第4話 会敵

翌日 UGN N市支部 屋上


『こちら雨宮、狙撃地点からは異常は確認できません。』

「こちら雲井、ありがとう雨宮。」

白い雲がゆらゆらと浮かぶ青い空。

風一つない穏やかな空気の中、彼女らは黒きそれが近づくのを目で追う。

「折角のお休みに、ごめんなさい宮本さん。」

少女、宮本詩乃に対し頭を下げる紫月。

宮本はとんでもないと言った様子で答える。

「私もこの件には関わりましたし……。それに、頼りにしていただけるのは私自身も嬉しいですから。」

「君がうちの支部に来てくれれば、私としても嬉しい限りだが流石にその権限はないのでね。」



宮本詩乃はH市支部、即ちN市支部の隣の支部所属である。

ミディアムの髪型に、活発的でそれでいて面倒見が良いを通り越して厄介ごとに首を突っ込みがちというのが皆の彼女に対する印象である。


隣の支部ということもあって交流は深く、黙示の獣事件では互いに協力しその解決へと導いた。

そしてその橋渡しとなったのが二刀流の剣士、宮本詩乃である。


二天一流を修し、守りに特化した剣術を扱う少女。稲本からも指南を受け、今では攻めは及ばずとも守りであれば稲本をも凌ぐ者へと昇華していた。

そんな彼女も今日は例のアンプル輸送の護衛の任務の援軍として来ていた。



暴風ともいえる激しい風とともに輸送ヘリが着陸する。

ハッチが開き、隊員が降りてきた。

防護服と銃火器を携帯した、いかにもな隊員たち。

「来ていただき感謝します。N市支部の支部長、雲井相模です。」

「日本支部所属のストーク隊です。例のアンプルの回収に参りました。物は……」

「こちらです。」

雲井はその手に持っていた小さなアタッシュケースを隊員に手渡す。

「こんな小さなケースに………」

「ええ。調査の程、よろしくお願いします。」

「確かに預かりました。」

隊員はそれを受け取りヘリへと乗り込む。

ローターが回転し始め、風が吹く。

何事も無く、この任務は終わる。


そうであれば、どれほど楽だっただろうか。


「っ……!?」

吹き飛ばされたヘリのローターブレードの一つ。

金属のブレードが紫月らめがけ宙を舞う。

「危ない!!」

宮本は咄嗟に二本の刀を抜き、それを受け流す。紫月にも誰にも当たらぬように。

「ありがとう宮本さん……!!」

「いえ、それよりも……!!」

「ああ、雨宮君!!」

『狙撃地点を割り出します……!!』



雨宮はブレードの跳ねた方角から弾道を読む。

反射光。

「そこ……!!」

雨宮は即座にスコープを構えトリガーを弾く。

遠方で弾けたレンズ。

カウンタースナイプは成功した。

————筈だった

「くッ……!?」

『雨宮、大丈夫!?』

銃声が聞こえるよりも肩を貫いた一射。

後方に飛沫が舞い、力が抜ける。

痛みもすぐにこみ上げ、歯を食いしばることで声を出すのを堪える。

同時に、音が聞こえた。

「皆さん……敵が来ます……!!」

何かが勢いよく駆け上がる、そういう音が。



雲井がその手に剣を、その身体に鎧を纏った瞬間、

「来たか……!!」

大剣が、彼に向けて振り下ろされた。

揺らぐ足。

「雲井!!」

「雲井さん!!」

宮本は剣を携え雲井の援護に向かう。

「ッ……!!」

痛みが走り、足が止まる。

その彼女の脚を一発の弾丸が撃ち抜いた。

「雨宮、援護できない!?」

『ダメです……敵狙撃手に捕捉されてます……!!今頭を出せばやられます……!!」

「ならせめね視界を奪えば……!!」

紫月は大剣を振り下ろした男に狙いを定め能力を行使しようとした。


同時、

「うぐっ……!?」

重力が彼女の身体を包み込んだ。

奇襲のせいで気が回らず、側方からの敵に完全に死角を突かれた。

動けない、避けられない。

「貴方には悪いけど、死んで。」

側方から放たれる蹴り。

その先端には鉄の刃。

「っ……!!」

迫る刃に紫月は目を閉じた。


鈍い、金属と金属がぶつかり合う音。

「っ……」

紫月が目を開けば彼女の前にはナイフでその刃を受け止める男の姿。

男は受け流し蹴りを叩き込む。

「貴方は……!!」

蹴りの主は驚きながらもギリギリで回避し距離を取る。


距離が離れるや否やナイフを投擲。

甲高い音と共にそれは弾かれ折れた刃とライフル弾が転がった。

同時、もう片手で引き金を引いた。

大剣の主目掛け音速で飛ぶ弾丸。

「うぉっと!?」

よろけながらも大剣でそれを弾く男。

決して大きな一撃は与えられずとも、彼の登場と共に状況は中位へと持ち直した。


「何故君がここに……!?君には……!!」

「こちらの方が危ういと判断したまでです。雲井支部長殿。」

そして男、"黒鉄蒼也"は明確な敵意と共に二人の敵を睨みつけた。

「久しぶりだな、カマイタチ、ベルセルク。」


そして二人も動揺は隠せずとも、彼らも敵意を向けていた。

「……ええ。お久しぶりです、ヌル元隊長。」

「おうおう、まさか今回の相手は元隊長かよ!!」

対UGN攻撃部隊ルプス、かつて黒鉄が率いたUGNとの能力戦闘に特化した攻撃部隊。

その面々が今彼らの目の前に、今度は黒鉄の敵として現れていたのだ。


「……ああ、それとアイツに無線を合わせろと伝えてくれ。」

「……わかりました。」

カマイタチは黒鉄に言われたように無線の先の人物に伝えた。

黒鉄の無線と彼の無線が繋がった。

『……お久しぶりです。黒鉄隊長。』

「ああ、久しぶりだなレッドバレット、"バンナ・ベルナード"。」

二人の狙撃手は言葉を交わす。

静かに、穏やかに。

そして、計り知れぬ殺意を互いに抱きながら。



同刻 N市立大学 病院


「よし、今月も大丈夫なようじゃな。」

「ありがとうございます、藪先生。」

藪から診察を受ける一人の少女。

育ちがいいのかとても行儀良く、穏やかでそれでいて凛とした雰囲気。


彼女の名は『白百合 遥』。

かつて不治の病に侵され、死を間近に待つことしかできなかった彼女は、レネゲイドの力によってその命が約束されてしまった。


だがそれは決して希望ではなく、多くの犠牲を生んだのだ。

彼女の力による『従者』は彼女の為と生きる人々を傷つけ、彼らの生気を遥に分け与えていたのだ。


そんな悲劇は、ある少年たちの活躍によって幕を下ろされた。


そして今、能力をほとんど失った彼女は定期的に藪から検診を受けている。

「藪先生、この力を制御する事ってできないでしょうか……」

「不可能ではない。じゃが焦る必要もないのだよ。皆誰もが最初はスロースタートじゃからな。」

「……彼も、そうだったんですか?」

「あの子は、事情が事情じゃったからな。むしろスタートダッシュが強すぎたようじゃ。だからな、焦らなくていいんじゃよ。」


診察、という名のカウセリングが終わる。

「お疲れ様、遥ちゃん。」

「ありがとうございます真奈さん。」

遥は真奈から荷物を受け取り、深く頭を下げた。

そしてドアが開くとともに彼が立ち上がった。

「遥、大丈夫だった……?」

「大丈夫だよ政宗。心配しすぎだよ。」

彼、柊木政宗は胸を撫で下ろす。

「だって遥に何かあったら————」

そう言いかけて彼は気づく。


藪や真奈に全部聞かれていたということを。

「安心せい政宗、なんも聞いてないぞ。」

「わ、私も聞いてないからですね!」

「…………」

「か、帰ろっか!!」

『おいおい政宗、分かりやすく恥ずかしがってんな。』

「やめてくれよ村正ぁ!!」


—————————————————————


時刻は昼下がり。

授業の終わった陽気な大学生達を掻き分けるように二人は進む。

「あ、政宗君に白百合さん。」

「悠里くん!!」

そんな二人に声を掛けたのは布にくるまれた2本の棒を背負った少年、"篠原悠里"。

政宗達と同じクラスの心穏やかで優しい、真面目な少年。

それでいて、政宗と同じようにイリーガルの少年だ。


「もしかして邪魔しちゃった?」

「うんうん、大丈夫。」

即答。

政宗は涙が溢れないよう上を向く。

「あー、政宗君?」

「大丈夫……大丈夫だよ……」

「その、ごめん……」

『ケッ、これだからガキは。男が一人二人増えたくらいでそうめげるなよなぁ?』

「村正、お前今日帰っても研いでやらないからな。」

『そりゃねえぜ!?』

「ふふ。」

三人と一本、ハタからみれば不思議な光景だが、それでも何の異常性もない光景だった。


この瞬間までは。

「あのー、すみません。」

声をかけてきた少女。背中には布で包まれた身の丈を超える大きさの何か。

「はい、どうしました?」

遥が答えたその時、

「UGNって何処ですか?」

二人の目の色が変わった。


「っ……!!」

「遥、下がって!!」

展開されるワーディング。それは即ち、彼女からの宣戦布告。

『ダメじゃないかルーちゃん。そうやって聞いちゃ。』

「だってそっちの方が早いと思ったんですもん。」

「どこから……!?」

「あの棒……レネゲイドビーイングだ……!!」

『ケッ、同類かよ。』

政宗が村正を取り出すよりも早く、布が払われ一本の槍がその姿を表す。

『君らがUGNに関係するなら話が早い。ルーちゃん、覚えているね?』

「うん。全員殺してでもアンプルを奪う。」

そしてそれを彼女が手にすると同時、緊張が走る。空気が引き締まり、瞬間的にこの空間に殺意が満ちる。

『ああ、でも彼らは殺さないように。いろいろ聞かないといけないからね。』

「分かった。」


話す余地などない。

もはや彼らに残された道は一つ。

「村正……!!悠里くん……!!」

『仕方ねえなぁ!?』

「ああ……!!」

ただ、戦うのみ。


彼らから解き放たれた力もまた強大で、共鳴するが如く空気が大きく震えた。

『ああ、まさかの当たりみたいだ。』

「ブリューナク、嬉しそう。」

『同類たァ気に入らねえな。だがそんなのどうでもいい。さっさと殺そうぜェ!!』

「悪いけど、誰も死なせないよ……!!」

平和な街に甲高い音が鳴り響く。


人ならざるもの同士の、命のやり取りが幕を開けた。



立ち込める腐ったようなドブの臭い。

マンホールの下には光もなく、あるのは水滴の音とネズミの鳴き声。

そして、彼女の足音。

長い黒髪と黒の外套、一本の剣を携えてその女は歩く。

まるでその背中に、死を背負っているかのような足取りで。


そして光が差し込んだその場所、彼女は足を止めた。

「……隠れる気もないのなら、挨拶くらいしてもらえませんか?」

「おっと、すまんな。思ったより遅かったんで呆けていたよ。」

彼女の前に立ち塞がる一人の青年。

彼もまた黒のコートに、一刀を携える。

「始めまして。FH所属の"黒死蝶"さん。」

「ええ、始めましてUGN所属の"月夜鴉"さん。」

二人は構える。

互いが敵だと分かっているから。

これ以上言葉を交わす必要もないから。


地下に、金属音がこだまする。

遥か遠くまで鳴り響く甲高い音。


二つの黒が、今交わり合う。


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