第一章 最悪な勇者(前編)

第5話 解雇された若者1

 男は俯せで倒れていた。

 男は血まみれで俯せで倒れていた。

 男は銃で撃たれ血まみれで俯せで倒れていた。

 男は主人公だった。



 ヒルアと呼ばれる村。

 周りが森で囲まれた長閑な村で、大きな街や都から離れた辺鄙の地だった。

 主人公の男は昼から店のカウンターで、お酒を飲み酔いつぶれていた。

「うー、もっと飲ませろ」

 ダボダボの少し大きめのシャツと、ズボンを着た男だった。

 二十代半ばで、黒髪の黒い瞳、顔は割と格好良かった。

 名前はルカ。

「お客さん。昼間から困りますよ」

 店主は困り果てていた。

「いいだろう」

 呂律が回っていない。

「お客さん。働いて下さい」

「働く場所なんてねーよ。どうせ俺は無能だからな」

 ルカはどこか拗ねて、やけを起こしていた。

「ですが、脇にある剣はなんの為の物ですか? あなたは剣士でしょう?」

 ルカの傍らに、鞘に納められた剣が置いてあった。

「魔物退治をしているのでしょう?」

 二百年の月日は魔族の生態系を変えた。

 色々な原因があったが、主な所では、知能の高い魔族は特に影響無かったが、低い魔族はこの世界に充満した闇の力である魔力を浴び、力に呑まれ野生化し、言語が通じなく魔物となった。

 その為、人間にも魔族にも害が及び狩る必要があった。

 魔物退治とは今やこの世界で、必要不可欠な職業にまでなった。

「そう見える?」

「ええ、まあ」

「まあ、そうかも知れないが、違うかも知れない。だって、雇い主に解雇されたからな」

「解雇?」

「ああ、雇い主がかわゆい子でな。つい、手をだしたら、解雇だ~って言われたんだ。酷いだろう」

「酷いのはどっちですか……」

 店主は呆れていた。

「もう、飲まずにはいられないよ。ああ、これで可愛いの女がいれば、いいんだけどな~」

(この人、最悪だ)

 店主は目の前の客人に困り果てていた。

 バタン!

 勢いよく扉が開いた。

「いらっしゃい」

「全く、何でこんな場所に赴かなけりゃならないんだ」

 二人連れの男達が入って来た。

 真ん中の巨漢が苛立ちなから席についた。

「そうですよ。勇者様がこんな辺境の地に」

 巨漢の男の腰巾着のようだ。

 口が軽そうな男が、巨漢の男の機嫌を損ねないよう、振る舞っていた。

「ああ、金を根こそぎ貰わないとな」

 そんな文句を言いながら、ルカの隣に座った。

「とりあえず、ビール二つ」

「はいよ」

 店主はビールを置いた。

「しかし、いいのですか? 昼から飲んで」

 店主は心配していた。

「余裕、余裕。俺はこれでも勇者だぜ」

「勇者? ですか?」

 店主は聞く。

「そうだ。知らないのか俺をカイジ説明しろ」

「へい」

 腰巾着の男カイジが立ち上がった。

「ここにいらっしゃるは、白き聖なる銃を持つ勇者、名をキーチと言う」

 勇者とは、二百年前の魔族と人間との戦いの時、魔族と戦った勇敢な戦士で、戦争終結の立て役者となった人間だった。

 その為、勇者と崇められた。

「白き聖なる銃?」

(白い銃ね)

 隣に座って、酔いつぶれたルカも話を盗み聞きしていた。

「見せてやるよ」

 キーチは自信満々に店主に銃を見せた。

 確かに真っ白の銃だった。

「へー。これが世に聞く聖なる銃か」

 店主は感心していた。

「そうだ。凄いだろう」

 キーチは自慢していた。

「ええ、初めて見ました。これが世に聞く銃ですか?」

「ああ、そうだ」

 キーチは気分よく頷いた。

「マスター、俺にもビールちょうだい」

 ルカは酒をねだった。

「はいよ」

 店主はキーチの側を離れ、呆れながらビールを用意して渡した。

「それより、お客さん。飲ませておいてあれだが、金はあるのか? 仕事クビにされたんだろう?」

「ああ、心配するな。金ならある、俺、これでも金持ちだから~」

(なにを根拠にそれが言えるんだ? この人は)

 呆れ果てている。

「だから、もっとくれ……。ぐぅ~」

 ルカはビールを一気に飲み終え、グラスを置くとテーブルに伏せてすぐ眠りについた。

「お客さん。はあ、困りました」

 店主が眠っているルカを起こした。

「ぐぅ~」

 しかし、目覚める事は無かった。

「困りました」

 店主が困っていると、再び扉が開いた。

「いらっしゃい。おや、ニアさんではありませんか」

「こんにちは」

 声も顔も可愛らしい女性が入って一礼した。

 見た目もそうだが、おしとやかで、いい感じの女性だ。

「ニア?」

 ルカがプイっと顔を上げた。

「ニア~。会いたかったよ~」

 ルカはいきなり、ニアに抱きついた。

「お前。まだ、いたのか! 出て行けって言っただろう! 何故いる!」

 抱きついたルカに拳で殴りかかった。

 さっきと違いどこか、言葉遣いが雑だった。おしとやかだったニアの、本性が出た。

「痛いよ~冷たくしないで~」

「お前だから冷たくするんだ! ってか、酒くさっ。あんた、飲んでたの!」

「うん。ここの村の酒、滅茶苦茶美味いね~それニアに振られて悲しくってね~でも、また会えて嬉しいよ~」

「お前なんか大嫌いだ!」

「でも、いいや。会えただけで嬉しい。運命感じちゃうもん」

 ルカは体を擦り付けた。

「止めれ! バカ」

(ああ、そう言う事か)

 店主は納得していた。

 ルカはニアの村長である祖父の依頼で、この村にやって来た。

 ニアは村では、警備を任されている。

 この村は数年前から、魔物によって虐げられていた。その魔物を退治する為、雇われた。

 しかし、ルカがニアに手を出し解雇されたのだ。

 そして、キーチ達がやって来た。

 いや、タイミングからして、ニアと村長が雇ったタイミングは同じだろう。

 知らせもないままお互いが、お互いを呼んでいたのだ。

「もう、お前に構ってる暇ねーんだよ!」

 ルカを一本背負いして床に叩きつけた。

「うー」

 ルカは体が動かせないでいた。

「ふうー。お待たせしました」

 満面の笑みを浮かべ、キーチ達の所に向かった。

「ああ、大丈夫です」

 キーチは苦笑いを浮かべていた。

「お客さん。大丈夫ですか?」

 店主は心配になって声を掛けた。

「ぐぅ~」

「寝てる……」

 ルカはのん気に寝息を立てていた。

「お客さん。ここで寝ていたら困るんだけど」

 とは言ったが、起きる気配が全く無かった。

「それでは行きましょう。マスター、ツケといて」

 その間にニアは話を付けて、キーチ達を連れ、店を出た。

「あいよ。ありがとう」

 すぐ後、ルカが起き上がった。

「あ~あ~。よく寝た」

 大きな欠伸をした。

「マスター、水ちょうだい」

「あっ、ああ」

 店主は水を渡した。

「ありがとう」

 席に座り、ゆっくり水を飲んだ。

「ううっ、ニアの攻撃、効いた~お陰で酔いが醒めた~あっ、灰皿ある?」

 店主は灰皿をルカの前に置いた。

 ルカはタバコを吸い始めた。

「はい。それにしてもお客さん。いいのか? このままにしといて、あんたの仕事だったんだろう?」

「いいんだよ。あいつらじゃ、ここの魔物は倒せないよ」

「何を言っている。あの人達は……」

「あれが本物だったらね。どうやら、あいつらは人間側が派遣したんだろう」

「あなたは?」

「俺は魔族側からの紹介だよ」

「魔族? それは珍しい。あなたは人間ですよね? 誰か知り合いにでもいるのか?」

「まあ、そんな所、さて、マスター、いくらだ?」

 ルカは何事も無かったかのように、イスにかけた黒い上着の中にある財布を出した。

「ああ」

「いや、いいや。これやる」

 ルカは二枚の銀貨を渡した。

「これで足りる?」

 財布をしまい、上着を着て剣を持ち肩にかけた。

「あっ、ああ」

「んじゃあ、それで。釣りはいらないや」

 ルカはフラフラとした足取りで、歩き始めた。

「お客さん。困ります」

「いいって、迷惑料だよ。言っただろう? 俺は金持ちだって、んじゃあ、美味かったよまた飲みに行くよ」

 ルカは店を出た。

「お客さん」

 店主は外まで追ったが、ルカの姿はそこには無かった。

「不思議な客人だ」

 店主は呟いていた。

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