第8話 覚悟

澄み渡る青い空の下、物静かないつもの住宅街。

その平穏を打ち破りしは数多もの剣の結び合い。

だがその戦いも、終わりへと向かい始めていた。

「死ねよ……!!」

「っ……!!」

悠里の斬撃は的確にルーの動きを制限し、攻撃に転じる隙を与えない。

「調子に乗るなぁぁぁぁぁっ!!」

炎を全力解放し悠里の影をなぎ払おうとする。

だがその瞬間悠里は後方へと下がり、それと同時政宗が前線へと躍り出た。

「はぁぁぁぁぁっ!!」

ぶつかり合う二つの赤。

炎と血を纏った強大な刃は互いの力を壊し合い、殺し合う。


「クソッ……なんだよあのデタラメな力は……」

「でも、ようやっと勝ち筋が見えてきた……」

朦朧とした意識の中でさえも冷静に戦況を読み解く政宗。

だが彼も意識が朦朧とする事から、己に時間があまり残されていないことを知る。


その中で再度ぶつかり合う刃と刃。

炎を纏いし槍先を打ち消す黒き影の刃。

その隙間を掻い潜り政宗の刃が空を切る。

「この……ちょこまかと……!!」

「っぐ……!!」

槍先が政宗の胴体を切り裂き鮮血が舞う。

「政宗!!」

「大丈夫……このくらいの傷ならまだ……!!」

政宗は流れた赤をその手に付け己の刀剣に塗りたくる。それと同時、赤き血の刃は斬れ味を更に増していく。


『村正』、それは数多もの戦闘データを蓄積したレネゲイドビーイングであり、命を、血を吸いその力を増す妖刀である。

人斬り刀と呼ばれたその刀は300年の間、人の生き血を己の刀身とする事でその鋭さを保ってきた。

そして今この瞬間は、政宗という宿主の命と生き血をその鋭刃としている。


無論それは、政宗にとっては命を削る行為と同等である。

だがそれでも彼はその行為を躊躇う事なく再度攻撃に転じるのだ。


傷付くたびにリーチと鋭さを増すその刃の連撃。

「悠里君……今だ……!!」

「ああ……!!」

「っ……!!」

連撃に意識を向けていたせいで悠里の死角からの攻撃に反応が遅れる。

「お前の攻撃なんて……!!」

ルーは広がる炎で広範囲からの攻撃をカバーせんとする。


だが、悠里は不敵な笑みを浮かべた。

「それを待ってたんだよ……!!」

「なっ……!?」

炎の壁を越え、ルーの足元から繰り出された影の身体。死角をカバーしたはずが、意識的な死角からの攻撃。

悠里の操る影は彼の妖刀を持ち、今ルーへとそれを振り下ろす。

ルーも体を捩り影の攻撃を避けようとしたが、避け切る事は能わず。

「っ……!!」

初めて彼女への明確なダメージを与えることに成功した。


そしてそれが、彼女に火をつけた。

「……ブリューナク、もう面倒だよ。殺そう」

『仕方ないなぁルーちゃんは。まあ、あの女の子から聞けばいい事だしね』

怒りに満ち満ちた少女。冷静ながらも彼女に賛同したその炎の槍。

『じゃあやっちゃいな、ルーちゃん』

彼の言葉と同時に、炎が吹き上がった。


夥しいほどの熱量。

その炎は空気を揺らし、少し離れていたはずの二人の肌さえも焼く。

その揺らめきは二人の勝利さえも見えぬものへと転じたような気もした。

『おいおいおい、面白え事になってきてんじゃねえかよ!!』

「何も面白くねえよ村正!!」

「……確かに笑えない状況だ。けど、ね————」

されど一人、彼だけは

「だからこそ、正面から行くよ」

その勝利を見据えていた。



地面を思い切り強く蹴る。

振動が傷と骨に響き、思考が痛みに支配されそうになる。加えて村正からの侵食。

「っ……!!」

槍の少女の一撃でまた傷が増え、炎で焼かれる。

あまりに大きなその痛みは脳に伝わるまでに僅かな時間が生じる。

だから痛みに脳が焼かれるよりも早く剣を振る。


僅かでもいい。

隙を生じさせる。

もはや意志の傀儡となった脳のままで剣を振るう。

「これで……終わりだああああああっ!!」

少女が構える。

「悠里君、村正……っ!!」

「……ああ、そういう事かよ!!」

『応……ッ!!』

眼前の僅かな勝利を掴むために、刃をもったこの手を伸ばした。




————この瞬間、何故かあの人の言葉が思い浮かんだ。

『政宗、いかんせんお前は剣技に想いが追いついてねえな』

剣術のケの字も知らなかった僕の師となってくれた稲本さん。ある日の稽古の時にその人が僕に言った言葉。

『はは……気持ちだけじゃどうにもならないですよね……』

剣術が伸び悩んだ僕に対するボヤキにも聞こえたその一言。しかし彼は笑顔で付け加えた。

『そうでもねえよ。純粋な剣のやり取りでも実力が拮抗した時は負けん気こそが勝敗を分ける。それにな———』

創造した剣を僕に手渡した。

『俺たちオーヴァードの力は感情を、意志の力が元となってるんだ。だから対オーヴァード戦闘においてお前のその意志は、想いは強力なアドバンテージになる。自信を持って粘り強く戦いな。それがお前の勝ち方だ、政宗』


あの時はまだ実感できなかった。

気持ちだけでどうにかできるなんて、思った事はなかったから。


でも今日、この戦いで入り混じる数多もの想いとを好みに浴びる事で深く理解できた。

隣で戦う悠里君の殺意、目の前の少女の闘志。

どれも途轍も無く強大で、僕の想いなんてちっぽけで、己自信が矮小に思えてしまった。


正直戦う事も、傷つく事も怖い。

僕は稲本さんのように強い訳でも、使命感も勇気もある訳でもない。

時にはどうしてこんな、知りたくもない世界に巻き込まれてしまったんだとも思った。


けど、それでも僕は戦うと決めたのだ。


同じようにこの世界に巻き込まれてしまった遥。それも僕以上に苦しみ、いや今も苦しんでいる彼女がいる。

彼女はそれでも笑い、何事も無いかのようにこの日常を過ごそうと必死に生きている。


だから僕は、せめてこの手が届く限りの大切な人だけでも守ると決めた。そのために戦うと決めた。


だから僕は示そう、


「悠里君……お願い!!」

「ああ……!!」


彼女に傷一つも付けさせないという、この覚悟を。



炎。それも10mを超える巨大な炎柱。

もはやこの場全てを飲み込まんとする、最強の一槍。

相対するは1本の血刃と1対の影刃。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

もはやその一撃が全てを飲み込む事で勝敗が決しようとしたその瞬間、

「悠里君……お願い!!」

「ああ……!!」

悠里の影が拡散し、炎を覆った。


「なっ……!?」

少女が振り下ろすよりも早く勢いを失う炎。

『まさか、お前……!!』

「今更遅いぜ……クソ野郎!!」

オーヴァードを喰らいコピーし、背教者を殺す、輪廻の蛇の名を冠したシンドローム『ウロボロス』。

霧散する影が巨大な炎を喰らい、無へと還す。

決して全てを喰らうことは出来ずとも、

「決めろ、政宗……!!」

「ありがとう……悠里君……!!」

彼の一歩を切り拓いた。



「お前……!!」

「悪いけど、君には誰も殺させない……!!」

互いを互いの間合いに捉える。

確実に互いを終わらせることのできる、必殺の間合い。

振り上げられた炎の槍と赫き刃。

炎は全てその槍先へと集中し、彼の血という血は刃の鋭さを極限まで高めた。


「焼き尽くせ……!!」

「我流一式………ッ!!」

そして音が消え、時が止まるような、誰もがそう感じた次の瞬間————

「《栄光示す太陽の神槍》—————ッ!!!!」

「紅月………ッ!!!!」


二つの軌跡が、甲高い音と共に交差した……


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