第7話 深淵

暗い、悪臭の蔓延する下水道の戦い。

男は数多もの傷を負いながら剣を振るい、女にその刃を突き刺す。

「そんなものですか、あなたの殺意は?」

「殺す気はねえって……言ってんだろ……!!」

女はダメージを受けながらも稲本に剣を突き刺す。

「でも、そうしないとあなたが死にますよ?」

「っ……」

稲本は蹴りで女を弾き飛ばし無理やりその剣を抜くが、疲労と傷で脚の力が一瞬抜けた。


通常の人間であれば、その女は三度死んだはずだった。たとえ生命力の高いオーヴァードでも絶命とはいかずとも戦闘不能になるまでの傷は付けた筈だった。

だが彼女は倒れる気配もなく、平然と立っていた。

「いい加減殺意をその剣に乗せたらどうですか?貴方が殺す事をやめたって、死んだ人は帰ってこないんですから」

「黙れ」

怒りを放つとともに剣を強く握りしめ直す。

「貴方は私と同じなんです。一度殺すという楽な選択を選んだ時点でもう貴方はこちら側なんですよ」

「…………」

右手がまた血に濡れているような、そんな気がした。



12の時、初めて人を殺した。


初めての任務の中で俺は刃を抜き、剣を振るった。

ただ始めはどうしようもない程に躊躇って、恐怖して殺すなんていう選択肢は存在していなかった。



————なのに気がつけば、あたりは血の海が広がっていた。



記憶がなかった、なんで言い訳をするつもりはない。

それでも俺は誰かを殺す為だけの人格を生み出してまで、誰かを殺し尽くしたのだ。


結果俺は数多もの人を殺した。

敵は皆テロリストで、殺さなければまた多くの命が奪われて、なんていうありきたりな言い訳に俺は逃げに逃げに逃げ続け、結局大切な人をこの手で殺めた。


気がつけば俺の歩んだ道は、屍が積み重なっていた。


殺した分だけ救えばいつの日か救われるのではないか、なんて打算的な事を考えたこともあった。


でも奪った命は返らない。こんなの当たり前の話だ。

当たり前の話だけど俺はそれに縋ろうとして、それでも差し伸べられた手を掴もうにもこの手はあまりにも血に染まりすぎてしまっていた。


そしてこの手は今も血に染まったままだ。だから彼女の言う通り俺は本当はあちら側なのだ。


だから————



「ああそうだよ、俺はお前と同じ人殺しだ。それも大量虐殺者だ」

「ええ、そうです。だから——」

「でもだからこそ誰も殺さねえ、殺させねえ、絶対に救ってみせる。それが俺の剣だ」

俺は迷う事なく答えを彼女に突きつけた。



「……イマイチ話が分かりませんね。貴方は殺人者で、私と同じで、なのに誰も殺さない?笑わせないでください」

「大真面目さ。俺はもう誰も殺さねえ、これが俺の剣だ」

「……不愉快です。救えば罪が許されると思ったら————」

「そんなんじゃねえよ」

食い気味に繋げた稲本。彼はそのまま答えを

「こんな俺でも救っていいって言ってくれた人がいる。だから俺は守るため、救うために剣を振るうって決めたんだ。この罪と向き合いながら、な」

「馬鹿馬鹿しい。そんなもので……貴方がまともになれると……!!」

「いいや、どうしようもなく狂ってるよ俺は。でも、狂っていたとしても構わない。俺はもうそちら側に戻らないと決めたんだ」

「虫唾が走ります。同類の癖に、本当は空っぽのはずなのに……なのに……!!」

ずっと気丈だった彼女が、初めて感情を露わにした。

「……俺も空っぽだったからお前のことは少し分かるよ。けどな、俺には守るべきものも示すべき在り方もあるんだ。だから———」

そして彼も覚悟をその手に、

「悪いがお前は斬る。死なねえ程度にな」

明確な敵意を示した。

「……ええ、貴方は確実に殺します」

「悪いが死んではやれねえな。まだ、弟子にちゃんと授け終えてねえからな……!!」


再度金属の音が鳴る。

それは今までの中でどれよりも激しく、大きく。


—————————————————————


N市の路上


少年少女の刃の舞踏。

炎の槍先と影の剣先が幾度と無くぶつかり合い、その度に火花が散る。

その火花は互いの肌どころかコンクリートにさえも痕を残し、その傷が激しさを物語る。

だが少女が槍に炎を纏わせてから、少年は徐々に圧され始めていた。

それどころか時が経つにつれて少女の勢いは増すばかりだった。

『ルーちゃん、調子はどうだい?』

「うん、最高。あと1分もすれば最高になる」

「ふざけるなよ……調子に乗りやがって……!!」

悠里は未だ殺意を宿したまま立ち上がろうとするが、戦い続けるにはあまりにも傷を負いすぎていた。


「さっさと終わらせるよ、ブリューナク」

『ああ』

炎を纏った彼女は悠里に暇を与える事なく連撃を叩き込む。

「っ……!!」

炎によって広がった攻撃範囲と速度を増した一撃一撃。

悠里の二本の剣も影を纏いその威力とリーチは増しているが、勝利をもたらす神の槍には余りにも分が悪すぎた。

「多少は楽しめたけど、これで終わりだよ」

「ク……ソ……っ!!」

そして、この一撃によって戦いの全てが終わらんとしていた。


この場にその剣が、『人斬りの妖刀』が存在しなければ。


「っ……お前、動けて……!?」

「誰……も……殺させない……!!」

炎の槍を受け止めたのは、赫き血を纏いし一振りの刀。

確かに彼の剣は槍の一撃の芯を抑え、はじき返したのだ。

「政宗……!?」

「そっちの人格だろうけど、まだ……戦えるよね……悠里君……?」

「ああ、勿論さ。アイツを殺すまでは戦えるよ」

満身創痍の二人。

だが形は違えどその闘志の灯火は消えていなかった。


『てっきり君が意識を奪ったのかと思ったけど……』

『ぬかせ、と言いたいところだが実際俺もそうしようとしたよ』

不機嫌そうに答えた村正。

『だがな———、』

だがそれに続けて彼は上機嫌に続けた。

『コイツは俺さえも制御する程に意志が強いんでな。だから悪いが、テメエにはコイツに殺されてもらうぜ』

『面白い。だがそんな少年でルーちゃんに勝てるとはさらさら思えないな』

『そいつぁコイツの意志の強さを見てからのお楽しみだァ!!』

「勝手に話さないで欲しいな……でも、悪いけど君の力……借りるよ村正……!!」

『おうよ……存分に使って殺しな政宗ェ!!』

「僕も混ぜてもらうよ、政宗!!」


今二人の少年が再度神槍ブリューナクに牙を剥く。


そして今、戦いは終わりを迎える……


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