもって償え……!!」


二つの線が交錯し、不可避の一撃が彼を貫かんとした、その瞬間————



少年は死闘を潜り抜け、激闘を乗り越えた。


死の瀬戸際にも、絶望の淵にも立たされた。


マスターレギオン、エレウシスの秘儀、そのどれもが彼の命を幾度と無く脅かし、その度に生を掴み取ってきた。

その最中で、彼の中で一つの感覚が芽生えていた。平穏を生きるだけならば決して芽生えることの無い、ある種の才能の一つ。


"戦闘感覚"、とでも呼ぶべき物だ。


敵の視線から、僅かな所作から、そしてその場の空気の乱れから次の一手を予測し回避行動へと移る。


それは本来、武芸や戦いを極めた者のみが習得する才能。

彼はその糸口をレネゲイドにより掴み、決して諦めぬその執念で手繰り寄せ、まだ不完全ながらも我が物にして。


そしてその力は極限状態の今、確かに形となりて————



閃光が駆け抜ける。飛沫が散って、まばらに赤い線が地面に描かれる。

彼の体も揺らぎ、倒れそうになる。

それでも————、


「なっ……!?」

「この程度、アイツのに比べたらなぁ!!」

今もまだ立ち塞がる彼の一撃を受け、エレウシスの秘技の絶望を乗り越えた彼が、脇腹を"掠めた"程度の痛みで止まる筈もなく。

「く、来るなぁああああっ!!」

「うおらあああああっ!!!!」

彼の手に槍が戻るよりも早く、垂眼は己が間合いに彼を捉え。


今一度、風が吹く。

「っぐ……!!」

未だ遺産の力によって硬化した皮膚、その先へと剣を貫く事はできずとも、その肌に傷は刻まれる。

「貴さ—————」

「まだまだぁ!!」

その手に槍は戻りて、それでも垂眼の二撃目に反応する事は出来ず。もはや声を上げる間もなく


風、いやその連撃を風と形容するのはあまりにも生易しく、もはやそれは鉄の嵐。幾つもの刃の群れはマスターキュレーターの命を絡め、その場に刻んで。

「この、小細工で私を倒そうというのならば……!!」

振り上げられた石斧も軽々と避け、再度一撃。その槍で弾かれてもすぐに攻撃へと転じ。どの一撃も致命傷には至らずともその全ての攻撃が彼をその場所に縫い付け、

「そのタマ貰ったぜェ!!」


純粋たる獣の牙が彼の喉笛に狙いを定めた。視覚からの一撃、それでも彼の槍は彼を駆使してその攻撃さえも迎撃せんとした。




————だが、彼の動きが止まる。

それは決して物理法則ではなく、生命の理として止められるような感覚。そしてそれをできるものは彼しかおらず。

「この世から消えな、マスターキュレーター」

禅斗の容赦のない、冷き眼光が彼を射抜き。

「その辺のネコに、噛まれて死になァ!!」

「この……獣畜生がぁ……!!」

獲物を狩るカケルの爪牙がその喉笛を破りて。


最早その槍も斧も、手にする事しかできない彼に向けて彼女が駆け出し。

「クソ……クソ……そんなチンケなただの力に敗れるなど……敗れるなどォオオオオ!!」

マリアの赫き大太刀が振り上げられ、

「終わりだ、マスターキュレーター」

一抹の情けなども無く、その体躯を両断すべくその一刀は勢いよく振り下ろされた。


同時、爆ぜる。彼女の血が燃えるように彼を包み、傷を抉り焼き開く。もはやその一撃に慈悲なんて物は一切なく。ただ容赦のない一撃に、マスターキュレーターはその場に膝をつくのみ。

数多もの歴史を紡ぎ、幾つもの戦いにおいて勝利を約束した二つの遺産。それでも彼らの絆は、決意はそれを上回り。

「降伏しろ、貴様の負けだ」

彼らの勝利は今ここに、確定的なものとなった。


その身をカケルの牙に抉られ、マリアの焔に焼かれた彼には抵抗する術はなく。その命も風前の灯火に相応しかった。動くこともままならず包囲され、その男に策などはもうない。



————そう、誰もが思い込んでいた。

「ふ、フハハハハハハハ……」

「どうした、何がおかしい」

「どうしても、どうしても私のものにはならないと言うのだな……!!」

漏れ出た不気味な笑み。キュレーターズも動かず、もはや顔以外は動かせず、何も出来ないはずなのに何か嫌な予感だけがする。

故に彼らは取り囲み、ナタリアもイリスからは決して離れず。


それが間違いだった。

「ならば……ならば……!!」

彼の右目が、歪に見えた黒き義眼が光り輝く。

「っ……貴様!!」

マリアは即座に反応し、その右目を斬り潰す。だが既に時は遅く。遺産、"誓約の瞳"の効果は既に発揮されていて。

「お前、何をした……!!」

「何を?簡単なことさ……私がこの手で遺産に触れられないのであれば、誰かに託すだけ……!!」

禅斗に胸ぐらを掴まれながらも彼は決して笑みを絶やさず、もはやその勝利を確信した様子。

垂眼とカケルも彼の言葉を頼りにキュレーターズへと目を向けた。だがキュレーターズは誰一人動かず。


そして彼女に目を向けた瞬間、すべてに合点がいった。

「ナタリア!!」

虚な目を浮かべながらイリスににじり寄るナタリア。イリスも彼女のおかしな様子に気づき白いクジラで彼女を押し戻そうとする。しかしナタリアはその手に持った鬼切の古太刀でそれさえも斬り伏せて。イリスも背を向け逃げようとしたがナタリアに腕を掴まれ、逃げることも叶わず。


誰もが彼女を守ろうと全力で駆ける。されどそれを阻むのは彼の部下、キュレーターズ。

「そこを退け……!!」

マリアの一閃。もはや爆ぜるという表現は余りにも優しいと思えるほどに肉片と骨を撒き散らして。それでも僅かな時を足止めされて。

「イリス!!」

垂眼とカケルも彼女を止めんと走り、禅斗もその重力の力を持ってしてその動きを止めんとする。


だが、もう、間に合わない。

「私の物にならないというのならば……」

「やめろおおおおおおおっ!!」

「壊れてしまえ……!!」


無情に、無慈悲に振り上げられた刃。

誰の叫びも虚しく、願いも叶わず。

その手を伸ばしても届かず、ただ敗北を突きつけられて。


ただ静かに、破魔の刃がその小さな体を貫く。


赤に濡れた少女と彼女の手。

ただ残酷に、その命は儚く散っていく。


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