第6話 脆さ

N市 UGN N市支部屋上


幾度となくぶつかり合う剣と剣、発露し合う能力と能力。そして宙を舞う弾丸。

「この人強い……!!」

「おっさんもだが嬢ちゃんやるなぁ!!俺も楽しくてたまんねえよ!!」

「宮本さん、彼のようなタイプに載せられちゃダメよ……」

「貴方こそこのまま放っておくわけにはいかないわ、ポイズンベリー」

「噂には聞いていたがこれが対UGN、ルプスか……」

『こちらミスト……依然敵スナイパーの姿見つからず……!!』

「無駄に撃つな。弾道を予測されてカウンタースナイプされる」

それぞれの陣形を保ちながら向かい合う二つの陣営。


その中で彼ら、二人の軍師は虚空にありながら互いの姿を睨んでいた。

『聞こえてるんでしょ?隊長』

無線を通じて聞こえた声。若い、少年の声だ。

「オープン回線で話しかけてくるとは、余程己の策に自信があるようだな、レッドバレット」

答える黒鉄。抑揚もなく、淡々とかつての部下と言葉を交わす。

『所詮は貴方の真似事に過ぎない。ただ、いやだからこそと言うべきかな』

少年は一度言葉を区切り、

『貴方は弱くなったよ、黒鉄蒼也』

冷たく吐き捨てた。


瞬間、黒鉄は蒼雷を宿し地にその拳を突き立てる。

瞬時に展開される巨大な電磁障壁。間も無くその壁に弾丸の雨が降り注いだ。

「今のは……!?」

「ワンショットマルチキル……あいつのお家芸だ……!!」

絶え間なく鳴り響いた轟音。弾丸の軌跡が空に残る。二発の弾丸が炸裂、いや分裂しその一つ一つが皆を襲おうとしたのだ。


限界を迎えた障壁が解かれると同時、カマイタチとベルセルクの猛攻が始まる。

「さあ、始めようぜ……!!」

「私が相手しよう……!!」

「援護する……!!」

ベルセルクの剛刃を受け止める雲井。

その援護として荊を繰り出す紫月。

「どいてお嬢さん、私は彼女を殺さないといけないの」

「どかない……!!貴方に紫月さんはやらせない……!!」

そしてそれぞれの攻撃を援護するように放たれる弾丸。

空でそれらは幾度となくぶつかり合い数多もの鉛のカケラを地に降らす。

今戦場は地上と空中の二つに大きく分かれていた。


だが状況は依然ルプスが優勢だった。

「っ……!!」

「食らいなァ!!」

振り下ろされた剛刃、雲井がそれを受けきるよりも早く力が横に逸れる。

「おいおい邪魔しないでくれよ!!」

雷纏いし黒鉄の飛び蹴り、力は大きく削がれ雲井のダメージを最小限に抑える。

「助かった、黒鉄……」

「礼には及ば無い……だが……!!」

次の瞬間彼は再度拳銃を取り出し空中で弾丸を迎撃する。

「っ……!!」

弾かれたのは宮本の眼前約1m。

そして間髪なく加速しカマイタチへとナイフで斬りかかった。

空を切り裂いた一撃。

距離を取られ再度戦況は中立へと戻る。

戦闘が始まり、早5分。これの繰り返しだが、常に後手を強いられたUGNは次第に疲弊を隠せていなかった。

「っ……はぁ……っ」

溜まった息を一気に吐き出す黒鉄。

「大丈夫ですか黒鉄さん……!?」

「俺の心配はいい……宮本、お前は守りに徹しろ……」

誰よりも黒鉄がこの中で最も疲労を色濃く感じていた。


『貴方は、さっきの僕の言葉の意味がわかるでしょう?』

再度オープンチャンネルを通じ言葉を発する彼。

「確かに、平和ボケで体力は落ちたようだな……」

『いいや、貴方の能力も実力も前よりも強くなっている。ただそれ以上に貴方はその力を他人に使いすぎだ』

「…………」

『きっと貴方は大切な物を見つけたのだろう。けど、それが貴方を弱くしてしまったのだ』

「っ……!!」

瞬間解き放たれた殺気。

黒鉄はそれを直ちに察知し彼の思惑を理解した。


次で確実に王手にかけようという、意思を感じ取った。

「全員構えろ……!!」

彼は全神経を耳へと集中する。

遥か遠く、微かに聞こえる長銃の操作音を耳にした。



————確実に、アイツ本人が俺を仕留めに来る。

そしてそうならば、拡散弾ではなく一点集中の最大火力を叩き込んでくるはず。

だがそれなら俺が回避できないよう何か工夫をして来るはずだ。


考えろ、思考を全力で回せ。

奴の策を上回れ。

全員が生きて帰れるように、誰一人かけること無いように。



僅かな時間の思考、黒鉄は答えをはじき出す。

瞬間、脇目も振らず後方へと駆け出す。

「何故、何故気付かなかった……!!」

「黒鉄さん……!?」

狩の鉄則、それは獲物自身を狩場へとおびき寄せること。

そしてそれは彼自身がレッドバレットに授けた事。

「すまない…………」

彼は少女の前に立つ。


瞬間、轟声が響く。

吹き出す潜血、舞う皮膚片。

「蒼也……!?」

「っ………」

彼の体が揺らぎ、少女の悲痛な叫びも銃声に掻き消された……



スコープ越しに彼が後方へと走る様を確認する。ハヌマーンとブラックドッグを最大限に利用した加速。


————でも、それでも間に合わない。


少女、"ポイズンベリー"への攻撃頻度を下げたのは前衛に彼の意識を向けるため。

彼と少女の距離を離すため。


音速を超えるライフル弾、それもモルフェウスによる貫通弾。それから彼女を守る為には、一つしか方法はない。


————あなたは、大切な物を得た事で弱くなった。

それを捨てられない事があなたの脆さであり、貴方の唯一の弱点だ。


だからあなたは、その脆さに殺される。


引き金は引かれ、弾丸は螺旋を描き飛んで行く。

手応えはなくとも、スコープ越しにそれが命中したことを知る。


赤い花が咲いた。

小さく、美しい———

「ターゲット、排除完了」

赤い花が。



—————————————————————


同刻 N市 路上


激しく打ち鳴らし合い、幾度となく火花が散る。少年の二本の剣は影を纏い、その影を掠めた少女の頬からは血が垂れていた。

「……やるね、君」

「何だよ……しぶといなお前……」

悠里の瞳には先の優しさ等は無く。ただ殺意のみが宿っている。

「悠里……君……?」

遥は彼のその姿に、恐怖を覚えていた。



篠原悠里には、二つの人格が存在する。

いつもの穏やかで優しい彼、そしてもう一つ。


"殺人狂"だ。


彼のそのもう一面が目覚めたのが先か、それともその事件が起きたのが先か、その真実は定かではない。


だが一つとして確定しているのは、彼がその力の目覚めと同時に、彼が彼の両親を殺したということ。


彼に記憶もないということもありUGNによって秘匿にされたが、事実だということには変わりはなかった。



そして今その力を発露した彼は、槍の少女と互角に渡り合っていた。

「さっさと……死んでくれよ……!!」

一瞬の光と共に姿を消した悠里。

『来るよルーちゃん』

「分かってる」


奇襲。ルーの側方、槍の間合いの内側で彼は姿を現す。

影によってリーチを伸ばした斬撃、ルーはガードをしたがやはり守りきれず。

「このまま……死ねよ……ッ!!」

「っ……あぁ!!」

流しきれなかった刃はルーの体に傷を描き、コンクリートに赤が点々と滲んでいた。


「あんた……ムカつく……!!」

悠里を睨みつける彼女。

『落ち着いてルーちゃん』

「…………ええ、そうね」

だがブリューナクの言葉と共に彼女を取り巻く空気が変わった。

「ブリューナク、力を貸して」

『ああ、力を解放しよう』

その槍は炎を纏う。遠くからでも分かるほどに大きな、空気を揺らす炎を。

「なんだよ……さっきまで舐めてたっていうのか……?」

『いいや、ここからは君に敬意を評して全力でいくということだ』

「あんたは、全力で叩き潰す」


少女は地を駆けた。

「っ……!!」

「終わりよ」

繰り出される炎の槍。

カウンターを繰り出そうにも彼女の間合いを予測しきれず。

今、立ち上る火柱が空を焦がす。


そして戦いは佳境へと突入する……


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