第38話 最低な世界7

「お邪魔します」

 ゼブルは窓から、屋敷に入った。

「ニアさん」

「謝らないで下さい。仕方ない事だから」

 ニアは俯き、ずっと泣いていた。

「ですが」

「どうして、こんな事を……」

 ゼブルに問い掛ける。

「僕が知っている限りの事をお話します。彼らは十年前、ここに人を進化させる為に来ました。進化と言いましても、初めはこんな物ではありません。人を魔族に近付けさせたかった。人と魔族が結ばれれば、先に逝くのは特殊な場合を除き人間です。この世の中それはあまりに不毛な事だ。だから魔界にやって来て、研究を始めた」

「でも、なんでこれを……?」

「人間と言う生き物は弱くて、儚いと聞きます。しかし、我ら魔族と違った強さを持っている事も知っています。ですが、この方達は、魔力と呼ぶ強大な力の、誘惑に負けてしまった」

「……」

「あなたなら、彼らを止められる、そう思いました。しかし、遅かった。ルカを恨まないで欲しい。彼はニアやこの方達を信じていましたから」

「うん」

 ゼブルはゆっくり、死体に近付き、少し開いた目を閉ざした。

「これから、どうします?」

「私は……」

「魔界の治安を維持しようとした行動でしが、結果的に僕はあなたを利用した。できる限りの事はいたしましょう」

「ありがとうございます」

「とりあえず、ここから出ましょう。死体はこちらで処理します」

「お願いします」

 ニアはゆっくりと立ち上がり、ゼブルの後をついて行った。



 それから十日の時は流れた。

「それでは、ニアさん。これで手続きは終わりです」

 ゼブルとニアは向かい合って座り、ゼブルは書類を片付けた。

「本当になにからなにまでありがとうございます」

 ニアは笑顔を見せた。

 何時までもクヨクヨするのは、性に合わないニアは、この十日間でなんとか立ち直ったのだ。

「いいえ。それより屋敷は本当にこちらで、処分してよろしいのですね」

「ええ」

 ニアは悲しげな顔をした。

 もう、あの屋敷には足を運びたくなかった。

 ニアはこの十日間ギルドのお世話になった。

 ゼブル曰わく、ギルドは儲かっているらしい。

 魔物絡みの事件が後を絶たず、困っている人が多いからだ。

 ギルドのお陰で、両親の葬式を済ませ、ゼブルの計らいで、魔界観光も少しはした。

 その間、ルカには会っていない。

 ゼブルの話では、ルカはギルドの中にある、ギルドに属した者が専用で入院出来る医療施設に、運び込まれ、三日間は意識が無かったらしい。

 意識を取り戻し四日後に退院し、残りの三日はギルドにも姿を現していない。

 ニアはその間に顔を出したかったが、ルカがそれを断った。

(何よ。気にしちゃって、バカ)

 ニアはずっと思っていた。

「それにしてもあなたは、強い方だ。ルカもあなたのそこに惚れたのでしょう。僕は、ルシアやまして、メフィストの考えに反対していたのですよ」

 ゼブルは眼鏡を外し、語り始めた。

「僕は、正直人間なんて滅んでしまえばいいと思っていました。実は今もその気持ちは変わっていません。戦争を知る、知らない関わらず、魔族の何%かは、僕と同じ考えを持っているでしょう」

「それって」

「しかし、それは人間も同じでしょう?」

「まあ」

 旅で知り合った白の戦士団の事を思い出した。

「そんな僕を無理矢理味方につけたのが、メフィストとルシアでした。まあ、最凶を相手にする程、僕も無謀では無かったので、仕方無く味方になったと言うべきでしょうか、僕はそのアンバランスな人間との均衡を見守る事にしました。弱くて脆い人間とどれだけの間、平和でいられるか、あれから二百年。随時と長い時を人間と過ごしたと思います。それはきっと、あなたのような強い人間がいたからなのかもしれません」

「そんな、みんな言いますが、私は強くは無いです」

「いいえ。あなたは強いです。メフィストがかつて愛した女性に似ている」

「ルシアさんも言っていました。そんなに似ているのですか?」

「ええ、今思えば、ルシアも僕も彼女を愛していたのかもしれません。それだけの魅力があった。そう、それはあなたもそうだ。あなたは、一度も僕を恐れなかった。違いますか?」

「ええ、まあ」

「それに、ルシアやメフィストもそうでしょう?」

「まあ」

 魔王に怒鳴り、一本背負いした事を思い出した。

「彼女もそう言った女性でした。知らなかったとは言え、メフィストに銃を向け、ルシアにビンタをしましたから」

(確かに、似ているかも)

 ニアは苦笑いを浮かべた。

「そう言った人間の女性にまた、会えるとは、思いませんでした。ありがとう」

「いえ、そんな礼を言われるあれはありません」

「そうですか?」

「ええ」

「分かりました。話は変わりますが、ニアさん。これから、どうしますか? 魔界を出るのなら、馬車ならすぐ手配しますが」

「もう、決めています。ルカは何処にいますか?」

(やっぱり、会って一度ぶん殴らないと!)

「彼に頼むのですか? 分かりました。では、三十分後、ギルドの前にいらして下さい。彼は現れますから」

「どうしてそれが?」

「ルカは顔を出していませんが、ギギちゃんは僕に会いに来てましてね。今日旅立つと言っていましたから、まさか、この僕に挨拶も無しに旅立つ訳もありません」

「そうですか」

 意外とあっさり捕まった。

「ルカをお願いします」

 ルシアと同じ事を言われた。

「分かりました」

 ニアはお辞儀をして部屋を出た。



 それから三十分後。

 ギルドに挨拶をしたルカが、ギルドから出て来た。

 近くに止めてあったバイクに向かう。

「ギギ、しばらく休業だ。南の島に行くぞ」

「なんででしゅ。傷は治っているでしゅ。一週間以上休んだんでしゅから、働くでしゅ」

「うっせぇな。そんな気分じゃねーんだ。それにしばらく働かなくったって、困らん位金は入ったんだ。いいだろう。俺は海でナンパしたいんだ」

 パートナーの前に、女であるギギの前で軽々とナンパと言う単語を出す。

(全く、それはそれで傷つくでしゅ)

 ギギはため息をついた。

「まあ、しょうがないでしゅ、海着いたら僕も水着着ていいでしゅか?」

 ルカに内緒で水着を買っていた。

 しかし、着る機会が無かった。

「ああ、いいよ。人になってもいいから」

「行くでしゅ!」

 ギギの気合いが入った。

 バイクに乗ろうとすると、一人と一匹が驚いた。

「ニア」

「なんでここにいるでしゅ」

 ニアがバイクの助手席に座っていた。

「ルカに会いたかったからよ」

「俺に?」

「そう」

「うわぁぁぁ」

 ニアは降りて、いきなりルカの胸ぐらと、腕を掴み、一本背負いをした。

 ルカは背中を打った。

「あたたたっ、なにするんだ!」

「あんたの行動に心底ムカついただけよ! あんた、なんで、私に会おうとしないの!」

「そりゃ、まあ……」

 ルカは起き上がり、挙動不審な態度を取った。

「合わせる顔が無いから?」

「うん。まあ……」

「そんな事だろうと思った。いいあんたは悪く無いから。何時までもウジウジしてんじゃないの! 男でしょう」

「はあ」

「いい。私を村まで送りなさい。魔界で頼りになるのは、ゼブルさんとあんた達位なんだから、それに、どっちみち、帰りも頼むつもりだったんだからね」

「でも、まあ」

「それは困るでしゅ。これから、バカンスでしゅ」

「いいわよ。そんな道草位。ともかく、私の村まで行くのいい? 命令よ」

「はあ」

 ニアは助手席に座った。

「その代わり、また、ご飯は作るから」

「本当に!」

 ルカは元気になった。

「ええ、約束は果たすわ」

「よし、行くぞ」

 ルカは運転席に座った。

「僕は何処に座るでしゅ」

「後ろだ」

 ギギを捕まえて、新しく付けたベルトを嵌めた。

「用意周到でしゅ」

「また、女の子を乗せる為に、飛ばされないように、ちゃんとした物を作ったのだよ。せっかく、付けたんだ。暴れるんじゃないぞ」

「仕方ない。分かったでしゅ」

「んじゃあ、南の島に出発!」

 ルカは元気にバイクを走らせた。

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