第36話 最低な世界5

 その後、ニアの手続きは順調に終わった。

「これが、許可証だ。ポリスに提示を求められたら、必ず見せる事」

「ありがとうございます」

「それと、これが、リリス家の地図だ」

 ゼブルが紙切れを渡す。

「あっ、どうして」

「話は聞いていましたから、魔界の情報は大体入っています。この位はお安いです」

「ありがとうございます」

 ニアは笑って見せた。

「ルカ。ちゃんと、案内するように」

「はーい」

 ルカはゼブルの言う事に、素直に返事をした。

「ニア。行くぞ」

「えっ、ええ」

「僕は残るでしゅ、新しい仕事を、見つけているでしゅ」

「分かった」

 ルカは歩き始め、ニアがその後を付いて行った。


「凄い。これが魔界?」

 ギルドを出て、魔界の門を潜ると、そこは、ニアの見た事の無い世界だった。

 何が凄いか?

 とにかく、色んな物があり、メカの光沢で溢れていた。

 ゴミを拾うロボットや、不良を取り締まるロボット。飲料を売り歩くロボットもいた。

 独り言に見えるが、長方形のコンパクトのような物を耳に当て、誰かと話している魔族がいる。

「ルカ、あれなに?」

 指差して聞いた。

「あれは、携帯電話だな。遠くにいる人と話す事の出来る機械だ」

「へー。便利」

「そうか? 俺はあんま好きじゃないから、持たないようにしている。それに、エネルギー使うから、魔界しか使えない代物だ。世界周る俺にはようないよ」

「ふうん。ねえ、あれは? 箱の中に人がいるけど」

 ニアはテレビを指差した。

「あのさ。観光は家族とやって欲しいな」

「えー、だって~」

「ほら、行くぞ」

 ルカは押していたバイクに乗り、ニアにも促した。

「分かったよ」

 ニアも助手席に乗り、走り出した。

(なによ。冷たくしなくったっていいじゃん)

 ニアはルカの態度に腹を立てていた。



 夕方。

 観光もそこそこに、ルカとニアは一軒の家の前に立っていた。

「ここが、ニアのご両親がいる家だぞ」

「ここにいるんだ」

 なんだかんだあったが、意外とあっさり、魔界の両親の所に着いた。

「んじゃあ、後は楽しむといい」

 ルカは荷物を置いた。

「えっ、ルカ。行っちゃうの?」

「ああ、俺も用事があってこっち来ているからな。それ済んだら、とっとと魔界から出て行くつもりだ」

「魔界、嫌いなの?」

 魔界に入ってから、様子が、少し可笑しかった。

「そー言う訳じゃないよ。寧ろ好きだし、だけど、こんな便利な所にいたら、それから抜けられなくなりそーでな。実際、俺には、じーちゃんの仕事があるから、ここに残れば、食い扶持には困らない。でも、便利さの先になにも無いと思うんだ」

「それで、出たいの?」

「ああ、そうだよ。分かっただろう?」

「うん、でも、それで、はい。お別れです。は無いと思うの。両親に紹介したいわ」

「ニア。俺の決心鈍らせないでくれないか? 俺、ニアへの気持ちマジなんだぜ。これ以上止めたら、俺、お前を連れ去るから」

 ルカはニアに顔を近付け、笑顔を見せると、バイクに乗った。

「ニア。飯、美味かったよ。ご馳走様」

 そう言い残し、ルカはバイクを走らせた。

「もう、なによそれ」

 ニアは小言を漏らし、家のチャイムを鳴らした。



 一時間後ルカは、墓の前に立っていた。

 花束をそっと置き、墓標を見る。

「かーさん。今年も来たよ。命日にしかこれなくって悪いな。もっと頻繁に行きたいんだがな」

 墓の主に話しかけていた。

「でも、かーさんは俺が嫌いなんだよな……」

 命日が来る度に思い出される辛い過去。

「俺が生まれた事は本当に罪だったの?」

 母親に問いかけると、墓に背を向け立ち去ろうとすると、ギギがいた。

「ギギか」

「仕事でしゅ」

「そうか」

 ルカとギギは歩きながら、会話した。

「これ、依頼書でしゅ」

 ルカに紙切れを渡した。

 ルカはそれを読む。

「なんだよこれ!」

 声を荒げ、真っ青な顔をしてギギを見た。

「ゼブルしゃん直々の依頼でしゅ、報酬も良かったから、受けたでしゅ。文句があるなら、ゼブルしゃんに聞くでしゅ」

「分かった。行くぞ」

「はいでしゅ」

 ルカは走り去った。

(『リリス夫妻の退治』だって、ふざけるな!)

 ルカは苛立ちを隠せないでいた。



 手紙で『魔界に行く』とは書いたが、両親は半信半疑だったのか、久しぶりに会って、驚いていた。

 しかし、それもすぐに忘れ、家族水入らずとなった。

(やっぱり、家族はいいな)

 ニアは至福の時を過ごしていた。



 ルカはゼブルのいる個室に真っ直ぐ向かった。

「おい、ゼブルオジサン。コイツはどういう事だ!」

「僕はオジサンではありません」

「そんな事どうでもいい。説明しろ!」

「分かっていますが、落ち着いて下さい」

「あのな」

「いいから、落ち着いて座って下さい」

「ちぃ、分かったよ」

 苛立つルカをゼブルは言葉で鎮め、ルカを席につかせた。

「ギギ、灰皿」

「はいでしゅ」

 ルカはタバコを吸って、そのイライラを抑えようとした。

「それで、これはどういう事だ?」

「そのままの意味です。ですが、僕達はあくまで、魔物を退治するのが専門」

「なにが言いたい」

「力に魅入られた人間がいても可笑しく無い。そう言いたいのですよ」

「なっ」

 ルカはタバコをつい口から落とした。

「魔族が力に支配されるのは、よくある話だが、同じ精神構造をしていて、欲望を持っている人間が、力に支配されないはずはない。魅入られるのも、ごく自然な話だ。もっと言ってしまえば、人間の方が支配され易い。力を持たない種族だからな」

「それは分かる。だがよ」

「それに例外があると思いますか? 彼らはその欲望に負けたのです。十年の月日は人を変えますからね」

「だからって、なんで俺何だ?」

「聞かなくとも、薄々分かっているはずですよ。その家族をここに連れて来させたのもその為です。僕だって無闇に、人間は殺したくありませんからね。力に魅入られても魔族と違い、戻れると信じています。ルカをそこに派遣したのも、偶然を装いメフィストが来たのも、その為です。最も、ルカ同様、メフィストにも、ルカの場所は話していませんですがね。村が平和になれば、彼女が動く。そう思いました。そして、彼女に説得をして貰いたいと思いました。それがダメなら……」

「やれってか? 気に入らないな」

「そうですか? 最善の策だと思いますよ。ルカなら、間違いなく倒す事が出来る。そうでしょ? その胸にある銃を使えば簡単にね」

「ちぃ」

「それで、この仕事受けますか?」

「受けるよ。俺はニアにかけるつもりだ」

「そうですか、それは良かった」

 ゼブルは笑顔で言った。

 ルカはタバコを捨て立ち上がる。

「善は急げだ。俺はニアの家に向かう」

「ええ、そうして下さい」

 ルカはゼブルに背を向け歩きながら、言った。

「そうそう。あまり人に冷たくすると、本当に結婚出来ないぞ」

「余計なお世話だ。とっとと行け!」

「はいはい」

 ルカは歩き去った。

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