第10話 決着

銃声が遅れて鳴り響く。

弾丸は男を穿ち、吹き出した赤は地に痕を残す。

力なくその場に膝をついた男。

「宮本は守りを、紫月は妨害を……雨宮は待機……雲井……は……」

そんな中でも辛うじて動く口で小さく声を放ち続ける。


『ベルセルク、カマイタチ、ヌルにトドメを……!!』

「分かってる!!」

「応よ……!!」

手負いの黒鉄目掛けかけ出す二人。

振り上げられた大剣、構えられたレッグブレード。黒鉄は動くことは能わず。


「させないっすよ……!!」

振り下ろされるよりも早く大剣を受け止める宮本。

「耐えるかい……お嬢ちゃん……!!」

「これが私の……守る剣だから……それに……!!」

巨躯から放たれた一撃を、少女は二本の刃でいなし軌道を逸らす。

「信頼されて応えられなければ……私が私を信じられなくなる……!!」

そして一発の蹴りがベルセルクの胴体に叩き込まれた。


「ベルセルクそのままその子を……!!」

「悪いけど彼はやらせない……!!」

カマイタチの追撃、それを遮るは紫月の香気。

「視界を……!!」

「雲井!!」

「ああ……!!」

そして回避もままらなくなった二人に赫き刃が繰り出される。

「やるじゃねえか……おっさん……!!」

「これでもまだ現役なのでね……!!」

「っぐ……レッドバレット……!!」

『分かってるよ……!!』


ライフルの照準を黒鉄の頭部に合わせる。

『ミスト、方位146、距離652の地点……』

「こちらミスト、了解」

『っ……!!』

だがトリガーを引くよりも早く放たれた弾丸。

それはレッドバレットの頭部を掠めた。

「あの時に……場所まで割られてた……!!」

遠くで輝いたスコープの反射光。

黒鉄はあの時の一発で狙撃地点まで割り出し、彼が再度射撃態勢になるその瞬間を彼は待っていたのだ。


場所が割れたスナイパーはもう戦えない。

加えてベルセルクもカマイタチも深傷を負った。


押し切っていたはずの盤面は、たった一発の弾丸、それもトドメにはなったはずのそれを境にひっくり返されてしまった。


黒鉄蒼也が戦闘不能であろうとも、戦闘指揮を続けられる以上は狼達に勝ち目はない。

「っ……ルプス隊、撤退だ!!」

「了……解……」

「ここで終わりかよ……せっかく楽しくなってきたってのによう!!」

二人は悔しさを噛みしめながらそれを投擲する。

「グレネード……!!」

「いや、あれは……」

宮本が警戒したその瞬間、白い煙が一瞬にして辺りを包み込んだ。


「ゲホッゲホッ……!!」

「屈め宮本……」

『詩乃、煙吸っちゃダメでしょ……』

「敵は……!!」

煙が晴れると同時、そこに彼らの姿はもうなく。

先ほどまでの戦いが嘘のように静沈していた。


「とりあえず……任務は成功といったところか……」

「蒼也!!」

黒鉄に駆け寄る紫月。

「ああ奏乃、怪我はないか……?」

「どの口でそれを言ってるのよ……!!」

「この程度の怪我は想定内だ……それに奴らと交戦して死者が出てないなら……それだけで……勝ち……だ……」

言い切ると同時、彼の体から力が抜け、その場に倒れ伏した。

「黒鉄……さん……!?」

「直ちに藪先生に連絡を!!医療班もこちらに呼んでくれ!!」


戦いを終えた屋上。

勝ったはずの彼らには喜びも安堵もなく。

そこには戦いの傷痕と幾らかの血痕だけが残っていた……


—————————————————————


場所は下水道。

二人の剣戟は激しさを増し、地と壁に数多もの傷を、血痕を残していく。

「っ……!!」

「どうしました、このままだと私に殺されて終わりですよ……!!」

体には無数の刺し傷。

だんだんと力は抜けるが、それでも未だ彼の眼からは光は消えない。

「……なるほどな、ようやっとお前の少しずつ剣術のタネが割れてきた」

「割れたから対応できるとでも言えるのですか?」

「さあな。俺の体力が尽きるか俺が対応し切るが先かの競争だ」

顔は笑いながらも決して目は笑うことのない二人。


攻撃は再度黒死蝶から仕掛けた。

「やっぱ早えな……」

刺突を中心として放たれる剣技。

一撃一撃は大した威力でなくともダメージの積み重ねによりその回避は困難を増していた。

されどその中で彼はその剣の軌跡をその目で捉え始めていた。

「……ああ、そういう事かよ!!」

「っ……!!」

そして次の瞬間彼の剣が黒死蝶の一撃を弾いたのだ。


「お前さんの剣、さっきのやり取りの後から少し感情的になってたな。おかげさまで僅かだが綻びが見えた」

「……へぇ、流石刃狼を退けただけの剣士なだけはありますね」

「あれは色々と噛み合っただけさ。それにお前さんのは剣術に見えて、似て非なるものだったのさ」

稲本は剣先で彼女を指す。

剣ではなく、腕を。

「アンタの不可思議な剣の軌跡は剣の動きで作られるものではなかった。どちらかと言えば拳闘術に近いもの、だろ?」

「………」

「アンタのその速い剣に惑わされたが、エグザイルとして身体を伸縮、関節を異様なほどまでに曲げる事で俺に剣の軌道を読ませないようにしていた。ここまで来ると剣術ってよりは拳闘術だ。そしてそれさえ分かれば、ある程度は対処できる」

「……そうですね。でも受けた傷は消えません。その怪我で私に殺されず、私も殺さず、なんてできるんですか?」

「まあ、それが一番難しいところだよな」


傷の数は見るも明らかに稲本の方が多く。

加えて黒死蝶は致命傷に近い傷を負っているにも関わらずまだその動きに衰えが現れる事はない。

技が分かったからとは言え、すぐさま対処出来るようなものでも無い。

このまま戦えば稲本が先に倒れるのは自明であった。

だからこそ、というべきか。

「……別に温存してたとかそういうわけじゃねえんだけどよ」

彼は己の刀剣を鞘へと納めた。

「何を……?」

「一つだけ、アンタに頼みがある」

穏やかに言葉を放つ稲本。

黒死蝶は甚だ理解できないといった様子を浮かべる。

「何ですか、遺言の一つでも残したいとでも?」

「まあ……そういうのじゃねえんだけどさ」

彼の顔から笑みが消えた。


瞬間—————、

「死んでくれるなよ、ってだけだ」

黒刃が、空を切り裂いた。


音よりも早く、力強く振り抜かれた一刀。


それは黒死蝶の胴体を捉え、確かに今大きな一撃を加えた。


放たれた"三日月"は、今この戦いの幕を切り落とさんとしていた……


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