第27話 最凶な悪魔3

 屋敷の中も凄かった。赤い絨毯に高そうな骨董品。武器まで飾ってある。

「凄い」

 ニアはそう呟いた。

 さっき、入り口で言っていた『アケミちゃん』はここのメイド長で、玄関で待ち伏せすると、メイド達が一斉に挨拶した。

(本でしか読んだ事無かったが、まさか本当にあるとは……)

 アケミがニアの荷物を持っている。

 ニアはアケミを見ると、優しく微笑み、ルカを見て顔を赤くしていた。

(ああ、この子)

 アケミの気持ちに気付いていた。

「所で、子ルシアはいるのか?」

「その言い方止めろ。ああ、いるよ。さっきまで遊んでた」

「そうか、一年前のリベンジだ」

 ニアにはよく分からないが、ルカはなにやら意気込んでいた。

「って、子ルシアって?」

 ルカを見て危うく聞き流そうとしてしまった。

「ああ、兄さんの子供だ」

「だから、子ルシアね。奥様は?」

「とっても美しい妻だよ。人間のな」

「つー事はハーフ?」

「そー言う事だ。さあ、着いたぞ」

 ルシアは扉を開けた。

「って、ええー!」

「どうした。ニア?」

 ルカが聞いた。

「だって、ゲームばっか」

「おう、これが俺のプライベートルーム。そして、これが、俺の可愛い息子ラグだ」

「ルカお兄ちゃんだ。隣の人、お兄ちゃんの彼女?」

 ラグは純真無垢にルカに聞いてきた。

「うーん、そうなればいいんだけどね」

 ルカはニアの顔色を伺いながら、苦笑いをしながら答えた。

「ニアよ。ルカと旅をしているの」

「へー。よろしくお姉ちゃん」

 ラグは笑顔で挨拶する。

「それより、ラグ、リベンジだ」

「お兄ちゃん強くなった?」

「うーん」

 ルカは困った顔をした。

「まあ、やろうぜ」

「うん」

 ラグは先にテレビゲームのソフトを代えた。

「ああ、これ渡していなかった」

 今まで持っていた紙袋をルシアに渡し、ラグのもとに向かった。

「ああ」

 ルシアは紙袋の中から物を取り出した。

(全部ゲーム)

 世界各国のテレビゲームが並べられた。

 テレビゲームだけではない。

 ボードゲームやカードゲームまであった。

 よく紙袋に入っていたと目を疑う。

「うーん、確かに面白そうだな。流石ルカ」

「あのー」

「どうした?」

「ルシアさんって」

「ゲーム大好きだぞ。ルカには世界のゲームを買い集めるように言っているんだ。俺はこの街から出られないからな」

「はあ」

 ニアには分からない世界だった。

(こんな人が魔王だったなんて)

 やはり、魔王とは少し変わっていた。

 もしかしたら、人間が魔族に嫉妬しなければ、二百年前の無駄な争いも起こらなかった。それすらも感じていた。

「お茶とケーキ持って来ましたよ」

 美しい女性が部屋に入って来て、ケーキをテーブルに置いた。

 さっきのメイドとは違った。

「ああ、ありがとう。紹介するよ。俺の妻のサクラだ」

 金髪ですらっとした身長をしていた。

「ニアです」

 ニアもその美しさに惹かれていた。

「サクラよ。さあ、お茶をどうぞ」

「あっ、ありがとうございます」

 ニアはテーブルに置かれたケーキを見た。

「これ、手作りですか?」

「ええ」

「サクラは料理が上手でな」

 ルシアが自慢していた。

 ニアは一口食べた。

「美味しい。後で、レシピを教えて下さい」

「いいわよ」

 サクラは微笑んでいた。

「ゆっくりしていってね」

「はい」

 サクラは部屋を出た。

「いい人ですね」

「ああ、そうだろう。自慢の家族だよ」

 ニアはルカの方を見た。

 背中を丸めて落ち込んでいる。

 どうやら、ゲームに負けたようだ。ニアにもそれは分かった。

 そして、ラグに再戦を求めていた。

 ラグが首を縦に振ると、ルカは大いに喜んでいる。本当に子供であった。

「しかし、ルカは本当に笑うようになった」

 ルシアは呟いた。

「ルシアさんは、ルカを子供の頃から知っていると言っていましたけど」

「ああ、物心ついた時から知っているよ」

「どんな子供だったのですか?」

 ニアは興味があり、ルシアに聞く。

「どうしてそれを?」

「メフィストさんも話したがらないし」

「あいつのじいさんにあったのか?」

「ええ、それに生傷絶えないし」

「相変わらずだな」

 ルシアは寂しく笑った。

「自分の命の価値が分からないって、それこそ分からないです!」

 ニアの言葉がどんどん強くなっていった。

「そうか、そんな事が、まあ、そうなんだろうな」

「その意見に賛成何ですか?」

「いや、俺もアイツには、もっと自分を大事にして欲しいと思う。武器にも魂が宿るが、アイツの武器を見ても、アイツが弱っているのが分かる」

「ほら」

「でも、仕方ないと片付けてしまったら、それで済んでしまうのも事実なんだがな」

「なんで? 両親に捨てられたから?」

「その話は?」

「ルカから聞きました」

「そうか。ルカは自分の命の価値を分かろうとしても、分かる事が出来ないんだ。自分は恵まれた環境で育っているのは、分かっている。ルカは最悪のバカではない。頭で理解出来ているが、心ではそれを受け入れたく無いんだ」

「なによそれ」

「やっぱり、愛されたい人に愛されなかったからかな。メフィストは母親が死んですぐ引き取り、俺とゼブルの所に連れて来たんだ」

『私の孫だ』

 メフィストが紹介すると、ルシアは無表情の子供を見た。

 子供もルシアを見ていたが、何も感じていなかったのか、顔色が変わる事は無かった。

「今でも思い出す。ルカと始めて会った時の事は、ルカには無かったんだ。感情と呼ばれる大事な物がな」

 ニアは驚き、ルカを見た。

 ルカが無邪気に笑っている姿が見え、想像が出来なかった。

「今でこそコントロール出来るし、自然に振る舞えるが、あの頃は喜ぶ。怒る。哀しむ。楽しむ。そんな誰でも持っているし、物心ついたのなら、笑顔を見せる事位簡単に出来る。それが出来なかった。それ所か逆に聞いてきた」

『笑え、ガキ!』

 ルシアは幼いルカの頭をかきむしった。

『笑う。どうやって?』

 無表情なルカはなんの悪気も無く、聞いてきた。

「普通、楽しければ、本能から、込み上げてくるだろう? それさえも分からなかった。アイツの心はそれだけ、閉ざされていたんだ」

「そんな」

「それだけならまだいいが、ルカと言う名前も母親から貰った物じゃない。メフィストが戦中に使っていた仮の名前何だ。魔王はその力故に狙われ易くってな。身を隠す為、別の名前も使っていたんだ。ルシアもその時に決めた」

『こいつ、名前は?』

『ああ、まだ決めていなかった』

『決めて無いって』

『無いんだよ。問いかけても、無いって言われた』

『そうか』

『よし、お前は今日から、ルカだ』

『おい、いいのか? 気に入っているんじゃないのか?』

『気に入っているからやるんだ。感情も名前も無いコイツに私は沢山の物を与えたいんだ』

 メフィストは誓いを立て、ルカの頭を優しく撫でていた。

「あいつは母親から命以外は貰って無かった」

「酷い」

「体もやせ細り、青白かった。どうやら、食事もマトモに与えていなかったらしい。魔族の血があったから、生き長らえた。そんな所だろう」

「そんな」

「母親はルカが相当嫌いだったらしいからな」

「でも、だからって」

「ルカの母親はそれで自殺したんだ」

「そんな」

「只の自殺ならまだマシなんだが、よりにもよって、ルカの目の前でルカに見せるように、死んだんだよ」

「うっ」

「これは、母親の遺書を読んで知った。メフィストの娘は自殺する、五年位前から連絡が無かったんだが、急に連絡がメフィストに着たと思ったら、遺書だった」

『パパへ。私のワガママを許して下さい。私に一人の子供が出来ました。父親は誰かは分かりません。私は人間に襲われて、男の子です。ですが、あの子は悪魔の子。私はその子供を憎んでいる。殺したい程、だけど、殺さない。私が死んで苦しめる。悪魔の子よ。この世に生を受けた事を恨むがいい。あなたは幸せにはさせない』

「遺書と言うより呪いの手紙だな」

「悪魔の子って酷い」

「名前すら与えなかったんだ。その位の憎しみはあったのだろう。メフィストが急いで向かったが、勿論、その時には死んでいた。ルカの目の前で首を吊ってな。ルカは目の前で母親が死んでも動く事をしなかった。いや、出来なかった。母親の力で体を動けなくされていたみたいでな。でも、感情が無かったルカは、泣く事も、喚く事もしなかった。じっと、その腐敗していく姿を見ていた」

「可哀想」

 ニアが涙を流していた。

「ルカの前で泣くなよ。アイツにそう言う同情は、逆効果だからな」

「でも、誰も泣かなかったんでしょう?」

「まあな。メフィストは大事な娘を失ったが、ルカを見ると、そんな事出来なかっただろうしな」

「だったら、誰かが泣かないと、みんな報われない気がするの」

「だから、泣くのか?」

「はい」

 ニアはハンカチでその涙を拭いた。

「そうか、あんま、言えないがニア。ルカも自分の価値は考えているから、もう少し見守ってくれないか?」

「はい」

 ニアはゆっくり頷いた。

 メフィストが話したがらなかった過去。

 ルカが思い出したくない過去。

 ルカは分かりたいのに、分からなかった。

 価値なんか人それぞれだが、周りより軽く見るのではない。見えてしまう。

 愛されたい人に愛されなかった孤独に、ルカは苦しんでいる。

(だから、あんな事言ったんだ)

「おい、オッサン。ニアを泣かすな!」

 ルカが急に目の前にやって来た。

「だから、オッサンじゃない! お兄さんだ!」

「どっちでもいい。ニア。大丈夫か?」

 ルカは真面目にニアを見た。

 仕事している時も見せない表情だった。

(こんな顔も出来るんだ……)

「ええ」

「そうか、良かった」

 ルカは微笑んだ。

「まあ、あのオッサンが虐めたら、いつでも言ってくれ」

「だから、オッサンじゃない!」

「うん」

 ニアは笑って見せた。

「ルカ兄ちゃん。まだ?」

「ああ、待ってくれ、ちくしょう。今度は負けないぞ」

 どうやら罰ゲームを受けているようだ。

 ルカはトレーにケーキとお茶を置いき、ラグのもとに戻った。

「無視するなんて大きくなったな。アイツは!」

 ルシアは立ち上がり、ルカの所に行き、ニアは取り残されてしまった。

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