第3話 模擬戦
N市支部 仮想戦闘室
最新鋭の技術によって造られた仮想訓練室。
この機材だらけの体育館ほどの大きさの部屋では、幾ら傷つこうと、いくらその身を力に委ねようと決してそれが現実となることはない。
故に今、二匹の月狼はその全力を持って対峙していた。
「……ってえ!!痛覚遮断設定をオンにしときゃ良かった……!!」
銃弾が頰を掠め血が滴る。
「それでは鈍った勘が戻らんだろう。それに————、」
黒鉄は即座に距離を詰め無駄のないナイフを繰り出す。
「命のやり取りをするんだ。こうでなければ。」
「っ……!!ああそうだな……!!」
そして稲本もそれに応えるように、黒き一刀でその一撃を抑えた。
弾くと同時に放つ逆袈裟。
黒鉄はナイフで起動を逸らしもう片手で銃の照準を稲本に合わせた。
「っ……とぉ!!」
側転し回避する稲本。
胴体めがけ放たれた弾丸は遥か後方へ。
だが追撃も終わらず。
「ロック。」
ボルトアクションライフルを構えた黒鉄、音速を超える一撃が即座に放たれた。
「っぶねえ……」
紙一重で回避した稲本。
脇腹をかすめた一発。
防弾チョッキをも裂き、その傷口からは赤が止め処なく流れた。
「どうした、新人教育ばかりで平和ボケか?」
「ぬかしてくれるじゃねえか……!!」
剣を強く握り地を蹴る稲本。
「早い……!!」
瞬時に黒鉄を間合いにとらえた稲本。
引き抜く一閃。
刹那の一撃を黒鉄はライフルで受け止めたが、それは僅かな時間稼ぎにしかならず。
「もう一発……!!」
「グッ……!!」
ライフルが真っ二つに折れると同時に逆袈裟が黒鉄の右腕を捉えた。
「今のは危なかったな。」
「っ……!!」
捲れるように剥けた仮初の皮膚。
隙間から露出した無機質な金属の腕。
肌色のそれは金属が如く硬化し、稲本の刀を絡めとったのだ。
※
黒鉄蒼也の右腕は義手である。
平時は仮初の肌を纏い日常に溶け込むようにしていた。
だがこの皮膚は有事の際は擬装としてだけでなく、反応装甲としても機能するのだ。
電圧をかける事で瞬時に硬化する肌。
一度使えば砕け散るが、ライフル弾でさえも受け止める。
彼はそれを稲本への枷とし纏わせた。
※
咄嗟の判断により刀から手を離す稲本。
だが僅かな枷が稲本の動きを阻害し、逃げる間を奪った。
瞬間稲本の下顎目掛け叩き込まれた音速の蹴り。
「っ……!!」
「間に合わせるか……だが……!!」
そして間髪入れずに叩き込まれた左足によるソバット。
「がッ……!!」
思いきり蹴られ体が宙に浮く。
脚を地につけることで最低限の隙のみでリカバリーする。
腹から押し出された空気を口から吐き出し、次の一手に備えた。
前方、サブマシンガンを構える黒鉄。
崩れた体勢での回避も剣による迎撃も不可能。
故に咄嗟に2mの壁を築き上げ銃弾を受け止める。
だがそれと同時に投げ込まれたグレネード。
「っ……!!」
炸裂するよりも早く壁から飛び出すが、それが誘いだというのはわかっていた。
予想通りと言わんばかりか、ライフルの照準は既に稲本の眉間に合わせられ。
「お前にもう、逃げ場はない。」
轟音と共に雷纏いし弾丸が放たれた。
※
格闘連撃からのサブマシンガン、防御壁からのグレネード、そしてトドメのライフルによる雷弾。
回避も生半可もガードも不可能な音速の一撃必殺。これを放つ迄の完璧な布石。
予想ができたところで食らうのは必至。
決して逃れることのできない死を浴びせる。
それが黒鉄蒼也という死神の狩りだ。
だが俺はこの時、どうしようもない怒りのような、闘争心のような物が心の奥で燃え盛っていた。
他の誰かならばここで詰んだだろう。
だが予想ができれば、見るべき場所がわかる。
見るべき場所が分かれば、構えることはできる。
俺に対してこの程度の策で満足したこと、俺を見くびったこと、後悔させてやる。
※
刹那の居合。
金属同士を叩き付けたような音が室内に響きたわる。
黒き刀身には傷一つ付かず、弾けた弾丸は宙を舞いながら破片を撒き散らした。
「間に合わせた……だと……!!」
黒鉄は動揺しながらも、咄嗟にナイフに持ち変え近接戦に備える。
だがそれよりも早く間合いに捉えた稲本。
「っ……らぁ!!!!」
「チィッ……!!」
拳銃による一発、加えてナイフによる一撃、この連撃を以てして一時的にその斬撃の動きを止める。
そして放たれた蹴り。
稲本の手から一刀が離れた。
だが————、
「刀に気ぃ取られすぎだぜ……黒鉄!!」
放たれた稲本の頭突き。
「ぐっ……!!」
そして間髪入れずに回し蹴りを黒鉄の下顎部に叩き込んだ。
揺らいだ体、トドメを刺すには今しかない。
「月下天心流 一之太刀………!!」
構える必殺の太刀。
数多もの戦いを潜り抜け、洗練され研ぎ澄まされた一刀。
「っ……!!」
黒鉄は立て直し拳銃を構えた。
だがそれさえも間に合うことはなく。
「三日月…………ッ!!」
今、黒き刀身が鞘から現した……
※
僅かな間だった。
黒鉄のワイヤーが稲本の右腕を絡めとったのは。
「クソっ……!!」
「チェックメイトだ。」
左手に握られたそれから放たれた銃弾。
それは稲本の頭を貫き、潜血が散った。
—————————————————————
「立てるか?」
「お前にとどめに5,6発撃たれたのが痛えんだよ畜生……あれ必要だった?」
「憂さ晴らしだ。」
「素直で結構!!」
稲本は黒鉄の手を借り立ち上がる。
無論そこに傷はなく、血痕もなく。
ただ痛みと勝敗表示だけがその戦いの痕跡を示していた。
「ったく、パーカーのどこにそんな量の武器隠してるんだよ。」
「お前も相変わらずだ。どういう感覚をしていれば対物ライフルの弾丸を斬れるんだ。」
二人は互いの実力を確認し合い、稲本は笑みを浮かべ、黒鉄はどこか呆れていた。
「だが稲本、ひとつ聞いていいか?」
「何だ?」
「お前、何故三日月を使わなかった?」
黒鉄は剣幕に稲本に問い詰める。
「あーー……いや、間に合わなかっただけだよ。」
「…………」
「そんな疑いの目で見るなって………」
「………お前が何を隠したいのかは知らないが、いざとなればその剣を抜くんだな。お前が死んだら悲しむ人がいるんだろう?」
「………言われなくても分かってるよ。」
彼は笑う。
だが、彼は気づいていた。
あの時、間に合わなかったのではないと。
手が、動かなかったのだ。
剣を抜こうとした瞬間に、その手が止まり体が硬直してしまったのだ。
そしてその理由も、分かっていた————
「あ、アレクシア達ももうそろ解散だってよ。」
「よし、ならばミーティング後に向こうで合流だな。」
「ああ、飯が楽しみだよ本当。」
二人はかつての様に、まだ二人が相棒だった頃の様に並び歩く。
違ったのは、その背中があの頃よりも大きく、そして優しい物と変わっていたということだ。
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同刻
それは薄暗く、それでいて何もない空間の広がる大部屋。
その中心には小さな玉座が鎮座しており、黒髪の少女がそこには座っていた。
少女の名は『都築京香』。
かつてFH日本支部を治め、"プランナー"として恐れられた彼女。
今はレネゲイドビーイング達を治める組織、『ゼノス』の長としてこの場に君臨していた。
「お呼びですか、プランナー。」
そんな彼女の前に現れたのは、大きな槍を背負いし茶色がかった短髪の少女。
「ええ。来てくれてありがとう、ルー、ブリューナク。」
「いえ、お呼びとあらばなんなりと申し付けを。」
「貴方達に頼みたい事があるの。」
プランナーはルーと呼ばれた少女に資料を手渡す。
それは街の地図と、とある施設の見取り図。
「明日、そこから我々レネゲイドビーイングを害する悪食の獣のアンプルが運び出されるようなの。あなた達にはそれを回収、あるいは破壊して欲しいの。」
「了解しました。なんかそのヤバいのを破壊すればいいんですね。」
『こらこらルーちゃん、そんな雑な認識じゃダメだよ?』
突如として語り始めたソレ。
彼女の背負う槍が語り始めたのだ。
「うるさいよブリューナク。盗むよりは壊す方が楽でしょ。」
『すみませんプランナー。私が必ず彼女を回収へと導きますので……』
「ええ、期待してるわよ。神槍ブリューナク、ルー。聞く限りにはUGNでは月狼と呼ばれるエース二人と、FHの対UGN部隊も動いていると聞いているわ。用心してね。」
頭を下げてその場を去る二人。
そして彼女が去るのを見届けると、少女の見た目をした計画者は天井を見上げた。
天窓に映り込む、星の海を。
「……もう時期、黙示の時は訪れる。」
天に浮かぶは赤き星。
それはいつか訪れん、黙示の時を示す星。
「されど人の手で行われるべきではないのよ、人間達。」
幾数千年もの時を生きた計画者は微笑む。
その笑みがもたらすは栄光か、破滅か。
今、黙示を巡る戦いが幕を開ける。
続
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