第5話 交戦

静寂打ち破る数多もの甲高い音と、耳をつんざくゴムが地を擦る音。

外ならば雑踏に消えてしまいそうな音も、この閉ざされた空間では僅かな音さえも反響し遥か闇の中へと消えていく。

「挨拶するや否や剣を抜いて攻撃してくるなんて些か失礼ではありませんか?」

「うるせえ、そっちも変わんねえだろ」

「ほら、私はそもそも貴方達を殺す為に来てますから、ね?」

「ね、じゃねえんだよクソが……」


長い長髪に可憐な見た目。例えるならばカラスアゲハの様な美しい少女。

だがその美しさと真逆ともいえる溢れ出る明確な殺意が、彼女を不気味な様に思わせた。

「さあ、まだ始まったばかりですよ」

放たれる刺突。

稲本もカウンターを狙うがその剣筋はあまりにも異様で異質。

「早え上に……軌道が読めねえ……!!」

受けながそうとした剣先は曲がり、頬を掠める。一瞬でも反応が遅れれば右頬は抉られ、肉片を撒き散らしていた。

「あら、今のは決まったと思ったんですが」

「どういう剣術だよ畜生……」

頬が熱と痛みを帯びる。

再度納刀し攻防一体の構えを取る。

だが、どうしようも無い不安と恐怖が今彼の脳裏にへばりついていた。



稲本は数多もの強敵と死闘を繰り広げてきた。

剣士との戦いの数だけで言えば異様とも言えるくらいに彼は戦ってきたはずだった。


だが目の前の敵は剣士であれど、今まで彼が戦ってきた者達ともあまりにも異なり過ぎていた。

型にはまらない剣術、いや剣術と呼ぶにはもう別のものにしか思えなかった。


初見ならば確実に回避はできず、威力は小さくとも確実に傷は負うだろう。

そしてその傷の一つ一つが体を蝕んでいく様な気がしていた。



「守ったら……負ける……!!」

地を蹴り一気に距離を詰める。

抜刀からの蹴り。

防がれはしたものの衝撃に黒死蝶の体は揺らぐ。

「このまま一気に……!!」

繋ぐ連撃。袈裟斬りが黒死蝶の胴体をかすり布の切れ端と血飛沫が飛ぶ。

逆袈裟の二撃目、刃を一気に振り抜こうとした。


瞬間、力が抜ける。

「……っ!?」

左脇腹から滲む赤。

攻撃の合間に差し込まれた一撃。いや、合間と言うのは正しくなかった。

防御を全て捨てて差し込まれた一撃。

捨身ともいえる刺突が稲本の体躯を突き刺していた。

痛みを伴いながらもそのまま剣を振るう。

だが、浅い。

肉は斬れども骨に辿り着くことはできず。

与えた傷以上に大きな傷を彼は負ってしまっていた。


「テメエに痛覚ってもんはねえのかよ……」

「生憎とそういう体質なので」

血を流しながらも依然顔色一つ変えることのない黒死蝶。対照的に稲本は息も上がり、歯を食いしばりながら痛みを必死に堪えている。

「それよりもどうしたんですか、こんなの本当のあなたではないでしょう?」

「何……?」

「こんな殺意のない攻撃、あなたの攻撃ではないと言ってるのですよ。“暁"さん」

彼を取り巻く空気が変わる。

「……へぇ、よくもそんな古い方のコードネームを知ってくれていたじゃないか」

「数多ものFHエージェントを屠った、悪名高いあなたの事を知らないエージェントはそういませんよ」

「そいつはどうも……」

剥き出しの敵意。

触れられたくない古傷を抉られたような感覚が彼を襲う。


「にしてもですよ、どうしてそうも取り繕うんですか?」

「取り繕っちゃいねえよ……こちとら最初からずっと本気だ」

「いいえ、嘘はよくないですよ暁さん」

彼女は満面の笑みで続ける。

「貴方は私と一緒なんですよ、暁さん。どこまで行ってもただの人殺しです」

「…………」

「認めて、楽になりましょう?」

手を差し伸べる彼女。

数多もの古傷が、疼いた。


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同刻 N市 路上


白昼堂々、少年少女はそれぞれの得物を手に幾つもの線を紡いでいく。

二刀流の悠里の猛攻、甲高い金属音が幾度となく空に響き渡る。

「政宗君!!」

「ああ……!!」

その最中で政宗が駆け、斬りかかる。

『きてるよルーちゃん』

「分かってる」

振り下ろされる刀、ルーという名前の少女は咄嗟に槍でそれを受け流し正宗に一撃加えようとした。


だが政宗は既に間合いの外。

『フェイントか……!!』

「喰らえ……!!」

政宗の袈裟切りによる不意を突いた一撃。それは、稲本の月影とほぼ同じ動き。彼はそれを再現し刀を振り下ろす。

「危ないなぁ……!!」

「反応された……!?」

だが少女は咄嗟に両手で柄を掴みその刃を止めた。


「まだ……!!」

悠里の追撃。身動き取れないルーに襲い掛かる二刀流の斬撃。

「ちょこまかと……ウザい!!」

「そっちこそ……一発くらい食らえよ……!!」

政宗との組み合いを重心の移動で崩しそのまま悠里の攻撃をガードする。

「悠里君、一度下がって!!」

「ああ……!!」

戦闘の膠着を避ける為と二人は地を蹴り間合いの外へと離脱した。

瞬間、政宗の体が勝手に動く。

「っ……!!」

と同時、槍が彼の眼前に迫っていた。


瞬間的な投擲による追撃。

村正による肉体支配によりギリギリすんでのところで直撃は免れた。

だが守備に転じたことで足を止めた政宗。

「助かった村正……!!」

『気い抜くな政宗!!』

次の瞬間、政宗の体に衝撃が走った。

「うがっ……!?」

「甘いよ、君。」

投げられたはずの槍を手に取り、蹴りを叩き込んできたルー。

政宗の体は宙を舞いコンクリートの塀に叩きつけられた。

「政宗……!!」

遥の叫び。それも意識を失った彼には届かず。

「政宗君をよくも……!!」

怒りに身を委ね剣を振るう悠里。

「君も、単調すぎる」

だが振りかぶるよりも早くルーの槍が彼の身体を切り裂いた。

「篠原君……!!政宗……!!」

地に伏した2人に彼女の声は届かず。

『さて、君に聞くとしようか』

「そうね。ねえ、UGNは何処にあるの?」


ルーが一歩、一歩と近づくほどに怯える遥。

逃げようにも足が震え一歩も動けない。

「……だんまりなら君も、痛い目を見てもらわないとかな?」

そしてルーが彼女の目の前で槍を振り上げたその瞬間、

「まだ終わってないんだけど……」

声が聞こえた。

重々しく、低い声。

「篠原君……!!」

血に塗れながらも立ち上がった悠里。

だが、様子がおかしかった。

「どいつもこいつもうるさいなぁ……黙っててくんない?」

先ほどまでの穏やかで仲間想いの彼の姿はそこになく。彼は黒い影を纏い再び剣を抜いた。


そして今、狂気が歩き出した。


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N市支部 付近 ビル屋上


赤髪にグラサンを身に付けた少年は、スコープ越しに戦場を俯瞰する

こちらの前衛は2、対し敵の数は5。

そのうち一人はかつての隊長。

腕も策もどちらにも長け、かつて狼たちは彼一人に敗北した。つまり戦況をひっくり返しかねない最も警戒すべき相手である。

だが彼が加わったにも関わらず戦況は未だこちらが有利。何か企んでいるにしても、戦術も戦いもあまりにもお粗末で、かつて自分たちを率いた人間と同じとは思えなかった。


故に彼は落胆まじりに口を開く。

「貴方は弱くなったよ……隊長。」

トリガーを引き、弾丸を放つ。


最大限の哀れみと、憐憫を込めて。


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