第1話 平穏

黙示の獣事件から1年。

澄み渡る空は青く、夏の初めらしく程よい暑さの中を涼やかな風が通り抜けていく。

そしてN市大学の体育館にて模造刀を振るう二人。

「っ……はぁ!!」

勢いよく踏み込み刃を抜く少年。

「勢いに任せて剣を振るな!!身体を持ってかれている!!」

だが相対する青年は巧みにその一撃を受け流し、少年はバランスを崩し前のめりになる。

青年はそのまま背後から柄で殴ろうとした。


瞬間、少年は大きく振り返りながら剣を振るう。

「っ……!!」

意表を突いた一撃。

それは今青年を捉えたように見えた———

「悪くはねえが……」

が、実際にはあと一寸の所で届かず。

「うおあっ!?」

「焦って間合いを見誤ったな。」

青年の足払いによって少年の体勢は大きく崩れ、地に伏した。


「痛たたたた……」

「ほら、立てるか?」

手を差し伸べる青年。

「ありがとうございます、稲本さん。」

「ま、1年でここまで戦えるようになったならいいペースだろ。」

稲本に引っ張られ起き上がった少年、"柊木 政宗"。

『ハァー、全く俺の使い手としてそんなんでいいのかねえ?』

そして次の瞬間、脳内に声が響いた。

二人しかいないはずのその空間で声がしたのだ。

だが二人は決して驚かず、政宗は立てかけてある一本の剣に向けて声を発した。

「君を使いこなせるようになるために今こうやってるんだろ!?」

『俺に体を委ねればそれで済む話だって言ってるだろ?』

「君が人を殺さないっていうなら構わないけど。」

『あ?そんなの無理に決まってんだろ。』

「ったく、お前も変な剣に目をつけられちまったな。」

物騒な話しでありながらも流れた和やかな空気。

開けた扉から、涼しい風が吹いていた。



柊木政宗、彼はほんの少し刀に詳しいだけの普通の高校生だった。

『僕は、誰も殺したくない……!!』

『ハハッ!!諦めな、お前はもう俺の使い手……人を殺して俺の腹を命で満たすんだなぁ!』

そんな彼はある時一本の妖刀と出会ってしまう。

刀の名は"村正"。人の生き血を、命を求める意思を持った妖刀。

彼はその剣の力を借り、友の危機を救おうとした。


結果彼は友人を助けることには成功した。

だが彼の体は呪われ、既に刀の一部に取り込まれようとしていた。

『大丈夫か、ボウズ?』

『は、はい……』

結果として力に呑まれかけた彼を救ったのは稲本、その人。


彼は後悔した。身体は愚か、心も未熟なままでその剣を握ったことを。

それの後悔は、彼に剣を握らせた。


そして彼は稲本に剣を教わりながら、その力を制御する術をUGNで学んでいた。



そして稲本作一。

元特務部隊"レイヴン"所属であり死闘を乗り越えた彼。あの戦いの後、霧谷日本支部長に引き抜かれる形でN市から去っていた。

日本支部長霧谷直属の遊撃部隊"フォーゲル"、通称渡り鳥部隊の隊長として各地を赴いていた。

故に今の彼にしがらみはなく、代わりに多忙な生活が待っていた訳だが。



「そういえば、久々にこっちに戻ってきたのに僕の稽古なんかつけてていいんですか?」

「ん、いやまあ任務でこっちに帰ってきた感じだし、それにお前の面倒も見ないとって思ってな。」

「いや、それよりもアレクシアさん放ってたら拗ねて他の男の人に取られちゃいますよ?」

「ああ、それに関しちゃ問題はないよ。この後ちゃんとアレクシアと予定入れてるからな。」

稲本は立ち上がり、バイクのキーを手にする。

「お前も遥ちゃんと上手くやるんだぞ?」

「……余計なお世話ですよ!」

稲本をこづく政宗。

確かな信頼で結ばれた二人。

それは、稲本にかつての師との関係性を思い起こさせた。

だが彼にももう、かつてのような悔恨も焦燥感も存在はしていなかった。

「じゃ、また夕方な。」

「はい。」

そして二人は体育館を出ていく。

各々の日常へと向けて。


—————————————————————


昼前 駅前


辺りの店が開き始め、人の流れが活発になり始める。その流れの中、少女は誰かを探すように辺りを見渡していた。

少女が二度、三度周りを見渡したところで、一台のバイクが彼女の前に止まる。

そして慌てるようにバイクの主は即座にフルフェイスのバイザーを上げた。

「すまん、待たせちまったか!?」

「いえ、5分前ですのでセーフです。」

狼狽した稲本に少女———アレクシアは笑顔で答える。

稲本もそれに安堵した様子でバイクを降りる。

「よかった……久しぶりに会うっていうのに遅刻なんてしたら……」

「久しぶりと言っても2週間ぶりですけどね。有給足りなくなっちゃうんじゃないんですか?」

「それでも前は毎日会ってたから……っと、立ち話もなんだったな。」

「はい。じゃあお願いしますね。」

稲本はヘルメットをアレクシアに手渡しエンジンに再度火を入れた。

彼女の腕が身体にしっかりと組みつくと共に、稲本はスロットルを開き加速する。

ほんの一瞬だけ後ろに引っ張られ、心地よい加速が二人を包み込んだ……



駅前のカフェ


ランチタイムが始まった頃合い。

二人は窓際の席に案内され体を椅子に預ける。

水が出された辺りで二人は一息つき、口を開いた。

「いや、すまねえな忙しいのに時間作ってもらって。」

「いいんですよ。私も今日は授業がなかったので。それより稲本さんこそお仕事の方は大丈夫なんですか?」

「最近はFHもなりを潜めてくれてるお陰で基本新人教育のために各地を回ってるだけだからな。多少は融通が効くのさ。」

グラスに手を伸ばし口をつけたが、そこに水はもうなく。気を取り直して口を改めて開いた。

「それにようやっと普通の日々ってのを手にしたんだ。それを謳歌しないのも損ってもんだろ?」

その声にも、瞳にも一点の曇りもなく彼は答えた。

「…………」

「ん、どうしたアレクシア、俺なんか変なこと言ったか!?」

「いえ。稲本さん、前よりも雰囲気が軽くなったなって。」

「ああー……まあ、色々あったからなぁ……」

「でも良かったです。稲本さん、前より生き生きとしてますから。」

「……君が救ってくれたからだけどな。」

「前より会えなくなったのは寂しいですけどね。」

「今度また上に戻れないか掛け合ってみます……」

「どうせまた前線に出て怪我してくるってわかってるんですからね!」

アレクシアは少し拗ねながらもどこか、嬉しそうに答えた。


そんなやりとりを続けている中、二人の前にパスタが差し出される。

季節限定のメニュー、二人はこれを目当てで今日来ていたのだ。

「じゃあ、冷める前にいただきましょうか。」

「ああ、そうだな。」

二人はフォーク片手に手を合わせ、そして今ありつこうとした時、彼の手が止まった。


稲本の視界に一人の男が入る。

ドアを開いた、いけすかない黒髪に蒼い眼の男。

彼も稲本と眼があったようで、思いっきり睨みつけた。

そして次の瞬間、

「「なんでお前がここにいる!!!!!!」」

二人は互いを指差し、叫んでいた……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る