エピローグ

エレウシスの秘儀事件から1週間後


横浜市 MM地区


人々の賑わう昼下がりの臨海公園。

通りには多くの屋台が並び、老若男女問わず皆が楽しげに祭りを楽しんでいる。


そして彼らは、

「よし、辛味噌ラーメン二つに塩レモン冷やしラーメンが一つだな」

「チョコクレープにバナナトッピングが二つ、ツナクレープが一つ、承った」

「きゅうりの一本漬けはいらんかね〜〜」

皆に楽しみを配る側としてその場所に立っていた。

禅斗支部長が職員の慰安と地域貢献という意味で今回急遽このMM地区支部で祭りを催し、それぞれが調理をしながら皆をもてなす。


「黒鉄、そっちのクレープは良い売り上げみたいだな」

「これでも洋菓子屋でバイトしてるからな。味にはそれなりに自信がある」

「数本に一本ただのきゅうりが売れてるぞ、やったぁ!!」

「垂眼、一本漬けを売ってるんじゃなかったのか……?」

「こちらは生まれ変われるほど強くなれる辛味噌ラーメンだ。俺の大好物でな」

「それ、死人は出ないのか……?」


「全く、相変わらず騒々しいな」

そんな彼らの前に姿を現したのは共に死闘を乗り越えた彼女たち。

「マリアさん!!それにイリスさんも!!」

「お久しぶりです、禅斗さん、黒鉄さん、タレメ!!」

行儀良く、それでいて元気よく挨拶をしたイリス。その胸元には黒い石のペンダントが。

「イリスちゃんもマリアさんも、アイシェさんも元気そうで何よりだ」

『お久しぶりですぜマスター!!』

「お前も相変わらずで何よりだ、アリオン」

背中には鬼切りの古太刀を背負っており心なしか重そうではあるが、それでも様々なしがらみから解放されたようでもう心配はいらないようだった。

「腕の調子はどうだ、イリーガル」

「戦闘はままならんが何、調理は得意分野なんでな。そっちはどうだ」

「あの後すぐ復帰したさ。これでも伊達に隊長を務めとらんよ」

「そういえばマリアさん、隊長のまま残れたんですね……よかった……」

「ああ、アイシェや霧谷の口添えもあってどうにかな」

実際にはアイシェの出した報告書はもはや嘆願書の様な物だった、と後にテレーズ・ブルムは語っている。


「ねえマリアさん、アレ食べたいです!」

りんご飴を指差すイリス。

気がつけばその手にはチョコバナナ、口のまわりにはクリームの跡、そして肩から下げるポーチからはクジの景品と思われるおもちゃが顔を覗かせていた。

「イリスちゃん、前よりもわがままになったんですよ。あれも見たい、これも見たいって」

「いい事じゃないか。このまま色々と自分の行先も決められるようになるといいんだが」

「大丈夫っすよ。イリスはちゃんと自分のしたいことを言えるようになったんすから」

たった10日、それでも彼女は見違えるように成長していた。

そしてその様子に皆の表情が思わず緩んでしまっていた。


「あ、いたいたイリスちゃん!!」

そんな中、甘宮、聖、千翼の三人がそこに現れた。

「お久しぶりです、甘宮さん、聖さん、千翼さん」

「久しぶりイリスちゃん」

「今日もかわいいねーーーー!!!!」

猛スピードでイリスの頭を撫でる聖。

少し驚きながらも身を委ねるイリス。見かねた千翼がその手を止めた。


「そうだ!!私いかなきゃ!!私もお仕事があるんだ!」

そして思い出したように少女は声を上げる。

「行くって、どこに行くんだイリスさん?」

「ふふふ……イリスちゃんには僕のお店で働いてもらうんだよ」

「しぶちょー、場所借りますねー」

「ああ、ちゃんと場所取りしておいたからな。じっくりと使うといい」

「え、支部長もしかして一枚噛んでるんですか?」

「黒鉄さんも忙しい中レシピありがとうございました」

「気にするな。それよりも全力を尽くすといい」

「え、黒鉄さんもなんか知ってるんですか?」

不安が募る。

「じゃあ行こうか、垂眼君なんて放っておいてね……」

「では私もついていこう」

イリスはマリアと手を繋ぎ何処かに向けてウキウキとした様子で歩いていく。

何も知らない垂眼だけが一人、その状況に取り残されていた。

「あっ……ちょっ……」

「まあ、これでも食うといい」

「…………ありがとうございます」

差し出されたクレープを口にする垂眼。

「ああ、300円だ」

「鬼〜〜〜〜」



—————————————————————



日も沈み、辺りが夕闇に包まれ始めた頃。

「クレームが来て店を畳みました」

「思ったより早くバレたな……」

「路頭に迷ってます」

彼は祭りが終わってないにも関わらず店仕舞いを始めていた。


「あれ、垂眼くんもう終わりかい?」

そこに来たのは千翼達の三人。

「クレームが来たからな!!」

「まあ、これでも食べて元気出して……」

千翼から差し出されるきゅうりの一本漬け。

「いや俺の商品だよ!!」

「ははは、これでも食べなよ垂眼くん」

聖から差し出されたのは麻婆胡瓜。

「こっ……!?売ってねぇぞ俺はこんなもん!?」

一瞬騙されそうになったが完全に別物を手渡されていた。


「てか、そういやイリスさんは?」

「そうそう、準備ができたから垂眼くんを呼びに来たんだ」

「ほらほら行くよ!!」

「ちょ、まだ店畳んでねえ!!」

思いっきり垂眼の腕を引く聖。

抵抗すれば千翼のキュマイラの力で思いっきり引きずられ彼には抵抗する術もなく。


黒鉄と禅斗は客を捌きながらも彼らの様子を微笑ましそうに眺めていた。

「嬉しそうだな、禅斗」

「未来ある若者達が健やかに育つのが私の望みだ。それに————」

「ヴァシリオスの願い、か?」

禅斗が口にするより早く、彼がその言葉を紡いだ。

「気づいてたか」

「お前の奴を見る目は皆と違った。憎しみや怒りではない、憐憫が入り混じっていたからな」

「はは、お前に悟られてしまうとはオレもまだまだみたいだ」

「かく言う俺も奴をただの敵として見ることはできなかった。互いに理想を語り合ったからこそ、だからこそ否定せねばならん、そう思っただけだ」

「若いな」

「若いさ。だが彼らはもっと若い。だから俺は彼らの道を拓くために戦うのさ」

語る理想。それはかつて死神と呼ばれた頃と変わらずとも、確かな光が宿っていた。


「良い心がけだ。オレはもう歳を取りすぎたからな。あとは頼むぞ、黒鉄」

「ぬかせ。アンタはまだ現役だよ」

「ははは、老兵はさっさと消え去りたいものなんだがな」

「アンタは奴の理想を継ぐつもりなんだろう?」

「そのつもりだったが、必要なさそうだ」


世の不平等を恨み、嘆いた者がいた。

それを是正しようと、狂いながら戦い抜いた者達がいた。

彼は男のその理想を、幾つもの形で見届けてきた。


だが今、目の前に広がるその光景は見てきたそれらのどれよりも確かにその理想に近しかった。

「この景色、いつかどこかで見せようと誓った景色だよな、友よ」

バケモノであろうとも、人でなくとも関係ない。

ただ幸せを願われたからこそ、救われた少女がいたのだから。

「なぁ、ヴァシリオス」

彼らは確かに不条理と理不尽に争い、その未来を紡いだのだから。


隣に、心の底から笑う彼がいるような、そんな気がした……


「さあ、ここからが掻き入れ時だ。気合入れていくぞ黒鉄」

「ああ、売り上げでは負けるつもりはないぞ、禅斗」


二人の男達はこれからも戦い続ける。

未来ある若人のため、彼らの行先に光あるように……


そして、亡き友の理想を叶える為に……




—————————————————————


「俺をどこに連れて行くーーー!?」

引きずられてきた垂眼が着いた場所は人気のない駐車場。

照明も少なく、薄暗い明かりの中にひとつぽつんと屋台が建っていた。


その屋台の主人はイリス。

「あ!イリスさんじゃん!!」

顔は緊張から強張り、その頬に生クリームが付いてることにも気付いていないようだ。

「大丈夫、甘党の僕が保証するよ」

「ああ、私も保証しよう」

優しく微笑む二人。

イリスも頷き、静かにそれを手に取った。


「あのねタレメ、私すごいこと考えちゃったの」

少女が手にしたそれは逆錐の透き通った容器。その容器にはパフェ……というには少し不格好で可愛らしい、蜂蜜がたっぷりとかけられた"ぱへ"と呼ぶに相応しいだろう甘味がよそられていた。

「っっっ……おおお〜〜〜〜〜〜〜こいつぁ……まぎれもなく……ぱへだ!!」

「こうやって自分で作れば、お金がなくてもタレメにご馳走できるって……」

「え、食って良いのか!?」

「うん、そのために……作ったの」

少し照れ臭そうに、緊張入り混じりながら少女は答える。

「うお〜〜〜〜!!ありがとう、いただきますわよ!!」

垂眼は少女のその気持ちに感涙しながらスプーンでそれを掬い、口へと勢いよく運んだ。


少女は垂眼が食べるその様子を固唾を飲みながら見守っていた。

少年はよく味わってから、それを飲み込むと同時。

「うめぇ……うめぇよ……!!」

思わず言葉を漏らすほどに、それは、それはとても美味な"ぱへ"だったのだ。


そして少女はそれを聞くととても安心した様子で、詰まった息を吐き、輝くような笑顔で、

「よかった……私も"嬉しい"!!」

彼から教わったその気持ちを露わにしていた……



戦いの末に果たされた約束。紡がれた未来。

だが、これはまだ少女の長きに渡る旅路の始まりに過ぎない。




少女はこれから多くのことを学んで、経験しながら人生を歩んでいく。




そしてその傍にはいつもヒーローが。

彼は、彼女はこれからも少女と共に歩み続けて行く。


少女が何度でも嬉しいと思えるように、幾つもの綺麗を見れるように、そして無限に明日を望めるように。

そして彼女の幸せをが続くように、彼らは戦い続ける。


そこに少女の笑顔が、未来が、ある限り。


to be continued……

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